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【怪談】葬儀場メインホール

Hさん30代男性から聞いたお話。


これを聞いたのはかれこれ17,8年前なのでHさんはもう50代くらいかもしれない。


Hさんが20代の頃、葬儀場で警備のバイトをしていたそうだ。


ある日の夜勤の話し。



その日は、明日葬儀を行う予定の遺族が、ご遺体と一緒に控室に泊まっていた。

葬儀場の担当スタッフの一人もHさんと一緒に詰めていた。


Hさんとスタッフは葬儀場出入り口隣のスタッフルームに詰めており、出入り口の番も兼ねていたが、夜中の出入りはほとんど無いので二人でテレビを観て談笑しながら過ごしていた。


そこの葬儀場では、ひと家族でも泊まり込んでいる場合は館内すべて照明を点けておく事になっていたため、見回りも大して怖くも無ければ手間も掛からず結構ラクな仕事だと話していた。


見回りの時間となった為、Hさんは各階を見回り、最後に入口付近にあるメインホールへ向かった。

明日、会場となるそのホールはすべての照明が点いており、祭壇の飾り付けや花などが盛られ、イスも全て並べた状態で今にでも葬儀を始められるようセッテイングされていた。


稀に、泊まり込んでいるご遺族がヒマつぶしに中を見て回ったりしている事がある為、Hさんはホールの見回りは怠らないようにしていたそうだ。

葬儀前日に何か壊れたりしても大変だからだ。


Hさんはいつも通り廊下をとおりメインホールに入った。



その瞬間、何かが動いた。


メインホールは、祭壇がある奥の方にお坊さんが待機する小さな部屋があり、葬儀が始まるとお坊さんが祭壇の脇からそこのドアを開けて入場するという作りになっている。

そのドアはメインの入口とは真逆に位置しており、参列者が入口から入場すると正面に祭壇とその個室のドアが見える。


Hさんは参列者と同様、メインの入口からホールへ入ったため、正面に祭壇と個室のドアが見えるのだが、Hさんが入った瞬間そのドアが閉じるのが見えたのだ。


一瞬の事だったのでちゃんとはわからなかったが、礼服を着た男性が個室に入っていったように見えた。背中とドアノブを握っているであろう手が少し見えただけだ。


Hさんは、泊ってるご遺族が勝手に個室に入ったと思ったそうだ。

メインホール自体も極力入場をご遠慮いただいてるので、個室に入られても困る旨を説明しようとすぐにその個室に駆け寄りドアを開けた。


…が、だれもいなかった。


Hさんはその小さな部屋をくまなく探したが誰も見つからなかった。

あれ?この一瞬でどこかから出た?いやそもそも見間違い?

ともあれ、こういった事がまたあっても困るのでご遺族が待機してる控室へ行って一言注意をしようと思った。


Hさんはその足で真っすぐ向い、控室のドアをノックすると中から女性の声で返事があった為、失礼しますとドアを開けた。


中には、トレーナーとジーンズ姿の中年女性が一人座ってテレビを観ていた。

泊まり込むお客さんは大体、礼服の他に動きやすい服を持ち込んで着替えるという人も少なく無かった為、この女性もそうだろうとわかった。


そこには、先ほど見かけた礼服男性の姿が無かった為、やはり連れの遺族の男性がトイレにでも行ったついでに、館内を見て回ってるんだろうと思った。




Hさんは女性に声をかけた。

「夜分に申し訳ございません。明日の会場となるメインホールですが、セッテイングが終了しておりますので、出来れば立ち入らないようにご協力お願いいたします。

お手数ですが、お連れの方にもお伝えください。」


すると女性は不思議な顔で「え?泊ってるの私一人ですが。」と返した。


Hさんはすかさず「そうでしたか、申し訳ございません。それでは失礼します。」と部屋を出たが、正直焦っていた。

侵入者か?いや裏口は鍵をかけていて従業員であろうと正面入り口からしか入れない。

正面から堂々と侵入者が?もしそうなら、私とスタッフ2人で見逃したことになる。それで何か被害でもあったらオオゴトになってしまう。

Hさんは急いで正面入り口の隣にある詰所に駆け込み、スタッフに事情を話した。

スタッフは「いやいや、2人でいたときは間違いなく誰も入ってないよ。今もHさんが見回りしてた時も入口ちゃんと見てたけど誰も入って来てないよ。」と教えてくれた。


Hさんは、見間違いなら良いが、万が一にも不審者が侵入していたら危ないと思い、もう一度館内を見回ったが特に何も無かった。


少し腑に落ちないがまぁ大丈夫ならいいかという事でまた詰所に戻りスタッフと過ごしていた。


深夜、また見回りの時間になった為Hさんは見回りを始めた。

各階各部屋異常は無かったが、問題のメインホール。

誰もいないよな…と思いつつ、メインホールに入ると同時に個室のドアの方を見た。



まただ。また男が部屋に入りドアが閉まった瞬間だった。

今度はドアが閉まる「カチャリ」という音が聞こえた。




今度はいる。絶対間違いない。不審者か。Hさんは少し大きな声で

「ちょっとすいません!」と軽く威嚇しながら走って行き、そのドアを乱暴に「バン!」と音を立てて開けた。



誰もいなかった。



え?ウソ?たかが数秒だよ?え?


個室を出て、ドアから目を離さないように、すぐに詰所に戻りスタッフを呼んだ。


間違いなく個室に誰かが入ったが、そのあと発見できない。警察を呼ぶべきか。

スタッフは「マジで!?うわぁどうしよう、なんだろう!?」とパニックになりながら、他のスタッフのPHSに電話を掛け始めた。

電話が繋がったようで、スタッフが大慌てで事情を説明している。

「今!不審者が館内に侵入したようで!ホール奥の個室にいるみたいなんですよ!警察ですか!?警備の〇〇さんですか!?どっち呼びましょう!?ご遺族の方どうしましょう!?」


Hさんは面倒なことになるなと思ったが、いつドアから不審者が飛び出してくるかわからない為、ドアを見つめたまま緊張していた。

すると電話をしているスタッフの様子と口調が少し変わってきた。


「え?いや今日です。…いや、私は見てないです、Hさんです。

…はい、はい、え?いや誰も出入りはしてないと思います。いや、私は見てないです。…はい…はい。あ、わかりました。」


なんとなく「いつの事だ、誰が見たんだ、そいつと代われ」的な事を話しているのがわかり、案の定、スタッフはHさんに通話中のPHSを渡して来た。


不審に思ったがHさんはPHSに出た。相手はスタッフの上司、中年の主任だった。主任は

「Hさぁん、その人さぁ、ドアに入るとこしか見えなかったでしょ?」

と眠そうに、ダルそうに話した。

「え、あハイ、2回ともドアに入ってくトコ見ました。まだ出てきてません。」

Hさんは、主任の何やら含みのある質問に疑問を抱きつつも、事実を伝えた。

すると主任は少し呆れた様子で


「あれ幽霊だから気にしないでいいよ。」


と言い放った。


Hさんは「え?」という様子で隣のスタッフに目を向けたが、スタッフは話の内容がわからない為、Hさんとドアをカワリバンコに見ている。


主任は電話でさらに面倒くさそうに話した。

「それねぇ、昼とか夜とか関係なくでるよ。葬儀中とかも普通にドアに入っていくしぃ。不思議と、気付くのはドアに入る瞬間なんだけどね。それ以外はわからないよ。あ、出る時は何回も出るから。気にしなくて良いよ。」


オカルトを全く信じていなかったHさんは、開いた口が塞がらなかった。

主任は、そうだ!とイタズラ少年のような口調で

「HさんHさん、その人の手ぇ、ちゃんと見た?その人さぁ、小指ないよ。

ヤクザかなんかだったのかなぁ。小指ねーんですよ。」

と電話口でもニタニタしている様子で話した。

Hさんは「は、はぁ…」と相槌しか打てなかったが、主任は呆れた様子に戻り、

「〇〇くん(隣のスタッフ)もねぇ…。ちゃんと仕事してりゃあ普通に気付くと思うけどねぇ。仕事中ドコ見てんだか。聞いてこねぇから他の人からもう聞いてるんだと思ったわ。何年目だよアイツ…」

と話すと、「というワケで何も無いから俺は寝ます」と主任は電話を一方的に切った。


その話をスタッフに話すと、「え、あ…えぇぇ…?」と理解できてない様子だったが、2人また詰所に戻り無言の時間を過ごしたそうだ。



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Hさんはその後すぐに地元での就職が決まった為、バイトは辞めてしまったそうだが、その日以降、ドアを閉める男は見なかったそうだ。


なので、あの男の小指があるかどうか不明なままだという。

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