「旅の絵本」より

こんにちは(*'▽')

連休だけど旅行を控える人もたくさんいると思います。それならば、脳内旅行はいかがでしょう?先日、新美の巨人たち(テレビ東京)で俳優・片桐仁さんがArt Travelerとして、安野光雅さんの「旅の絵本」の醍醐味をおしえてくれました!


わたしがはじめてヨーロッパへ行ったのは1953年のことでした。そのころは北極回りで行くので、目の下は流氷らしきものが見えるばかりでしたが、その後、シベリアの上を飛ぶことができるようになりました。

上から見たかぎりでは人のいる気配は見えなくて、曲がりくねって流れる大河や、無数の水たまりのように見える湖などが見え、森があるはずなのに、それらは黒くて、岩とも土とも見分けのつかぬ壮大な光景でした。

そのうち高度が下がってきたのでしょうか、白い道らしきものが見えてきました。川を渡っていますからきっと橋があるにちがいない、と想像しました。そこを走る車は見えませんでしたが、道はそこに人間が暮らしている印です。あの道はどこへ行くのだろうと想像するだけで、胸がいっぱいになりました。

もっと高度が低くなり、着陸するときが来たようです。森がだんだん迫ってきて、家らしきものが見えます。箱庭のように小さい村と思うのも瞬間で、見る見るうちに家や、牧場や白樺の林や、車や人が近づいて、もっと見おろしていたい、と思ううちにもう着陸するのでした。

はじめて見おろす外国の町は、わたしにとって、すばらしい別世界でした。そこには見たこともない人たちが、それぞれ、いろんなことをして生きているのです。そうした千ほどの物語をつめこんだ「旅の絵本」を描きたいと思ったのは、飛行機が着陸する前の、期待に満ちた風景をみたからでした。

珍しいことばかりで、言葉がちがう、服装がちがう、家も習慣も肌の色もまるでちがうところへ行くのですから、とても心配でした。

コペンハーゲンのレストランでは、わたしがその風物を珍しがるのと同じように彼らもわたしが珍しいようでした。まだ、日本人の観光客が少ないころでしたから……。

そこの主人はわたしと同じ程度にしか英語がしゃべれませんでした。だから彼はデンマーク語で、わたしは下手な英語と日本語で、ずいぶん長く話しました。彼はときどき鉄砲で撃つまねをしました。彼は自分の言うことを、どうしてもわたしに伝えたくて、英語のできるらしい他の客に、通訳させようとするのでしたが、その客は尻込みしました。わたしも英語はわからないのですから、通訳されても無理なのです。でも、わたしたちは「戦争をしてはいけない」という、とても大切なことを話していたような気がします。

(中略)

はじめは、何もかも違うと思っていた外国なのに、植物や動物は似たようなものだし、家の屋根は尖っているし、人間も皮膚の色が違うだけで、他に変わったところはありません。そのつもりで見ると違うものより、同じもののほうが多いのです。

言葉は違っても、心の中は似ている、と思いました。ヨーロッパの自然を見ても、それらを撮った写真を見ても、それらを絵本の一ページだとすると、そのどこにも説明の文字はありません。

お店が写っているとき看板の文字があるくらいで、その看板は読めなくても、そこが八百屋であるとか、ホテルであるというようなことは見ればわかります。

言葉のできないわたしが、ヨーロッパを旅して、いろんなものや人やことがらに出会ったことなどをふりかえると、それはちょうど絵本の中を旅してきたように思えるのです。

わたしの絵の、まだ白い紙の上に長い長い道がのびていきます。その道は海辺からはじまって、また海に出る感じがしました。その白い紙は大地でした。ずいぶん時間がたって、その道が川を渡るときは橋ができます。駅ができると、ホテルも必要になり、だんだん人が増えてきて、教会や、学校や、いろんなお店もでき、いつの間にか村から町になります。その村や町で、人々はいろんなことをして生活しています。そうなると、絵を描いているわたしとは関係なくものごとが進行していくように思えます。

旅人は、その人々の暮らしとは全く別の世界から来て通り過ぎていくのです。何かしたいと思っても、旅人はあまり関わることもできないのですが、そこには、人の数だけ、物語があるはずです。わたしは、それを描きたいと思いました。「旅の絵本」はそうして生まれました。

安野光雅

『旅の絵本』(福音館書店、1977年)<中部ヨーロッパ編>解説、より


じっさいに絵本を開いてみると、安野さんの遊びごころ満載!森の中でオオカミが赤ずきんちゃんを見つめていたり、ミレーの落ち穂拾いのシーンやゴッホの絵に出てくる跳ね橋があったり、女性の沐浴をのぞこうと目論む人がいたり。探すのがウォーリーとは限らない、ウォーリーを探せ!のよう。

Start on a journey ☆

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