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2桁の私

今日ー2023/8/12、画像にもあるように10才になりました!
『一桁から二桁になった記念記事』最後まで読んでください🩵

2桁note

書くきっかけ

私が文章を書き始めたのは1年生。
担任の先生が『あのね帳』というのをしていたのがきっかけ。
そこからどんどん文章を書くことが好きになりました。

私が物語を書き始めたのは2年生です。
クラスに絵が上手い女の子がいて、自分も絵が上手くなりたいと
イラスト付きの物語を自由帳に書き始めたのがきっかけでした。
最初に書いたのが妖精の話。
4作品ほど続きました。その後は探偵物語を1作。どちらも未完成です…

3年生になり、担任の先生が『日記』を宿題に出しました。
担任の先生が出してくれた100以上あった『参考ネタ』の中に
『物語用のネタ』がありました。
負けん気が強かった私はネタコンプのために書き始めることになりました。
私はどんどん物語を書くことにのめり込みました。
noteで公開している『あれ、ここはどこだ?』もその一つ。
当時の最大ページは8ページでした。
ゴールデンウィークに行った神戸布引ハーブ園のことを書いた日記です。
それが15ページの物語に膨らみ、3学期になると43ページ程の物語に膨らみました。
これが今の所、最高記録。最高文字数は1万5000程。
このころから、暴走(?)を始めていたようです。
10才になって、さらに頑張ろうと思います!

勉強と本と

学校の漢字の書き取り。
私は一文書いたら本を一章読む。だけど、一章読んだら止まらなくなる。
いつもそんな感じでした。塾が始まってもそれは同じ。
勉強と本は私にとって同じであり、違うものでした。
国語では本にすごく助けられました。
学校で『未』という漢字を習った時、
「あれ、これって習ってなかったっけ?」と思いました。
本で何度も何度も出てきていたので勝手に思い込んでいたみたい…。
そんなことがしばしばありました。

師匠はパパ

基本的に師匠は3年生の時の担任の先生でした。
けれど、noteではパパが師匠となりました。
空白から改行の仕方、どこを太字にするか。一行開けるか。
関西弁と普通(?)の言葉の使い分け。
今もとやかく言われますが、
それらが今の私の大事な支えになっています。
昔から物覚えが早かった私。
テレビの付け方、操作の仕方はすべてママを真似して覚えました。
パソコンは基礎操作を覚えた後は他の人からのアドバイス、自分で覚える。
一度覚えてしまうと中々忘れられない(だから悪夢を見ると災難)。
なので、今までの日記のやり方とnoteのやり方を共存するのが
難しく…。けれど、noteを持続することで慣れました。
パパ師匠はnoteを書くときだけ立派(?)になるのでした。
パパ師匠はTwitterもやっています。
元はと言えばnoteを始めたのもパパ師匠の勧め。
物語を盛んに書き始めた私に勧めてくれたのです。

1杯と1ページ、2ページ


パパ師匠が『コーヒーカップ一杯分』なのに対して
私は『日記帳1ページ分』。違うけれど同じ1。
年齢はだいぶ違うけど、同じ1。
今日その違いは一つ埋まり、11月のパパ師匠の誕生日にまた一つ離れます。
10才になって、2倍の自分になりたいと思います。
なので、私は今日から『日記帳2ページ分』
それだけでもだいぶ違うと思います。

10才

変わったもの

ママに聞くと私は夕方に生まれたそうです。
つまり今日の午前中はまだ9才。
でも、その時間が終わると10才になります。
10才になったら何が変わるのかはわからないし、何も変わってない気も。
でも、変わった。目に見えないなにかが。
それだけは分かる。それで十分だと思います。10才になったと記しとして。


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