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映絵師の極印(えしのしるし)第1話 後編 -蚯蚓-

襲名式前の楽しい時間を過ごす炎。ふと天窓から覗くと外はすっかり夜の闇に覆われていた。もちろん炎は陸の言葉を忘れてはいなかった。

「お、もうこんな時間か...女将おあいそや」
酒に強い炎だが女将がくれた、この一時に油断していた。

「あら ツケでいいわよ?」
「いや、俺は借金はせえへん主義や」
「借金じゃないわよ、次への約束よ」
「へっ、物は言いようやな」

そう言いながら炎は酔いざましに、先程出されたチェイサーの水を飲み干す。グラスに残った氷がカランと音を立てる。

「おたくの店員さんもよう気ぃきくなぁ。チェイサーに井戸水なんてしゃれたもん持ってきてくれてたからなぁ」
「あら、ありがとう。今仕込みしてるから、後で言っておくわ」
「さよか...ごっつぁん、また来るわ」
炎は軽く手をあげると、ゆっくり店をあとにした。

「ふふっ...またね、二代目さぁん......」


帰り道、炎は急ぎ足で襲名式に向かっていた。すると不思議な感覚に襲われた。

「んぁ?地震か?」

視界がぐるぐると回り、足元がグラグラと揺れている。いや、揺れているのは…
「揺れてんのは…俺か?!いや、こんなになるほど飲んでへん...なんや?」

足元がフラフラして歩けなくなる炎。ついには、その場に倒れ込んでしまった。

「バカな...俺とした事が…くそっ...」

先ほどの店の女将は企鶴、つまり鳥族は、いくら家畜だろうと同族を殺して料理しない掟がある。しかし、女将は同族を使用した料理を出していた!

そして、あの水を持ってきた店員がいつの間にかホールにいなかったことを炎は思い出した。

「……いや、やっぱりあいつは店員なんかじゃ……」
薄れいく意識の中で炎は自身の酒癖と思慮の浅さに辟易した。

次の瞬間に幼い頃の陸が目の前に見えた。
「…幻覚かぁ?走馬灯かもな......俺はもうあかんかぁ」

自分の描いた映絵を嬉しいそうに見せる陸。
それを見て微笑み褒める父。まさしく絵に描いたような幸せだ。

「陸……陸…」

まるでうわ言のように炎は弟の名前を呼んだ。
「あ、ああ…守ったぜ、親父…陸を…」

意識を失う寸前の言葉はもう誰にも聞こえないくらい、か細いものだった。
ほどなくして、暗がりから影が近づいて来た。

「うまくいったようですねぇ」

月明りに照らされた男は、立派な虎縞を着た初老の男。
長く伸びた髭はまるで獣の鉤爪のように鋭い。

そして後から来た、従者らしき人物は顔を伏せながら辺りを伺いながら頭巾を外す。
炎が先ほどまで飲んでいた店の「消えた店員」その人だった。

「虎様ぁ!遅くなりましたぁ...ホントによかったんですかぁ?二代目に話しもしないでぇ」
「なぁに...死ぬような事はしてはいませんよ。」

ニンマリと笑う虎縞に少し恐怖を覚えた従者は機嫌を取るように

「どうしてまた、兄貴なんですぅ?なんで弟の方じゃないんですかぁ?」
従者は確信をついた。

「良い質問ですねぇ。兄のほうは確かに映絵は勢いがあり、目を見張ります...しかし本当に恐ろしいのは弟の方… 感性、発想力、閃きは遥かに兄を上回っているのです。しかしそれは兄であるこやつの映絵の背景を描くための力...弟一人では何もできないのですよ。これでやつらは終わりなのですよ、ニャフフ…」
「...え、えへへ...虎様の頭脳には敵いませんねぇ...べ、勉強になりますぅ」
「ニャッフッフッ!貴様ももっと勉強なさい。」

従者は「はいぃ」と深く頷くと、炎の方に目を向けた。

「ニャフフフ...例のものはちゃんと回収してきたんでしょうねぇ?」
虎はそう言いながら従者に促す。
「はぁい、大丈夫ですぅ...でもこれって...」

従者は青い粉末を持っていた。界隈で流行している、「ミミズ」と呼ばれる一種のイケナイものだ。副作用は酷く、最悪死に至ってしまう。

「我々の痕跡は残してはなりませんよ、あくまでも事故…ですからね」
「はい...あの……そういえば...さっきの女はどうなったんで?」
従者は手際良く炎の上着のポケットに「ミミズ」を忍ばせながら聞いた。
「えぇ、気絶させはしましたが、姿を見られたかもしれませんね。後ほど処理しなければいけませんねぇ」
虎は従者がしっかり後始末を終えたのを確認すると再び暗がりに向かって歩き出した。

「ととと虎様ぁ、もう一つだけ教えて欲しいのですがぁ…」
「なんですか?勉強熱心な事は大変良い事です、言ってみなさい」
「あの水の中に「ミミズ」は入ってなかったですよね?一体どうやってこんな…」

長く伸びた髭を触りながら虎は得意気に話す。
「ニャフフ、貴様も嫌いな物の匂いは良くわかるでしょう?」
「はぁ...それはアイツらも同じ、むしろ私達よりも鋭いのではぁ?」
従者は不思議そうに虎を見ている。

「しかし、それが結晶の中であったらどうでしょう?」

しばらくして従者は驚いたように
「まさか!氷ですかぁ?」
虎は再び不気味な笑みを浮かべる。
「あの水は直ぐ飲まない事はわかっていましたからねぇ。日本酒にはチェイサーとして水が出されることがあるのですよ。酒飲みに違和感なく飲ませるのは簡単ですねぇ...」

虎は長い舌を出して、不気味に笑いかけた。


「で、でででは…あの店は...あの女将、こ、こここ、ころ...」
虎はうろたえる従者に呆れ、
「あの女将は後日でもいいでしょう。さぁ、これくらいにして、早く運びますよ」

「は、はいぃ...ぃよいしょっ.....」
虎と従者は倒れている炎を担ぎ上げ、足早に暗闇の中へ消えていった。

少し時は戻り、襲名式の準備をしているD-HANDS-FACTORY

会場の裏側では若い衆が段取りに追われていた。そこにすこし早く到着した銀が母屋へ訪ねていた。

「おう、炎坊、邪魔するぜ?そろそろ二代目だって自覚が...あん?」

ふすまを開けると、そこに炎はいない。まだ戻ってきていないようだった。

「なんだってんだ...いねぇのか...おい、陸坊!」

「なんや、銀じい来とったんかいな、あぁ炎にぃなら酒が我慢できひんで飲みに行ったで」

「なにぃ?!いねぇなら仕方ねぇ...ったく...じゃぁ陸坊、また会場でな」
と銀は呆れ、ため息をついた。すると、ふと悪寒が走り、胸騒ぎがした。

「......なんだろうな、いやな予感がすらぁ...妙な事に巻き込まれてなきゃいいが...」

「え?なんか言った?」

不思議そうな顔をする陸に「なんでもねぇ」といい、去っていった。

しかし、銀の予感は的中したーーーーー

結果、炎は襲名式の時間にも戻らず、D-HANDS-FACTORY総動員で探すことになり、この日、襲名式は中止された。行きつけの店や周辺、懇意にしている店を回るも、見つけることはかなわなかった。

明け方、街はずれの橋のたもとで、意識不明の炎が見つかった。

ーーーーー次回、第二話・前編 壱 -不動-

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