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juzen
2020年12月22日 06:25
昭和6(1931)年ついに盛平は惣角に捕まりました。惣角のその後の対応を考えると、盛平は次のように弁明したと考えられます。①大本教への義理から入門料を徴収する訳にはいかなかった、②約束の入門料を支払うために陸海軍関係者に指導する必要があった・・・、惣角は根が正直な人物で、盛平に期待するところも大だった(久琢磨にはまだ出会ってない)ことから、虚偽報告を故に破門することなく、盛平に疑義をもちながらも更