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ユネスコによるディスインフォデミックへの取り組み

この記事は2021年10月6日プラン・インターナショナルによるオンラインイベント「ユースに対する『オンラインでの有害な情報』を考える」で報告した内容です。

はじめに

本日はプラン・インターナショナルの貴重な企画にお招きいただきありがとうございます。お話のテーマは「国内外のミスインフォメーション・ディスインフォメーションの実態」ですが、私はこれまでユネスコの「メディア情報リテラシーと異文化間対話」プログラムの普及推進に関わってきましたので、本日はユネスコの立場からお話をしたいと思っています。

TikTokで拡散する偽情報

まず最初に見ていただきたいのはこの「ニュースガード」の記事です。この記事には有害なTikTok人気ソーシャルメディア動画アプリが登録後数分で子どもたちにアクチンの誤った情報を流すと書かれています。

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この記事には実際に流通した誤った情報が紹介されています。記事にはこのように書かれています。 「ニュースガード」による調査の参加者が撮影した画面記録を分析した結果、TikTokでの最初の35分間に1人を除く全員がCOVID-19に関連する誤った情報を見せられ、3分の2がCOVID-19ワクチンに関する誤った情報を見せられたことが判明したと記事には書かれています。下の図の左側の投稿には、彼はワクチンを打って3日後に死ぬんだとイタリア語で書かれています。右側の投稿にはラッパーのビギー・スモールが、1994年にCOVID-19パンデミックで未来を予言していたと誤認される動画と書かれています。このようなワクチンに関する誤った情報は、背景に陰謀論があると言われています。

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下の図の左側の投稿には、「あなたたちは、政府がワクチンを接種するときに人々の腕にチップを入れるって聞いたことがある?」と書かれています。これは政府によってワクチンにチップが仕込まれているという典型的な陰謀論です。右側の投稿には、ドイツ語で「注意。動画は未検証のコンテンツ」という警告がついています。ドイツではCOVID-19関連の情報にこのような警告がつくことがわかります。そして、記事には次のように書かれています。

「今のところ、どのコンテンツが真実で、どのコンテンツが真実でないかを見分けるのは、TikTokの個々のユーザーに任されており、虚偽のコンテンツに関わると、より多くの虚偽のコンテンツが生まれることが多い。ある13歳のイタリア人参加者は、「しばらくすると、TikTokはワクチンに関するビデオばかりを提案するようになり、その中にはワクチンに反対するビデオも多く含まれるようになった」と述べている。」

TikTokのアリゴリズムにより、ワクチンのビデオを見ていると、似たようなビデオばかりが表示されるようになり、そして偽情報や陰謀論がその中に含まれることになります。これらはTikTokの利用者に大きな影響をもたらします。

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下の図はTikTokがファクトチェックのキャンペーンを行っているというニュースです。おなじようなことは他のプラットフォームも多かれ少なかれ行っていますが、メディアリテラシー研究者はこうした動向にとても懐疑的です。もちろんメディアリテラシーは重要ですが、それで偽情報や陰謀論に関するプラットフォームの責任が帳消しになるわけではありません。プラットフォームはこの問題にもっと真剣に取り組む社会的義務があります。

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ユネスコの取り組み

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ユネスコはこうした問題をどのように考え、取り組んでいるのでしょうか。ユネスコは2020年に2冊の「ディスインフォデミックとのたたかい:COVID-19の時代に真実を求めて」と題されたポリシー・レビューを公開しています。1冊目は「偽情報の解読」、2冊目は「偽情報への対応の調査」がテーマです。

まず、ユネスコの基本的な考え方をご説明します。ユネスコは「ミスインフォメーション」は使わずに、「ディスインフォメーション」、すなわち偽情報という用語だけを使っています。その理由は動機や意図ではなく、有害な影響に焦点を当てているからです。ではなぜ「ディスインフォデミック」というインフォデミックにディスをつけた特別な用語を使っているのでしょうか。とりわけCOVID-19の偽情報は地球上のすべての人、そして社会全体にすぐに影響を与える医学に関する混乱を引き起こします。これは、他のテーマに関する偽情報よりも毒性が強く、致命的だからだとユネスコは説明しています。そして次のように解説しています。

「偽情報は、しばしば真の情報の中に虚偽を隠す。そして馴染みのある形式の服を着て隠れている。虚偽の、あるいは誤解を招くようなミーム、これは物まね情報のことですが、ミームや偽の情報源から、犯罪的なフィッシングへの道につながるリンクをクリックさせ、人々を罠にかけるまでよく知られた方法を用いている。その結果、COVID-19に関連した偽情報は、病気の起源、広がり、発生率、症状、治療法、政府やその他の関係者の対応など、あらゆるコンテンツに影響を与えることになる。」(UNESCO, DISINFODEMIC  Deciphering responses to COVID-19 disinformation Policy brief 1, p.5.)

ディスインォデミックの4つのフォーマット

そしてディスインフォデミックの4つの重要なフォーマットがあると述べています。

一つ目は感情的な物語の構成要素とミームです。強烈な感情表現、嘘や不完全な情報、個人的な意見などが真実の要素と混ざり合っていることが多い誤った主張やテキストによる物語を指しています。このようなフォーマットは、LINEのようなクローズドなメッセージアプリでは発見しにくいのです。

二つ目は捏造されたウェブサイトや権威ある人物像です。これは、偽の情報源、情報汚染されたデータセット、政府や企業の偽サイト、ニュース記事のジャンルで一見もっともらしい情報を掲載しているサイトなどを指しています。

三つ目は、不正に改変、捏造、文脈を無視した画像や動画です。混乱や不信感を与えたり、バイラル、すなわち口コミによるミームや虚偽のストーリーによって強い感情を呼び起こしたりするために使用されます。

四つ目は、偽情報の侵入者と組織化されたキャンペーンです。これらの目的は、オンラインコミュニティに不和をもたらすこと、ナショナリズムを推進すること、個人の健康データを不正に収集すること、フィッシングを行うこと、スパムや偽の治療法を宣伝することで金銭的利益を得ることなどです。

これらのフォーマットには、組織的な偽情報キャンペーンの一環として、ボットやトロールによる人工的な増幅や敵対行為が含まれることもあります。こうしてみると、ディスインフォデミックは、単に情報の真偽だけが問題になっているのではなく、プロパガンダの要素が含まれていることがわかります。つまり、偽情報とプロパガンダは切り離せないのです。

実際に流通した偽情報・陰謀論

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上の図は実際に私自身が見聞きした事例です。左は友人からLINEで送られてきたメッセージですが、友だちから来たメッセージの転送です。医療機関に勤めている方からコロナウイルスの対策情報いただきましたと書かれています。そしてコロナウイルスは26〜27度で死滅するのでお湯をたくさん飲むといいという内容です。もちろんこれはデマですが、口コミによるメッセージアプリで拡散しました。口コミ拡散は見えにくく実態がわかりにくいのが特徴です。

右側は動画による陰謀論の事例です。WHOは世界人口の90%が余剰人口だと決めており、WHOは1974年から人々を永久的に不妊にするようなワクチンの開発に取り組んできましたと書かれています。あたかもWHOが世界の人口を減らすために不妊のためのワクチンを開発したかのような主張ですが、もちろんこれもデマです。これはYouTubeに投稿されたものですが、現在では削除されています。ちなみに、今年の情報白書によると、総務省が2020年に実施した調査ではCOVID-19パンデミックに関わる偽情報に対して、「正しい情報ではないと思った・情報を信じなかった」と答えた人の割合は、一部の情報を除き、3割~6割程度だったとされています。間違った情報や誤解を招く情報について、情報を信じてしまった人や正しい情報か分からなかった人がたくさんいたということです。

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上の図の左側は世界連邦協会という組織が生物兵器としてワクチンを開発しており、ロスチャイルドやロックフェラーが資金を提供しているという陰謀論です。こうした情報にはあたかもそれか真実であるかのようなストーリーが作られ、実在の人物の写真が使われています。

右側はコロナワクチン、病原はスパイクプロテイン、血液中に入ると判明、ドクター・バイラム・ブライドルと書かれています。そしてこれが毒素だというものです。これも実在の研究者が語った間違った情報ですが、YouTube以外の動画サイトを通して拡散しました。調べてみると、この人はラジオ番組でこのような話をし、アメリカの極右ラジオ局がそれをネットに掲載したことがわかりました。このように陰謀論は間違った権威を巧みに使い、あたかもそれが隠された真実であるかのように拡散されていることがわかります。

4種類の対応策

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ユネスコはこのような偽情報に対して、4種10項目の対応が必要だと指摘しています。

一つ目は「偽情報の識別」による対応です。それにはモニタリングとファクトチェック対応と調査による対応があります。

二つ目は「生産者と流通業者」の対応です。それには、立法、立法前、および政策的対応と国内外での偽情報対策キャンペーンがあります。

三つ目は「生産と流通」での対応です。情報を収集して、それらを整理して発信するキュレーターの対応と 技術的・アルゴリズム的な対応、そして経済的な対応があります。

四つ目は偽情報の「ターゲットとなる視聴者の支援」です。それには倫理的、規範的な対応、教育的対応、そしてエンパワーメントと信頼性ラベリングの取り組みがあります。私たちが差し当たって取り組まなければならないのは4つ目の視聴者の支援でしょう。

ターゲットとなる視聴者の支援

偽情報のターゲット視聴者支援を目的とした対応には3つの項目がありましたが、もう少し詳しくみてみましょう。

一つ目の「倫理的・規範的な対応」ですが、これは 偽情報の行為を公的に非難することや、これらの行為を阻止することを目的とした勧告や決議などがあげられます。

二つ目の「教育対応」は、批判的思考やデジタル真偽検証スキルを含む市民のメディア情報リテラシー教育の促進です。

そして三つ目の「エンパワーメントと信頼性ラベリングの取り組み」ですが、市民やジャーナリストがCOVID-19の偽情報に踊らされないよう、コンテンツ検証ツールやウェブコンテンツ指標を用いたラベリングの取り組みが挙げられています。

重要な4つの視点

これらの取り組みについて、ユネスコは大変重要なことを4点あげています。まず、コンテンツへの信頼性ラベリングと批判的なメディア情報リテラシー育成は両立するということです。どちらか一つということではありません。

二つ目はジャーナリストが倫理規定を守る能力と意思を持ち、偽情報の問題に直面しているCOVID-19の報道を改善することに関心を持つことです。ジャーナリストの役割はとても重要です。

三つ目は、ディスインフォデミックに対する教育対応を短期的なものにせず、人権に関する国際基準の観点から長期的な規範的、制度的な影響を促進することです。パンデミックが終息してもこの取り組みは継続する必要があるのです。

四つ目は、市民がコンテンツに対して冷笑、すなわちシニシズムではなく懐疑的に接することを学び、偽情報やそれへの対応について十分な情報を得た上で判断する力を身につけることです。教育にとってはこのことが中心的な課題となるでしょう。

ジェンダーの視点

ユネスコはジェンダーについても重要な指摘をしています。内容をそのまま紹介します。

「COVID-19の偽情報への対応には、ジェンダーを無視したものが多く、偽のコンテンツがどのように人々をターゲットにするかという微妙な違いや、コンテンツに対する人々の反応の違いを見逃してしまう危険性がある。また、偽情報発信者の行動パターンとして確立されているものには、オンラインでのジェンダーを意識した攻撃(脅威の形態は虐待からデジタルセキュリティやプライバシーの侵害まで多岐にわたる)があることにも留意する必要がある。また、女性や少女による情報へのアクセスは、特定の状況下では制限されていることが多く、家庭内暴力の存在によって脅かされているという問題もある。さらに、COVID-19の危機を伝える権威的な顔や声の大部分が男性であるという問題もある。」(UNESCO, DISINFODEMIC  Dissecting responses to COVID-19 disinformation Policy brief 2, p.11.)

偽情報への対応としてジェンダーを意識していないと女性や性的マイノリティへの脅威を見逃しかねないという問題が指摘されています。さらに女性や少女の情報へのアクセス権を保障することも大きな問題です。COVID-19の危機を伝える情報発信者が男性ばかりという問題も解決しなければなりません。

市民活動でできること

ユネスコはいろいろな立場からできることをまとめていますが、ここでは市民活動によってできることを紹介します。

一つ目は、国際的な人権基準に適合するよう、偽情報への対応基準を強化することです。偽情報問題はグローバルな人権問題であり、その認識をしっかり持っておく必要があります。国内問題に矮小化してはいけないのです。

二つ目はジャーナリストや報道機関と協力して、COVID-19の偽情報とそれへの対応に関する調査・監視プロジェクトを行うことです。日本でもすでに「こびナビ」のようなプロジェクトが存在しており、COVID-19やワクチンに関する正確な情報の発信を行っています。

三つ目は、メディア情報リテラシープロジェクトや、独立したジャーナリズムを支援するプログラムの展開を強化することです。これはまさにユネスコが世界中で推進していることです。ただし、日本では、こうした教育の取り組みは十分ではありません。総務省がようやくこの問題に対して動き始めましたが、文科省については情報モラル教育の一部として偽情報問題を挙げているだけで、リスク喚起に止まっています。欧米ではリスク喚起にとどまらず、より積極的にデジタルデバイスを用いて市民社会に参加するためのデジタル・シティズンシップ教育とその一部としてのメディア情報リテラシー教育が進められています。日本でもそのような方向に向けて教育政策の舵を切ることが求められています。

四つ目は、政府間組織が偽情報とその影響に適切に対応していることを確認するため、相互に協力することです。そして最後に、メディア情報リテラシーのキャンペーンの恩恵を十分に受けられず、偽情報工作者に利用されやすい高齢者や子どもを対象としたプログラムを検討することです。このような活動はとりわけNPOなどの市民組織が担っていく必要があると思われます。

まとめ

ここでこれまでのお話をまとめたいと思います。偽情報は信頼できる情報がないときや人々がそれらを見分ける能力がないときに増殖します。そして人々の不安やアイデンティティを利用します。だから何もしないと偽情報はどんどん拡散してしまうのです。それらに対応するためには多面的アプローチが必要です。

それは、社会的連帯などの実践的ステップや、弱い立場にある人々への効果的な医療的・物質的支援を含むアプローチでなければなりません。情報だけの問題ではなく、リアルな世界の対応を同時にしなければ、十分に効果は出ないのです。そのためには、さまざまな次元での協調的な対応が必要であり、さまざまなアクターが地球規模の利益を共有するために協力する必要があります。

他方で、表現の自由、情報へのアクセス、独立したジャーナリズムは、オープンで低価格なインターネットアクセスに支えられており、それらは基本的な人権であるだけでなく、ディスインフォデミックに対抗する武器として不可欠な要素となります。その点でもジャーナリストとの協働は不可欠だと言えます。

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私たちはユネスコのメディア情報リテラシープログラムの推進のために、世界報道の自由デーにはジャーナリストとの協働、秋にはグローバルMILウィークに合わせた活動を毎年実施しており、昨年からは日韓メディア情報リテラシーフォーラムを開催しています。

今年も「インクルーシブなメディア教育とデジタル・シティズンシップ」をテーマに10月16日にオンラインで開催する予定です。メディア情報リテラシーはデジタル・シティズンシップの一部です。なお、参加費は無料です。ここに参加登録用のQRコードがあります。関心のある方はぜひご参加ください。

第2回韓日MILフォーラム参加申込 https://forms.gle/DWqfwkRVxQJsKSdi8

偽情報や陰謀論をめぐる問題はグローバルな課題であり、さまざまな国際組織と連携、協働していく必要があります。そして日本ではこうした取り組みを交流し、共有し、さらなる協働を構築する場を作ることが求められていると思います。今回の機会もまた、そのような国際組織の協働の取り組みの一つだといってよいでしょう。今後もこうした取り組みが発展することを期待しております。本日はご静聴ありがとうございました。

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