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大東流と無刀取り6

宗矩の説明を簡単にまとめると、「無刀取りは刀が無いときの護身法であって、斬られなければ勝ちである。奪刀にこだわってはいけない。また、刀に執着せずいろいろな道具を自由に武器として使うことが重要である。」ということでしょう。

このことから、新陰流兵法はすべての勢法(かた)が奪刀法に収斂(しゅうれん)するといわれています。

ところで、これまでの説明を見る限り、流儀の秘伝「奪刀法」は皆伝の勢法のように思えますが、実はそうではありません。長岡房成が著わした『刀佱録(とうほうろく、佱は法の秘字):教習篇』の教習課程では、石舟斎以来、奪刀法は天狗抄終了後に教伝を受けるものとされ、奥義太刀より下の伝位に位置づけられています。
 
さて、兵法家伝書からさかのぼること12年、兵庫助利厳(としとし、当時42歳)が『始終不捨書(しじゅうふしゃしょ)(元和6(1620)年)』を著わしました。利厳とは石舟斎の孫にして、新陰流兵法三代を相伝(当時28歳)した、尾張柳生家の開祖です。流祖以来の沈なる身の位(介者剣法=本伝)を直立(つった)たる身の位(内伝)に改変した人物です。この『始終不捨書』の項目の一つに「無刀之位大事」として、技術的観点から11の習訓が示されていますので、次にこれを紹介します。

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