かつて「ゲーム攻略本」というものがあった

 ゲームが好きで、昔からずいぶんとそこに時間を使ってきた。仕事はずっと出版で、最初のころにはDTP制作オペレータとしてゲーム雑誌のページ作成に関わっていた時期もある。いわゆる「攻略本」の作成にも何度か関わった。そうやって長くゲームとそれを取り巻く出版産業を近く遠く見てきて、嫌でも気づかされることがある。

 「攻略本」と言われるものが今やほとんど姿を消していることだ。昔ならドラクエやらFFやらといったメジャータイトルの新作が出れば、各社のゲーム編集部から分厚いガイドブックが出て店頭に並んでいた。それが今や見る影もない。せいぜいゲームメーカーの公式ガイドブックぐらいのもので、それもほとんど「攻略」はしておらず、世界観やキャラクターの紹介に留まっている。つまり「ファンブック」だ。

 理由はまあわかる。ここ10年くらいでゲームはすっかり「不具合があればアップデートで修正されるもの」になり(「裏技」なんていうワードも死語になりつつある)、また「不具合がなくても定期的にコンテンツが追加されるもの」になった。そういうものの関連情報に、ある時点の情報を固定的に留める「攻略本」という形は合っていない。たかだか数ヶ月で情報がすっかり変わってしまったりするのだから。

 だが、ゲームプレイヤーの目線から見て、攻略情報というものが必要なくなったかと言えばそこはそうでもない。メジャータイトルの個人による攻略サイトは昔からあって、ネットで検索すれば行き着くことができたし、最近ではいくつかの企業運営のゲーム情報サイトも目にするようになった。そういうものが「攻略本」の代わりになるようになって久しい。そういうサイトはだいたいにおいて広告がしつこすぎたり、空気を読まないアダルト系の広告が表示されたりしているのでマネタイズ大変なんだろうなあとは思っているが、まあ継続はしているのでそれなりに回っているのだろう。明らかな誤りの記事も時々見るが、まあゲームの攻略情報なんてものは昔からそういうものではあった。

 ここ数年では、それに加えて個人の配信者によるYouTube動画も良く目にするようになった。もちろん個人なので下手な人の方が全然多い(テレビのアナウンサーってスゴいんだなと思う)のだが、中にはちゃんと機材を整えてわかりやすくテロップも入れ、それなりに見られる品質になっているものもある。テキスト中心のWebサイトから動画に移行している理由は、おそらくそちらの方が確実にマネタイズできるからということと、個人レベルで配信の環境を整えやすいということがあるのではないかと思う。

 さて、これらが何を意味するかと言うと、こと「ゲーム攻略情報」に関して言えば、もう「本」という形は必要とされていないのだなということだ。発信者はWebやYouTube等の動画で情報を発信して、そこから直接的に収入を得る。ゲームプレイヤーはネットで検索して動画に行き着き、情報を得る。ここはもうその形のサイクルで完結していて、かつてのように「本」の形にする必要はなくなっている。「出版社」「印刷会社」「取次」「書店」いずれも必要なくなっているということだ。

 もちろんYoutubeを運営するGoogleなどネットプラットフォーム事業者は必要で、そこの維持に巨大なコストはかかっているから当然な相応の利用料は(直接的ではないかもしれないが)取られているのだが、発信者の立場から見てかつてのように「本」の形にするよりネット動画にした方が割がいいのだろうということは推測できる。プレイヤーにしてもほぼ無料で情報を得られるのだからそちらの方がいいはずだ。

 さて、ではゲーム以外にそういう分野はあるのかなと思って見渡せば、これが結構ありそうなことに気づく。「美容」「健康法」「ビジネス必勝法」的なもの。つまり、かつて書店の「実用書」の棚の前に詰まれていたものがそれである。こういうものは必ずしも参考文献に当たっての裏取りのような「確からしさ」は求められない。その代わりに、情報の鮮度が早いこと、内容がキャッチーで取っつきやすいことが求められる。かつては書店の経営はこういった本によっても支えられてきたのだと思うが、そこがずいぶんと痩せているようにも見える。実際Webでもそっち方面の出版社の方の嘆き節は何度も見た。

 つまり、これまで書店に並んでいた本の中には、「これまでは本にするしかなかったから本になっていたもの」が結構多く含まれていて、Webの環境が発展した結果として順当にそちらに移行したと見ることができる。これまで若年層を中心にそういう動きはずっとあって、コロナ禍をきっかけに高年齢層にも波及したのだろうとも思う。

 これは情報流通のあり方の変化なので本来的には悪いことではないのだが、そこに携わってきた出版関係者にしてみれば困った事態には違いないだろう。なるほど、「出版不況」などと言われ続けるわけだなとは思う。業界の中の人にしてみれば、実際ずっと景気は悪いのだから。

 まあ、だったら(業界の中の人は気の毒だけど)もう「本」は作らずにWebだけでいいじゃないか、という意見もあるかもしれない。ただ、世の中には当然きちんとした裏取りが求められる種類の「本」もあって、そういうものは発行部数としては決して多くはないのだけれど、各方面の専門家が買うものも多く含まれるので「儲からないから無くなってもいい」というような話にはならない。家電やPCのような工業製品とは違い、「本」のめんどくさい部分である。そういうものはすぐに情報が入れ替わるWebサイトや動画メディアには馴染みにくいし、図書館に所蔵して記録しておくというような性質上、「本」の形を保っておく必要はあるのだ。

 ただ、そういうものは普通、発行部数は少ないから儲からない。初版で刷部数1000部以下みたいな話も普通にあったりする。書店で主力の商品にはなりにくいのだ。そしてそういう儲からない「本」を曲がりなりにも流通させるための仕組みとしての書店を維持する下支えとして、「実用書」も一役買っていた構造がおそらくある。もちろんメインは雑誌であり、コミックだったことは疑えないけれども。

 そう見ると、今言われている「街の本屋」の維持というのが簡単な話ではないことがわかる。かつての売れ筋の商品がごっそり消えているのだから。少なくともかつてと同じような位置づけで「街の本屋」の維持はできないだろう。だからイベントスペースを併設するとかカフェとくっつけるとか様々な試みは行われているけれど、まだ決定的な成功例は出ていないように思う。さてこの先どうなるんだろう。

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