なぜ、親友は宗教を作ると言い出したのか

[新しいことにチャレンジしたいから、手伝って欲しい]
 親友の怜也からのLINE。
 今日は大学が休みで暇だったので、さくっと時間を決め、下北沢のカフェで待ち合わせた。

「宗教を作ろうと思うんだ」
「は?」
 席に着くなり突拍子も無いことを言い出す、10年来の親友。
「いやいやいや、全然ついていけない」
 訳がわからず、ぶんぶんと首を横に振る。
「それで何になんの?」
「人を救いたいって思ってるよ」
 大真面目な顔で言うのだから、驚きを通り越して、思考が停止する。
「だからさ。大輝には、相棒として立ち上げを手伝って欲しいんだよね」
 曰く、それはオカルトチックでもなく、極めて理に叶った教義なのだという。
 それにしたって、こんなタレ目で坊ちゃん刈りの可愛い坊やについてくる信者など、現れるだろうか――盲信的にこいつのことが好きな女子グループならたくさん知っている。
「え、俺、勧誘するとかやだよ」
 盛大に眉間にしわを寄せると、怜也はあははと笑った。
「露骨な勧誘はしないよ。僕の考えに賛同してくれる人を集めるんだ。インスタで」
「はあ? インスタでいきなり勧誘なんか来ても、誰も相手にしないだろ。無理無理」
 しかし怜也は、余裕の微笑みを返す。
「おしゃれなアカウントを作って、毎日コーデとかカフェ活とか載せてさ。それで、文章に、教義を絡めた思想を綴っていくんだ」
 おしゃれな投稿に関心のある同年代がフォローする、毎日その思想を読んでいるうちに感化されていく……ということらしい。
 俺は首をひねる。
「そういうの、自己啓発的なおっさんとかが死ぬほどやってるじゃん。胡散臭いやつ。それで、セミナーに呼んでみたいなことでしょ?」
 怜也は、頬杖をついて、にっと笑った。
「信仰活動自体は、定額制オンラインサロン的な運営で、全部ネット上でやる。思想を実践した結果の報告とかを、信者さんたちが書き込んでいく感じ」
「あ……」
 純粋に、頭良い、と思った。
「確かにな。ああいうのって、参加者同士が『自分はもっとすごいことをした』とか張り合いになって、白熱化していくし」
 怜也は、タピオカドリンクに目線を落とし、かき混ぜる。
「大輝には、写真撮影を手伝って欲しいのと、信者さんの管理だね。サロン内で揉めごとが起きないか見てもらったり。あとお金もか」
 事も無げに言うが、なかなかの作業量だ。
「儲かんの?」
 俺の率直な疑問に、怜也は淀みなく答える。
「儲かるという表現は違うけど、ふつうに楽しく暮らしていける収入には、余裕でなると思うよ。定額課金だし、経典の解説文とか生き方指南とか、テキストをちょびちょび出して売っていく感じで」
「ふーん。熱心なほど長く課金してもらえるってこと?」
「宗教って、生き方だからね。一度信じたら、辞めるとか出るとか、そういうことじゃなくなるんだよ。それが救いになる。それが宗教」
 そう言って、怜也は微笑む。
「でも宗教なんてやって、モテなくなったらやだな」
「モテると思うけど。僕の思想を信じればね。考えがシンプルになるし、行動も合理的になる。でも信者さんに手を出すのはやめてね」
 こいつは昔から、人を言いくるめる天才だった。
 過激な言葉を使ったり煽ったりすることもなく、淡々と自分の考えを述べていくだけで、なんとなく皆が納得していく。
 中学の学級会でも、言いくるめられてると気付いてたのは、俺くらいだと思う。
 本当に、教祖向きなのかも知れない。
「うーん、じゃあさ。その思想ってやつを、いまここで俺に説いて見せてよ。納得したら手伝ってやる」
 怜也は、後頭部をかりかりと掻きながら、照れ笑いする。
「これ、僕が子供の頃からずっと信じてるやつだから、目新しいことじゃないよ」
 目を伏せ、すうっと息を吸い込んだ。
「神様は、全世界のみんなに平等にくっついている、流動体のようなものなんだ。人々は、それを体のどこにくっつけるかで、行動が変わる。10本の指に分けて宿す人は、その指でキーボードを叩けばいい。文章を書いて生きていける。下半身に宿せば、ヤりまくれるだろうね。要するに、自分の才能をどこに集中させたいか。それを考えながら、このお経を唱えればいいんだよ」
 スマホを取り出し、Evernoteの中身を見せた。
「漢字だらけ。意味あんの?」
「もちろんひとつひとつに意味があるけど、まずはそういう細かい意味とかは考えずに、唱えて、実践してみればOK。やってるうちに意味が知りたくなってくるから。そしたら、オンラインで議論するも良し、僕のテキストを買うも良し」
 俺はスマホを受け取り、漢字の羅列を眺める。
「どこかにいる神様が助けてくれるわけじゃなくて、自分の能力を発揮させたい場所をきちんと考えて、ちゃんとそこに宿るように丁寧にお経を唱えて、あとはがむしゃらに行動すればいいんだ。ね、シンプルでしょ?」
 小さい頃から見てきた、怜也の華々しい活躍。
 それが本当に神様のおかげなのかは分からないけれど、そんなささやかなことを信じるだけで救われる人がいるのだとしたら、それは確かに、意味のある善行なのかも知れない。
 俺は、大きくうなずき、怜也の頭をぽんぽんと叩いた。
「ん、分かった。お前らしい考え方だし、実績を見てきてる俺だから、納得もした。いいよ、やろう」
「相棒になってくれるの?」
「うん。二人三脚でやろう」
「君の他に、相棒になるっていう人が、あと1000人いたら?」
「え?」
 こちらを覗き込む、怜也。
「インスタ始めたら、すぐ2万人くらい集められる自信がある。宗教だもん、信じれば信じるほどに、加藤大輝より熱心だと名乗り出てくる人が、たくさん出てくると思うよ。それでも君は、その度に、その人よりももっと強く、僕にのめり込んでくれる?」
 目線を合わせたまま、小首をかしげる。
 俺は、あははと笑った。
「お前のこと理解するのなんてさ、付き合い長い俺が、ぽっと出の奴に負けるわけないじゃん」
 そう断言してやると、怜也は、嬉しそうな、ほっとしたような笑顔を見せた。
「うん。分かった。じゃあ、これからよろしくね」


 俺たちは、そのまま井の頭線で渋谷へ行った。
 そして、怜也が欲しがるインスタ用の一眼レフを、30回払いで買ってしまった。
 えへへと笑う怜也。
 やられた。お経まで用意して。
 こうやってあいつはいつも、壮大過ぎるネタで、俺にタカリにくる。

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