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いっときの、でも永遠の相棒:「少年と犬」から

こんにちは(*'▽')

わたし、カラダの小さな犬に歯を剥き出しにして吠えられることがままあるんです。わたしにも可愛らしい顔見せて欲しい…。カラダの大きな犬は大丈夫。眉間や背中をなでさせてくれたり堂々としてくれて、こちらも安心します。『夜回り猫』(深谷かほる・作)の遠藤平蔵さんは「泣いてる子はいねが~」と涙の匂いを察知して、しんどさ感じている人間に付き添ってくれますが、犬も敏感に人間の感情を察知して、さらには守護してくれる存在なのかもしれません。


男たちがやって来たのは、ミゲルとショーグンが拳銃を見つけてから、ちょうど一週間後のことだった。

拳銃は父がどこかで売って金にした。その金で肉や卵を買い、しばらくは豪勢な食事にありつくことができた。

ショーグンは金目のものを見つけた褒美に、ミゲルと一緒に寝起きすることをゆるされ、人間が肉を食べた後の骨や筋(すじ)にありつくことができた。

幸せな一週間だった。

だが、それも男たちが現れたことで終わりを迎えた。

男たちは殺気立っていた。

「静かにしろよ、ショーグン」

ミゲルはショーグンと物陰に身を潜め、家の様子をうかがった。男たちは父と母に詰め寄っていた。

「あの拳銃はどこでどうやって見つけたんだ」

男の声がはっきりと聞こえた。

「し、知らない。息子の飼っている犬が見つけたんだ」

父の声はくぐもっていた。父の横で母が泣きじゃくっている。姉の姿は見当たらなかった。

「犬が見つけただと? そんなたわごとでおれたちをごまかせるとでも思っているのか」

「嘘じゃない。本当なんだ」

「じゃあ、そのガキと犬はどこにいる?」

父の返事は聞こえなかった。母の泣く声がどんどん高くなっていく。

ミゲルは唇を嚙(か)んだ。あれは見つけてはいけない拳銃だったのだ。

突然、銃声が轟(とどろ)いた。母の悲鳴がそれに続いた。再び銃声が響いて母の悲鳴も途切れた。

思わず声をあげそうになり、ミゲルは自分の手を嚙んだ。ショーグンが唸り声をあげはじめた。

「静かにしろってば」

ミゲルはショーグンを制した。物陰からそっと顔を出す。父と母が折り重なるようにして倒れているのが見えた。

撃ち殺されたのだ。

ぼくのせいだ。ぼくとショーグンのせいだ。あんな銃、見つけなければよかったのだ――悲しみと恐怖と怒りの感情が一気に押し寄せてきて、ミゲルは喘(あえ)いだ。

「ガキと犬を探せ。近くにいるはずだ」

男たちが散らばった。ひとりがこちらに向かってくる。

「ショーグン、どうしよう。見つかっちゃうよ。ぼくたちも殺されちゃうんだ」

ミゲルはショーグンに救いを求めた。ショーグンはミゲルに背中を向けると、ついてこいというように振り返った。耳や尻尾がぴんと持ち上がったその姿は自信に満ち溢れている。

「ついていけばいいんだね」

ミゲルがうなずくと、ショーグンが駆けはじめた。ミゲルが遅れないよう、何度も振り返っては速度を落としてくれる。

ミゲルは無我夢中でショーグンの後を追った。ゴミの山のことは隅から隅まで知り尽くしているつもりでいたが、それは間違いだった。ショーグンはミゲルの知らないルートを辿(たど)っていた。ゴミとゴミの間を縫うように続く、道とは呼べない道だ。左右にゴミがうずたかく積まれていて、男たちからはミゲルの姿が見えないはずだ。

「ショーグン、待って。もう走れないよ」

どれぐらい走り続けただろう。息が上がり、足がもつれた。ミゲルは走るのをやめて、その場にしゃがみ込んだ。ショーグンが戻ってきて、ミゲルの前に立った。ピンと立てた尻尾を悠然と振り、黙ってミゲルを見つめている。

「わかったよ」

ミゲルは腰を上げた。再び走り出したショーグンの後を追う。肺が火がついたように熱かった。汗が目に入り、ちくちく痛んだ。もう、自分がどこにいるのかもわからなかった。

突然、視界が開けた。ゴミの山を抜けて、街へ出たのだ。

ショーグンが速度を上げた。ミゲルはついていけなかった。

「待ってよ、ショーグン。速すぎるよ」

ショーグンの姿が見えなくなると、途端に不安が押し寄せてきた。父と母は殺されてしまった。姉の行方もわからない。

ミゲルはひとりぼっちだった。

「ショーグン!」

ミゲルは足を止め、泣きはじめた。

通り過ぎる人たちが奇異の視線を向けてくるが、声をかけてくる者はいなかった。

だれもが自分のことで精一杯なのだ。ここはそういう街だった。

「ミゲル!」

姉の声が聞こえた。そちらに目を向ける。ショーグンがこちらにむかって走ってくる。その後を追うように、姉のアンジェラも駆けていた。

「アンジェラ」

ミゲルは姉の名を呼んだ。ふたつ年上の姉が神様のように思えた。ショーグンは神様に仕える天使だ。

「どうしたの、ミゲル? 急にショーグンがやって来て、わたしのスカートの裾(すそ)を嚙むの。なにかあったのかと思って後を追いかけてきたんだけど」

ミゲルはアンジェラに抱きついた。

「パパとママが死んじゃった」

泣きながら訴えた。

「なんですって……」

アンジェラが動きを止めた。ショーグンがミゲルとアンジェラを見上げていた。

『少年と犬』(馳星周、文藝春秋、2020年) 「泥棒と犬」より


プロの泥棒を生業としていて、大震災半年後の仙台で出会った犬と逃走中のミゲルが、トラックに乗せてくれたイラン出身のハーミ(ペルシャ語で守護者という意味らしいです)に身の上話(回想)をするシーンです。子ども時代のミゲルがこの後、市場のはずれに放置された故障車をねぐらにして、盗んだ財布やショーグンの調達してきた肉で命をつなぎ、姉のアンジェラが10歳かそこらで体を売って稼ぐようになり、ミゲルは本当の泥棒になっていった経緯が明かされます。

むかし「スラムドッグ$ミリオネア」(2008年)というインドを舞台にした映画を観て、実際の貧困ってこんなかぁ…!!( ゚Д゚)と衝撃を受けました。映画自体はハッピーエンディングなのですが、そこで描かれる孤児の末路に愕然としたのを覚えています。その生きる環境が既に犯罪(組織)に内包されてしまっているような状況。生きるためにはその選択しかなかった、というのが言い訳でもなんでもない状況。わたし、そういったところに生まれたとしたら早々に命落としていたかな…。

馳星周さんの作品で、むかし「不夜城」を読みました。金城武さん&山本未來さん出演で1998年に映画化もされてます。「嫌われ松子の一生」(山田宗樹・著)もそうですが、自分が堕ちたくない世界を覗き見るスリルを味わっていたのでした。「少年と犬」はある犬の足取りを辿りながら出会う人間模様を描く連作小説ですが、「不夜城」とすこし世界が重なるような、光のあたらない場所で生きる人たちも登場します。生まれたときから、もしくは物心ついたときから犯罪の温床で(アフガニスタンのようにずっと内戦状態だったり)暮らしていたら、平穏や落ち着いた状況というのがどういったものかをそもそも知らないのかもしれないよなぁ…と感じました。

God bless also people who doesn't know to live in peace and quiet ☆

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