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映絵師の極印−えしのしるし− 第四話 前編・壱 −武市−

前回のあらすじ

鳳一家を討伐するためには、武市、炎、陸の力が必要だったが、今現在のちからでは無駄死にになってしまうとの皇帝・ジャンの発案により、3名は修行を受けることとなった。

ーーー武市と狼の場合

役場での話が終わって、狼は一足先に飛び出した。

「狼さん!待ってくれ!どこに行こうってんだ!」

一応の「ペア」にされた武市は無言でそそくさと去ろうとする狼を追っていた。

「飯や飯!こちとらジャンに捕まって1週間食うてへんねや!!ついてくんな、毛が飛ぶ!」

カチンときた武市も無言でどんどん狼の後ろをついていく。

すると、一軒の中華料理屋へ入っていった。中に入ると、厨房には冷静に調理しているベテランの店主と店員が数名あわただしく動いていた。イラッシャイマセー!と元気な声、そして片言の言葉でコミュニケーションを取っていて、なかなか繁盛している店だった。

「ここは…」

「俺の行きつけや…ほんましつこい言うねん…まぁえぇわ、何食うねん」

様々なお客さんを横目に、奥の座敷にあがると狼はどっかりと横になった。

「狼さん、なんで俺には修行つけたくないんですか。俺が猫手だから手を貸したくないのか……もしくは、もしかして10年前の…」

「ちゃう!あんときは正々堂々やった、全員…いや、あいつだけか、納得してへんかったんは…しましま野郎だけやな…」

「え?」

確かに虎が変わっていったのは、あの10年前の大会が終わってからだった。徐々に顔つきが変わって、授業の様子もおかしくなっていた。

「確かに虎は...」

「その前に!ここは飯屋や、なんか頼まんかい。」

狼は厚い表紙のメニューを見ながら、2・3品注文した。しかし、ここで武市の思いもよらない言葉がでてきた。

「おっちゃん、こいつにも『おんなじの同じだけ』出したってくれんか」

「えぇ?足りるカ...いいのネ?狼さん...」

今まで冷静だった店主がエプロンを取り、外に飛び出した。そして、あれだけ盛況だった店内も、一気に張り詰めた空気に変わり、殺気だったのを感じた。

どうやら、狼に対して、というより武市に視線が注がれているようだった。

「俺の修行はただ一つ、ここにいる全員と戦うことや。それも、絵だけやない、柔軟な思考で動けや。ま、これは俺と宝治さんがやった修行や。あ、ちなみに、飯残したら、倍になるし、わしはお前の修行から降りるからな。」

武市は爪をむき出しにし、臨戦対戦を取った。しかし、誰も席を立たず、ただひたすらにテーブルを見据えていた。

「狼さん...戦うんじゃないんですか...?」

「アホかおどれ!ここにいるカタギの皆が俺らみたいに戦える思うなよ!飯や、飯...そう、ここは泣く子も黙るフードファイト専門店じゃ!!」

そういうと、各テーブルに山盛り...いや、皿に乗りきらないほどのチャーハンを店主が置いていくではないか

「狼さん、ギリギリよ...今度は予約するネ!」

店主が狼に言うと、すんまへん、と一言笑顔で答えた。

「デハ、みんなヨロシか!制限時間90分!玉胃宴(ぎょくいえん)特製爆発チャーハン、ヨーイドン!」

合図とともに、各テーブル一斉に食べ始めた。

「こ、これは...」

「お前驚いてばっかやのう...はよう食えや、知らんぞ」

すでに狼は山の約1/5を食べ終えていた。慌てて武市も食べ始める。普段食べない量のチャーハンに目を白黒しながら食べた。そして横の壁を見ると...

「狼さん...あんた...!」

狼はこの店の初代、9代、そして現在18代大食いチャンピオンであった。

「ほーれ、どうしたぁ?」

すでにのぞき込まなくても顔が見える位置まで狼は減らしていた。

「兄ちゃん、無理せんでえぇんやで!」

「そうそう、狼の旦那が早すぎんの!」

「味わったらヨロシ、ネ」

店主やほかの客からのエールに、武市は少し笑ってしまった。

ふと考えた。

俺は二代目として猫手会をまとめ上げた。でも、その間心の底から笑ったことがあっただろうか。と。

飯は忙しい合間にちょっとだけだ。最近は夜もろくに食わず、寝酒とつまみ程度だった。

あぁ、こんなに笑いながら食う飯はいつぶりだろうか。

「狼さん...俺はあんたに憧れてた。10年前のあの大会、あの絵...猫手をでかくしたい、あなたに追いつきたいと願ってきた...だから、いま思ってもない状態だが...あなたに修行を付けてほしい!」

食った。武市は必死に食った。がっつき、かきこみ、味わいながら。

いつの間にか、皿には何もなくなり、周りから健闘を称えられていた。

「...食いおったで...はぁ...お前が言うてた、憧れてた男はもうおらんで?さすがに爺になってもうたからな...んんっくっ!あー!でも、それでもえぇんやったら、俺の無茶ぶりにも耐えたんや。修行つけたろ!猫手に余計な力つけるような気もするが、そんなことも言うとれんからな」

すでに2杯目に突入していた狼が、ぽつりぽつりと目の前のチャーハンを流し込みながら(若干嫌そうだが)修行をつけることを了承した。

「ありがとう...うっぷ......ございます...動けん...」

「ほんだら、明日や...明日、町外れの老杉に来い。遅れてきたら、シバくからな!」

「あのでかい木...ですか。わかりました...」

そういうと、あっという間に2杯目を平らげ、店を出て行った。

ーーーーー翌日

呟焼町の外れ、そこには老木とは思えないほど大きな杉の木がある。木の下には大きな祠と祭事場があった。

御神木としても崇められている一本杉まで来た武市は、木を撫でながら憧れの狼に修行を付けてもらえると逸る気持ちを抑えていた。

すると、ドスドスと足音が聞こえた。

「おはようございます、狼さん」

「よう、遅れんと来れたみたいやな、んじゃやっぞ」

少しだけ遅れてきた狼はさっそく杉の木の前に立った。

「3割やな...」とつぶやくと、木を一撃殴った。すると、杉の木は徐々に大きく揺れた。揺れに揺れて、木に留まっていた鳥がすべて逃げ出してしまった。あっけにとられていた武市に、狼が一言。

「はい、これ、修行」

「え?」と狼狽する武市は、「要するに木を殴り、狼のように木をしならせればいいのか」と考えた。

「なるほど、わかりました。では......」

武市は構え、木に全力をぶつけた。

「いっ!!!......え?」

木は一切の音を立てず、微動だにしていなかった。

「はぁっはっはっは!やっぱそんなもんやってんなぁ...こら戦われへんわ」

一部始終を見て、ついに耐えられなくなった狼。武市のきょとんとした顔がよほどツボだったのだろうか、笑いが収まるまで少しかかった。

「どういうことだ...フルパワーだったのに...」

「ほんだら、お前の技、木にまっすぐにあててみ」

言われるがまま、武市は技を放った。すると木は葉を少し揺らすだけで、やはり狼のようにはならなかった。

「なぜだ...」

「よっしゃ、それなら俺にぶつけてみ」

武市は耳を疑った。今まで人に技を打つことはなかったからだ。

「いや、でも...」

「えぇからはよ全力でこいや!」

少し苛立った狼に気圧され、全力で技を放った。土煙が晴れたそこには、首を鳴らしながら、まだか?というような表情で軽く佇んでいる狼の姿があった。

「弱いのぅ...あぁ、そうか、ただぶっ放してるだけやもんな...そうかそうか...あぁ......この木揺らすの何年かかんのかなぁ...これやったら、武器でも持ってきたほうが早いんと違うか?」

ここまで言われた武市は、狼に背を向けて木に何度も技をぶつけていった。

「こりゃ自然破壊かなにかか?そんなんて無理やり木を揺らしたって、木さんの機嫌損なったら、上からなんや落ちてくるかもしれんのに、危ないのぅ...」

さすがに体力が尽き、地面に突っ伏してしまった武市だった。そして狼は、武市の横に袋に入ったご飯を置いて、また離れた。

「こないだの中華や、食え。そしてやれや、全力で。俺ぁ寝るで、できたら起こせや、な!」

そういうと狼は瞬時に寝てしまった。

「はぁ......はぁ......食わなきゃ.........くそぉ......俺は二代目なんだぞ......猫手全員の思いを......くそぉ...」

武市はご飯をむさぼりながら、泣いていた。

何度目かもうわからないぐらいの挑戦に、武市も苛立ちを隠せなくなってきていた。

「くそぉ!なんでだ!なんでなんだ!!」

武市は悔しそうに膝を叩いた。

「はぁ...はぁ......なんだこれは」

叩いた膝の下に、予期せぬことが起こっていた。

なんと、自分の技である緑色の竜巻が足に絡みついていた。気が付いた頃にはスッと消えたが、冷静に今の出来事を考えた。

「......そうか...あの言葉はヒントだったのか......いや、どうだろう、でも試す価値はありそうだな!」

武市は声を張り上げた。

「はっ...やっとか、アホ」

ーーーーー次回、第四話 前編・弐 -光明-

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