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映絵師の極印(えしのしるし)第三話 前編・壱 -慟哭-

前回のあらすじ

大昔の夢、支えとして生きることを誓った虎。
しかし、その誓いにより虎は大きく変わっていくこととなった。
そして、話は現代へと戻る………───

倒れている炎が発見されてから、1週間が経とうとしていた。
「どうや、陸…まだ意識戻らんか…」
ゆっくりと病室のドアを開け、宝治がやってきた。

「あぁ…まだや…なんでこんなことになってもうたんや…」
一人掛けのソファにどかっと腰をおろし、書類を数枚陸に渡した。

「親父、なんや…え?薬物中毒て…どういうことや!」
宝治はため息をつく、宝治自身も信じられないようだった。
「炎の体の中に、巷で流行っとる「ミミズ」の成分が検出されたらしい…」
書類には『経口摂取によるもの。舌、食道に残存有。吐しゃ物からも検出』と書かれていた。

「んなアホな!炎にぃがクスリなんてやるわけないやろ!!」
「わかっとる、それくらい!今、下に調べさせとる…それでやな、お前に折り入って話があってきたんや」
怒りに震える陸をなだめながら、宝治は言った。

「炎はこんな状態や…考えたんやけどな…お前の方が真面目やし皆を最終的にまとめるのが仕事やったやろ……お前がわしの跡目、継がんか?」
陸は絶句した。目の前にはまだ意識が戻らぬ炎、生きている。まだこれから二代目として引っ張って行く存在なのに。
父親として、息子を切るんか?と不審感が芽生えてしまった。

「それか襲名式はまだやってへん、なんなら…」
「な、なにいうとんねん、親父!炎にぃが犬剣の名に一番相応しいんじゃ!俺ぁできひんて…炎にぃみたいにみんなを従えるような力もないし…」

拒否する宝治は陸の肩に手を置き、やさしく
「大丈夫や、みんなお前ら兄弟のこと大好きなんやから、ちゃんとついてきてくれる。それに…」
しかし、陸は宝治の手を払い、炎のそばに行く。

「あかんて、とぅちゃん…無理や…それにまだ炎兄ぃは生きてんねんぞ!」
炎を見つめる陸の目からは大粒の涙が流れるのだった。
宝治はその涙を見て、言葉を飲み込むしかなかった。しかし、宝治は意を決し、言葉をかけた。

「なぁ、陸…わしももう老いぼれとんねん。次の代に引き継がんと、わしも安心でけへんのや。それだけは分かってくれ、な?わしはお前ら二人、どっちが犬剣を継いでも、遜色ないと思てるからな。ちょっと、落ち着いたら考えてくれ…」
そういうと、宝治は病室から出て行った。
病室からは、陸の慟哭が漏れ聞こえていた。


一方そのころ、街では宝治の指示で調査隊が組まれていた。
「どうしたのかしら、宝治さんとこの人たち…」
「そうだなぁ、なんかピリピリしてるな…」
街の人々のひそひそと話す声に、調査隊の一人がしびれを切らした
「なんや!言いたいことあるなら、言うてみいやゴラァ!……いっだぁっ!!」
威嚇する男の頭に衝撃が走る。すると、後ろには鬼の形相の辺銀が立っていた。
「バカかてめぇら!カタギの人間に何抜かしてんだ!鉄、てめぇもいて何やってやがんでい!」
「銀さん!すんまへん…そっちもすまんかった!」
銀も絡まれた者を手で「行け行け」と指図し、調査隊に向き合った。
「で、炎の様子はどうなんだ、鉄(てつ)」
「炎はまだ意識が……陸も不安定になってもうて…」
銀はふぅ、と大きめのため息をついた。

「鉄、おめぇさんの店には行ってねぇって言ったよな」
「へい、俺ん店どころかあの界隈にゃ全然、むしろ襲名式やし、俺も見に行ったろって思うてたくらいで…」
だよなぁ、と腕を組み銀は考えこんだ。

「あら?銀おじ様?お久しぶりですぅ~」
そこにはかわいらしい小袖にエナメルのブーツ、かんざしは3本刺し…そして、猫の耳を生やした少女インコが立っていた。
「うわ…でたぁ…」先ほどの町人に絡んだ男が嫌な顔をして指をさした。
銀は先ほどよりも強く殴った。
「お前な...おめぇ、耳!耳出てる!隠せ!」
不思議そうな顔で銀を見つめ、あらら、とフードを被り直した。
「うふふ、今日もお母さまの術が解けてしまいました…てへぇ」
「てへぇ、じゃねぇぜ、ったく……おい、鉄、あとそこのばか…今見たことは忘れろ、いいな…」
鉄も「わかりました…」としか言えない鬼の形相であったと後に語っている。

少女インコは身なりを直すと、くるりと回りニコリと笑った。
「アイコ…お前はこの世界で大事な存在なんだ!変な奴になんかされたらどうする。なんか大事な買い物あんだろ?俺もついてってやるから、サッと行って早く帰るぞ!いいな?」
「あはは、おじ様ありがとう!じゃ、久しぶりにおデートね♪」
銀は困った表情を浮かべながらも、少女インコであるアイコに付いていくのだった。

「鉄!なんかわかったら、連絡くれ」
「了解っす!」


アイコと歩く銀、するとアイコが「ねぇおじ様?」と尋ねた。
「なんでおじさまは私たち家族を助けてくれるの?…さっきみたいなこと、もう慣れたよ」
先ほどとは打って変わって、寂しげな表情を浮かべていた。
「そんなもん、慣れるもんじゃねぇ…一人で泣かずに、親父とおふくろさん、それに俺にだって言ってくれたらいいんだ。俺はお前の親父には恩がある、おふくろさんにもだ。心配すんな…俺がちゃんとお前ら家族、守ってやるからよ」
「……ありがと、おじ様」
アイコは一粒、ぽとりと落とし、銀の袖に絡まった。

「銀の字」
ふと銀が後ろを見やると、そこには猫手会の幹部・鉤尾(かぎお)がいた。
「どうした、今は勘弁してくれ…子供がよ…」
「それどころじゃねぇから探してんだ、こっちは!おい、銀の字、いぬっころの長男坊が死にかけってなぁ、本当か?」
その話か、と言わんばかりに、銀は深くため息をついた。
「まぁだ俺んとこにも情報は入ってねぇ…」
銀が答えるとほぼ同時に、鉤尾は胸倉をつかんでいた。
「おめぇがどんだけ犬畜生に味方してんのか知らねぇけどな、これ以上俺たちの名誉を傷つけるなら、今後てめぇも容赦しねぇからな!」
鉤尾は疲れ切ってやつれた顔を怒りに歪めていた。

「ちょっと待ちねぃ、俺だって
まだ何も聞かされてねぇってんだ。離せ馬鹿野郎…お前らの名誉をって、なんかあったんかい」
銀はアイコを近くの喫茶店に預け、怒り狂った鉤尾とベンチに座った。
まだ語気が洗い鉤尾をおさめ、落ち着きを取り戻すと、鉤尾は涙を流し、語り始めた。

「すまねぇな、もううちものっぴきならねぇんだ…」
「どういうことだ?」
「犬っころの長男坊がやられたって聞いてよ、いやな予感はしてたんだよ…そしたらよ、次の日には俺らんとこに、やれ【炎様を返せ!】だ、【所詮チンピラの集まり】だとか言われてよ…俺たちは何にもしちゃいねぇのに、ここまで言われるこたぁねぇんだよ…」
先ほどの勢いもなく、かなり情緒不安定になってしまっている鉤尾である。
しかし、銀は
「おめぇたちんとこにそんなん言うやつがいるとはな…まるで犯人扱いか…」
「あぁ…」
銀は膝を叩き、立ち上がった。
「よし、俺もちょっと嗅ぎまわってみるか。ちょっくらいってくらぁな。昔堅気のおめぇがここまでやつれるとは、俺もさすがに寝覚めがわりぃや。じゃあな」
少し笑顔になった鉤尾は「恩に着る!」と、猫手会のほうへ走り出した。
後ろ姿を見つめながら、銀は「どうなっちまってんだ…」とため息をつく。
うっすらかかっていた雲が厚くなり、遠くのほうで稲妻が鳴っていた。

ーーーーー次回 第三話 前編・弐 -渇望-

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