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とある一日(とその前後の数時間)の記録

Noteに溜まっているメモを整理しようと下書きを眺めていたら、ことしの8月15日に書いた日記が見つかった。東京オリンピックが終わってすぐの頃だ。わりとしっかり書いているのに、公開手前で放置してしまったらしい。せっかくなのでここに記録として残しておこうと思う。

金曜の夜は友人とひさびさに電話で話した。いつも最近ふれた映画や本の話からはじまって、夜遅くまで哲学や社会学にまつわるあれこれを語る。大学時代に企業のインターンで会って以来、仲良くなって定期的に飲みに行っては、抽象的な議論で盛り上がっているのだ。これまでは仕事終わりに新橋あたりで落ち合って夜遅くまで飲んでいたけど、この状況なので一年半ぐらいリモートで開催している。この日もDaiGoの差別発言やオリンピックにまつわる絶望感について話した。彼は本をたくさん読むし一貫した論理を整理することに長けているので、毎回勉強になる。そして、Noteを書いても閲覧数が伸びないと悩んでいた。僕は、内容はたしかに興味深いがもっとキャッチーで時事的なテーマじゃないと取っつきにくいのかもしれないと答えた。彼はうんうん悩んでいたが、ふたりで会話した内容をブラッシュアップして書いてもらうことになった。結局夜中の2時頃まで話し込み、お互いに面白い文章を書けるようになろうと誓って解散した。そのあと脳が興奮していて眠れなかったので3時間まで起きていたのだけど、いま振り返っても1時間なにをやっていたのか全く思い出せない。

土曜日は11時に起きた。これまではどれだけ夜ふかししても9時には起きて映画館に出かけていたのだけど、家族全員ワクチン接種から二週間経つまではなるべく外出しないと決めたのだ。この日も特にやることがないので、起きてすぐに前日友人に勧められたデヴィッド・フィンチャー監督の「パニック・ルーム」を観た。いつも家で映画鑑賞すると途中で集中力が切れてスマホを覗いたり別のことを始めたりしたくなるのだけど、この映画はひさびさに最後までイッキ見できた。しかし、デヴィッド・フィンチャー監督のフィルモグラフィーの中では比較的評価が低いらしい。たしかに彼らしいソリッドな演出は控えめかもと思いつつ、「引っ越してきた家にお金目当てで強盗が押しかけてきて、主人公親子が隠し部屋に籠城して反撃する」という筋書きは面白く、寝起きの頭でたのしむには丁度いい作品だった。

そのあと昼ごはんにラーメンを食べながら録画しておいた「バズリズム02」「脱力タイムズ」と「ネタパレ」を観た。先週までオリンピックモードでまともにテレビを観られずストレスを感じていたので、通常編成に戻ってきてくれたことがただただ嬉しい。「バズリズム02」はadiue(上白石萌歌)のパートだけを観た。adiueという名前でテレビに呼ばれるのは「むずかゆい感じがする」と照れくさそうに表明する彼女の感覚が信頼できると思った。そういえば、池田エライザもELAIZA名義で歌手デビューするらしい。ヤフコメでボロクソに書かれていたが、彼女のアーティスト的才能は作文や演技ではなく、歌唱にあるのではないだろうか。「多彩」なのか「どれも中途半端」なのかはこれからの活動の質によって決まるだろう。「ネタパレ」は恋愛ネタがテーマ。年初によしもとの舞台で観た祇園があいかわらず良かった。関西弁のわりと正統派なしゃべくり漫才で、見取り図と若干かぶる部分はあるものの、ことしのM-1でもいい位置につけるだろうと思う。

しかし、この番組のパネラー側にスピードワゴン・小沢と陣内智則が居たのは複雑だった。いまふたりはコロナに感染して療養中だからである。やはりアクリル板の衝立だけでノーマスクは危ないだろう。先日松井玲奈がコロナ感染から復帰してみずからの体験をYouTubeで語っていたが、やはりマスク無しで共演者との距離が近い主観には「恐怖」を感じることもあるらしい。お仕事とは言え彼らは依頼される側なので感染症対策が甘い現場に口出しすることは難しいだろう。もし多くの芸能人が松井玲奈のように恐怖に怯えながら収録に臨んでいるのだとしたら…いち視聴者として心が痛むし、そんな生命や経験を危険にさらしてまでやるべきことなのだろうかと疑問に思う。

録画の消化を終え、時計の針が14時を回ったあたりで「お転婆三人娘 踊る太陽」を観た。ペギー葉山、芦川いづみ、浅丘ルリ子の三人による陽気なミュージカル映画だ。和製ミュージカルの傑作「君も出世ができる」がオールタイムベストの一本なので、ちょっと期待して観たのだけど、若干物足りなかった。本来カラー制作の作品なのに白黒のフィムルしか現存していないせいもあるだろう。観ている途中で飽きてしまい、1時間ほど昼寝を挟んだ。

17時を過ぎた頃、ちょうど外の雨も弱まっていたので、近所のケーキ屋さんに出かけた。以前あまりに暇すぎて家の周りを徘徊していたとき、たまたま前を通りがかって見つけたお店である。こじんまりとしていてあまり目立たないが、地元の食材を使ったお菓子やケーキを並べている。僕はその飾らない雰囲気がとても気に入ったのだ。雨のなかこのお店を目指して自転車を飛ばし、町中を駆け抜けるのは、爽快感があった。8月に入ってからワクチンを打ちに行った日以外、ほとんど家から半径500メートルぐらいの範囲でしか活動していなかったので、ひさびさに家族以外の他人をたくさん見た気がする。お店に行く途中、中古車屋さんの前を通って、そういえばドライブをするのもいいかもしれないと思った。かれこれ2年ぐらいハンドルを握っていないので、多分止めたほうが良いんだろうけど。ケーキ屋さんに着いて、いつも買っているシュークリームを家族全員分頼んだ。あと、生の梨をまるごと使ったケーキが目に入ったので、ちょっと値が張ったけれどチャレンジも悪くないと一緒に注文した。持参したエコバッグが小さくて店員さんはケーキの箱を入れるのに苦労していたけど、このまま自転車のかごに乗せて帰るので適当でいいですと断り、おうちに帰った。外は来たときよりも雨脚が強くなっている。本当はケーキを買ったあともう少し遠くまで足を伸ばして暇をつぶそうと思っていたのだが、このご時世に風邪を引くのはご法度だろうと思って素直に帰宅した。

おうちに帰ってすぐ家族といっしょにシュークリームを食べた。母親は「このお店のシュークリームは小さいけどカスタードクリームの量が多いから食べ出がある」と前回買ってきたときと全く同じ感想を述べた。そして、レシートを見て「こんなに安いんだ」とこれまたさも初めて知ったかのような新鮮さで驚いていた。とにかく僕はみんな喜んでくれたようで何よりだった。ちなみにおまけで買ってみた梨のケーキは、悪くはないけれど梨特有の水っぽさがあまりケーキには合っておらず、これだったら生の梨をそのまま食べたほうがいいだろうという結論に至った。この点に関しても家族全員の意見が一致した。

そのあと妹といっしょにSwitchでマリオカートをした。世界中の人とネット対戦できるモードを選んだ。もうすでに18時頃だったので、海の向こうはたぶん朝である。イギリス人やアメリカ人がいたが、なかなかの猛者だと思う。僕には起きがけにマリオカートで対戦してやろうというモチベーションはない。あと、普通は参加者の国旗がユーザー名の横に表示されるのに、香港の人だけ旗の表示がなくブランクになっていたのは、いろいろな事情を感じて寂しい気持ちになった。日本の漫画のキャラクターをユーザー名にして参加するカナダ人もいた。ちなみに結構手強かった。

お風呂に入ったり夕飯を食べたりしたあと伊藤万理華主演の「お耳に合いましたら」を観た。前回第四話あたりからぐっと物語にギアが入って面白くなったと思う。お出かけを自粛しているのでまだ観ていないが「サマーフィルムにのって」は早くこの目で内容をたしかめたい。状況を見て来週辺りから映画館での鑑賞を再開したいと考えているが、すでに三週間分ぐらい新作が溜まってしまったので、とてもじゃないけどすべては拾い切れなさそうだ。

メモはここで止まっている。土曜の夜なのでおそらくこのあと「オードリーのオールナイトニッポン」でも聴いて、3時頃には布団に入っていたのだろう。スピードワゴン・小沢と陣内智則はほどなくして、前よりも心なしかほっそりした姿でテレビに復帰した。「サマーフィルムにのって」は感染状況が落ち着いてからこっそり見に行ったし、この日思いついたドライブは10月になって実際にチャレンジした。当時感じていたほど絶望は長続きしなかった。

読み返してみると、たしかにこの日のことはよく覚えている。ことしの8月は東京で毎日のように4000人を超える感染者が出て、ほとんど家から出る気にもならず、こうやって家でのんびり過ごしていた。だから、どこか遠くへ出かけたり特別なことに挑戦したりしなくても、家から手の届く範囲であれこれ楽しいことを見つけ、気楽に過ごせたのが嬉しくて、日記に残したかったのだろうと思う。おうちで家族とシュークリームを食べて妹とマリオカートに熱中する。理想的なアラサーの休日とは言えない。むしろ、ひとに見せるには少々恥ずかしいとすら思う。しかし、たしかに僕はこの日とても幸せだった。

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