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映絵師の極印(えしのしるし)第2話 中編・弐 -変動-

前回のあらすじ
順調に勝ち進んできた猫手会だったが、皇帝から準決勝のルール変更に虎は塾生である三毛と戦うことを宣言した
心配の声もあったが、虎と三毛は覚悟を決め、準決勝に向かうのであった

「武市よぉ、なんで自分はあそこにいないんだ、って思ってるか?」
弾が、少し落ち込んでいる武市に声を掛ける。
「うん、そうだね…」
少し悔しげな武市に弾は親心をみせる。

「悪いな、本当は俺がみてやりてぇんだがな、こうなっちまったんじゃしょうがねぇ」
弾は動かない足を叩く、しかし武市は弾の手を取り、
「違う、親父のせいじゃないよ」
と言うのだった

息子の気遣いに少し照れながら
「あぁ、ありがとな…でもよ、あの三毛ってやつも大した才能だな。実際、映絵塾が始まってからのお前達二人の才能の伸びは凄まじいものがあるからよ」
「うん、三毛はスゴイ、でも僕も負けてられない!」
「そうだな、よし、お前も心の中でお題に挑戦してみろ」
弾は武市の頭を撫でる
「なんだよぉ…へへ、もちろんそのつもりだよ!」

これから始まる戦いの前に、美しい親子愛をみた猫手会。
負ける気はしなかった。

多数の取り巻きと共に姿を現した皇帝
「ここからのお題はわたし自ら告げるとしよう」

静まり返った会場…

「お題は…(うみ)」

少し会場がざわめいた、が、すぐに静まる

「時間は10分、さあ、始めるがよい!」
皇帝の号令と共に始まった準決勝、4人の思惑が交錯する。

(三毛…あなたの性格ならば素直に描くでしょう、よし、ここは私が捻りましょうか)
素早く描き始めた虎。

対して三毛は少し考えてしまった。
(虎先生はきっと捻ってくる…自分は素直に描けばいいのか?)
その隙に隣の相手が描き始める、その映絵は素晴らしい蒼の色彩を表現し始めている。

「うーん、マズイな」
「なんで、親父?」

「三毛の野郎、考え込んじまって手が進んでねぇ…さっきも言ったが、敵さんの描いてるのが見えてるハズだ。先に描いたほうが隣に圧力を掛けられるのは確かだからな、その辺り、まだ子供のアイツには駆け引きはできんだろう」
弾も少し心配になってきた。しかし、武市は
「平気さ!」
と、さっきまでの落ち込んでいる姿ではなく、友の力に自信満々のようだった

「おっ、そうか?」
「そうだよ、風景を描かせたら右に出るヤツはいないよ、なんと言っても不動心の基本中の基本だからね!」

「そうか、三毛は不動心を学んでるんだったな…お、描き始めたな…」
武市の言ったように、三毛は冷静に描き始めたのだった。息が詰まるような10分間が過ぎようとしていた。
傍らで見ていたのは猫手会側だけではない。

丁度反対側に陣取っていたDハンズの陣営は犬剣の宝治を囲むようにして対決を見ていた。
その中にひときわ目立つ大柄な男がいる。
長く伸びた毛並みがいかにも暑そうで、凄みのきいた目、鋭い牙、隆起した筋肉…
およそ映絵とは縁の無いような容姿であるが…
その男は、なにやら宝治と話しをしているようだ。

「オジキよ、弾のやつぁ出てけぇへんのやろか?」
大柄な男は『狼(ろう)』という映絵師にして、印職人である。
「どうやろな…まぁ決勝まで温存しとくつもりやないかとは思うが…この勝負は狼、どないや思う?」
「せやな、オジキの言う通りやな」
「話聞けドアホ、今の勝負の話や」

「ああ、あのシマシマ野郎が一番ちゃいますか?」
と言って虎を指す。
「勝てるか?狼」
「あんなブッサイクな爽やか好青年には負けへんでぇ、オジキ!」
狼の頼もしい返事を聞くと宝治達はまた繰り広げられる勝負に集中した。

「よし、時間だな……そこまで!!」
座っていた皇帝が立ち上がり高々と手を挙げ静止の合図を告げる。

4人とも筆を止めた…やりきった表情なのは何よりだ。

「さあ、素晴らしい映絵をわたしに見せてみよ、まずはそなたじゃ!」
といって指名されたのは三毛のとなりの男である。
徐に用紙を広げると、そこには鮮やかな蒼、そして深い蒼、眩しい陽の光が余すことなく表現されていた。

「おおっ、美しいの!これは、海の表面だけでなく深き所も連想させる蒼の使い方が見事じゃ、それに陽の光も見事に際立っておる…よう精進しておるようじゃの」

「はっ、お褒めに預かりまして光栄にございます」
三毛のとなりの男は深々と頭を下げた。

「さて、次じゃ」
「となりの小僧、見せてみよ」
三毛は臆することなく堂々と用紙を広げた。すると、皇帝は一瞬顔を顰めたが、理解したように縦に続けて頷いている。

「ははっ、みろ!俺ァどうやらアイツを見くびっていたらしいぜ!」
三毛の映絵を見て弾が嬉しそうに言った。

真っ白な砂浜、見慣れない樹木、そして見たこともないような色合いの海
「まさか被せてくるとはなぁ、アイツはお前のいいライバルになりそうだな!」
弾は自分の体か不自由なのも忘れるくらいに喜んだ、それは武市もおなじだった。

「それは、本当に海なのか?どこか桃源のようにもみえるが…」
三毛の映絵に見入っている皇帝。

「はい、これは異国の海です」
異国と聞いて皇帝は目を輝かせた
「ほほう!そなたその若さで異国の海を見たことがあるのか?」

「いいえ、僕は映絵塾で映絵の勉強をしています、そのなかで先生に教えてもらったものを想像で描きました」

「なんと!映絵塾とな!それは良い営みじゃ、されど真に見事じゃな、そんな海があるなら余も行ってみたいものだ、それを想像で描くとは天晴れじゃ」

「はい!ありがとうございます!」
三毛はまさしく子供のように喜んだ。

「親父、どうみる?」
「ん、こっちは取れたろう、天晴れをもらったからな、あとは虎だがな」
「虎先生は負けないでしょ」
武市は当然のように言う。
「ああ、だがな、三毛が頑張っちまったから、虎に対する期待は膨らんだはずだ」
「そうか、下手はうてないんだね」
「この映絵勝負、案外難しいのかもな…」
呟く弾に武市も頷いた。

「さあ、今度はこちら側だ、見せてみよ」
指名された虎の隣の女は、自信気に用紙を広げる、そこには美しい鳥が数羽描かれていた。
躍動感のある姿は今にも飛び出しそうである。
「ほう!それはウミネコじゃな?(うみ)をウミネコと解したのか、なかなかのものだ」
「それに、所どころでそれは、砂を使っておるのか?」
「左様にございます」
色付けられた砂が用紙にそのまま貼り付けられており、メインの描写に対して良いアクセントになっている。
「うむ、素晴らしい技術だ、その技術は後世に残していくのじゃぞ」

「はっ、しかとお言葉承りました」

さて最後は、と……お主、みせてみよ!

ついに虎の映絵の順番になる。
あえて虎を最後にしたのは皇帝の期待の現れなのか…

虎の広げた用紙を見て、相手も含めて会場一同が驚く。
「かっかっか、アイツは不動心とか言っとるがやっぱり俺の弟子だな!」
弾が今日イチの喜びを見せた。
「鳥には鳥を…か!しびれるぜ!」

虎の映絵は一見、小さな小鳥がいるだけに見える、だが虎が映絵を前後に傾けると、まるで生きてるかのごとく飛び立つではないか!

「素晴らしい、素晴らしいが、はて?」
疑問を投げる皇帝に虎がゆっくり口を開いた。

「僭越ながら…先日、我が映絵塾に巣を作っていた小鳥の雛が無事に飛び立ちまして、その様子を、遠近立体法で描いて見たところです」
会場からざわめきとどよめきが起こっていた。
「それと(うみ)とどう繋が……まさか、貴様」
皇帝が何かに気づき、虎も表情を見てニコリと笑い続けた

「すべての生命は親に育てられ、巣立って行きます。そしてそのすべての源は'産み'なのではないでしょうか」

その言葉を聞いて思わず三毛は涙してしまった。
自分も虎も産みの親を知らない、三毛はそんな運命を嫌がっていた。
だが虎は、生まれてきた事そのものに感謝している。
そんな想いが三毛の複雑な心に深く突き刺さったのだ。

「産みと捉えるとは…なるほど、わたしの意図をよくわかった!みなのもの!異論はあるまい!?」

会場が割れんばかりに湧いた。

「この勝負、猫手の勝利じゃ!」

拍手喝采の中、虎と三毛の手を高く上げる皇帝。
もともとの細い目をもっと細くして喜ぶ虎と三毛。
だが次の瞬間、会場を見渡した虎は戦慄した。

観客席から立ち上がり、宝治と共に歩いている男が見えたからだ。

その目線の先には、”ここに来るはずがない”狼の姿があったのだった。

ーーーー次回、第2話後編・壱 -決心-

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