なぜ、30代女性と男子高校生の会話が噛み合わなかったのか

 あなたは、休日をゆったりと過ごすために、青山のしゃれたカフェに入る。
 テラス席に通され、アイスコーヒーを注文すると、ふいに隣の男女が目に入った。
 30代くらいのOL風の女性と、おそらく10代の若い男の子。
 女性は地味な感じで、少年の方はイマドキな感じ……要するに、不釣り合いなふたりなのだ。
 あなたはそっと腰掛け、メニューを眺めつつ、ふたりの様子をうかがう。
「きょうはよろしくね」
「いえ、こちらこそ……なんか、ドキドキします」
 そう言って、恥ずかしそうに女性の顔を盗み見る。
 見た目と違い、ウブなのだろうか。
「リラックスしていいよ。軽いおしゃべりだから」
 女性はスマホを机の上に置いた。
「30代の女性って……君にとっては一回り以上違うけど、年上の人って、率直に言ってどう?」
「えーっと、なんか『話合わなかったらどうしよ』とか思ってましたけど、お姉さんって感じで思ったより全然話しやすいし、同級生の女子よりいいかもって……」
 女性は、うれしそうに何度もこくこくとうなずいている。
 「よく年上女性は包容力が……なんて言われるけど、それはどう?」
「あっ、そうですね。なんか安心感あって、一緒にいて落ち着くなあみたいな」
 女性は、満面の笑みで「そうなんだ」とつぶやく。
「あの……もしよかったら、下の名前で呼びたいんですけど、いいですか?」
「え? わたしのことを?」
「はい。なんかその方がいっかなって」
 少年ははにかみなが尋ねるが、女性は先ほどとは打って変わって、戸惑いの色を見せてた。
「わたしなんておばさんよ? 地味だし」
「いやいや。言ったじゃないですか。なんか安心感あって、同年代の女子よりよくて……だから、もうちょっと仲良くなりたいなって」
「ええっと、たぶんわたしは、君が思い描いてるのとは違うっていうか……」
 あなたは、不審に思う。
 何なのだろう、この女性は。
 年上女性はどうかと尋ねておきながら、突然謙遜を始めた。
 もしや、『そんなことないよ』と言いながらほめてもらうのを待つ、面倒なタイプの女性なのだろうか。
 しかし少年は、めげずに少し身を乗り出す。
「俺、地味とか思いません。すごい魅力的だなって」
「いやいや、本当のことを話して欲しいなって思ってるんだけど」
「ほんとです」
 少年の眼差しは熱く、真剣だ。
 女性は眉尻を下げ、ちょっと首をすくめて笑った。
「じゃあ、聞きたいんだけど……年上女性に求めてるものってどんなことかな?」
「やっぱ、甘えたいですね」
「どんな風に?」
「恥ずかしいんですけど、なんか、物理的に? 抱きしめて欲しいなーみたいな」
 えへへと言いながら、頬をかく。
 女性もつられて、「素直でいいね」なんて言いながら笑う。
「でも男らしいとこ見せたい感じもあるし、守ってあげたいなとも思いますよ。なんか、そんな感じだなって、最初見たときから思ったんです」
「え? 最初って……?」
「だから、さっき駅で待ち合わせたとき。なんか同級生の子とかとは違う、繊細な感じ? みたいな」
「わたしにお世辞はいいよ」
「ほんとですよっ」
 苦笑いする女性に、あなたは少しイラ立つ。
 先ほどの話だと、『本当のことを話して欲しい』とわざわざお願いしておきながら、いざほめられると、さも慎ましやかであるような雰囲気を出そうとする。
 何がしたいのだろう。彼は一生懸命答えているのに。
 少年に同情を抱いたところで、女性のスマホが鳴った。
「あ、ごめんね。職場からだ」
「全然。待ってます」
 女性が慌ただしく席を離れると、少年は、ポケットから取り出したスマホをいじりはじめた。
 すると、少年の電話も鳴る。
「はーい。ん? ああ、平気平気。え? ……ないない、ありえないよ。マジでただのおばさんだし。適当にやるから。ん、ありがとな。じゃ」
 電話を切ると、真顔になる。
 そしてあなたは、混乱した。
 あんなに必死で女性と親しくなろうとしていた少年の言動は、演技だった?
 あなたの元にウェイターがやってきて、アイスコーヒーを置いたところで、女性が戻ってきた。
「ごめんごめん」
「大丈夫ですか? 忙しいんですか?」
「うん、まあね。でも平気だよ。お気遣いありがとう」
 軽く頭を下げる女性に、少年は首をかしげる。
「あの……これ、1回だけなんですか?」
「うん、そうだね。一応、同じ子と何回も会うっていうのはまずいかなとは思ってて」
「でも俺、また会いたいです」
 女性はちょっと笑い、微笑み返す。
「じゃあ、また他の企画のときに、他の担当から話がいくようにお願いしようかな?」
 すると少年は、ぱっと目を丸くした。
「え……? 企画って?」
「ん? だから、アンケート。年下の男の子企画はけっこう定期的にやるから、もしよければ」
 絶句する少年。
 女性は温和な笑みをたたえながら、茶封筒を手渡した。
「来てくれてありがとうね」
 少年は、のりづけされていないそれを開くと、中身をそっと取り出した。
 クオカード。
 ぎこちなく頭を下げる少年を見て、あなたは、アイスコーヒーを噴き出しかけた。


 それから2ヶ月ほど経った、ある朝。
 あなたが満員電車に揺られていると、中吊り広告が目に入った。
 女性向け雑誌だ。
 暇を潰すべく表題を読んでいると、小さな文字でこう書かれているのを見つけた。
『男子高校生くん100人に聞いた、年上お姉さんのアリ・ナシ』
 あなたは、カフェで見たふたりのちぐはぐなやりとりを思い出し、クスッと笑う。
 要するに、あの女性は雑誌のライターで、『男子高校生の本音を聞きたい』ということで、お茶をしてくれる相手をSNSか何かで募ったのだろう。
 きちんと謝礼もつけると書いて。
 それを見た少年は、『おしゃべりするだけのママ活』だと勘違いした。
 本音を聞きたい女性と、お世辞しか言わない少年。
 話が食い違うのは当たり前だ。
 少年がまた会いたいと食い下がったのは割のいいバイトだと考えたからで、女性が同じ子と何回も会うのはまずいと断ったのは、職務なので、個人的に親しくなってはいけなかったのだろう。
 女性が机の上に置いていたスマホは、そんな不思議なやりとりを、全て録音していたに違いない。
 さて、どんなお世辞のオンパレードなのか……。
 あなたは、帰りに本屋に寄ることに決める。

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