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PISA2018読解力急落結果から見えてくるもの

昨年暮れに発表されたPISA2018結果で、日本の子どもたちの読解力が急落したことが話題になりました。国立教育政策研究所は「日本の生徒にとって、あまり馴染みのない多様な形式のデジタルテキスト(Webサイト、投稿文、電子メールなど)や文化的背景、概念・語彙などが使用された問題の数が増加した」(OECD 生徒の学習到達度調査2018年調査(PISA2018)のポイント)と指摘しています。また文科省は「読解力に関してコンピューターで解答するテスト形式に不慣れ」であることを原因としているとの新聞報道もありました。東北大の堀田龍也氏も「学校のICT環境整備を後回しにしてきたことのツケが回ってきた結果」だと指摘しています。しかし、こうした理解の仕方には大きな問題があります。PISA2018の読解力急落で問われているのは読解力の中身であって、ICT環境整備の問題ではありません。コンピュータを整備すれば読解力が身につくと考えるのは間違いです。 

OECDはPISA2018分析報告書「PISA2018評価と解説(2019)」を公開していますが、その冒頭に書かれた文章には、デジタル世界で求められる読解力がどのようなものか、描かれています。世界中で問題となっている「フェイクニュース」は、子どものみならずオンライン情報評価能力が市民にとって不可欠であることを示しています。すでに「OECDとデジタル・シティズンシップ」で書いたようにOECDはデジタル時代の教育のあり方を解説した報告書を公表していますが、デジタル・シティズンシップやメディア・リテラシー教育の導入はOECDも必要不可欠なものと考えています。日本の文科省や情報教育専門家にはこうした観点が欠けています。旧態然とした情報教育や情報モラル教育では、もはやグローバル化したデジタル社会には対応できないことを一刻も早く理解すべきです。以下、OECDの分析報告書の一部を翻訳して掲載します。

デジタル世界に向けた準備

デジタル・テクノロジーが学校で果たすべき役割について、人それぞれの見解がありますが、デジタルツールが学校以外の世界を根本的に変えてしまったことは無視できません。あらゆる場所で、デジタル・テクノロジーは企業に新しいビジネスモデルと、市場への参入、生産過程の変革の機会をもたらしています。デジタル・テクノロジーは、私たちに長寿と健康をもたらし、退屈な作業や危険な作業を手助けしたり、仮想世界への旅を可能にします。デジタル世界を航行できない人は、もはや私たちの社会的、経済的、文化的な生活への完全な参加は不可能です。

PISAは、新しいテクノロジーへのアクセスが驚くべき速さで増加していることが示しています。2009年のPISA評価では、OECD加盟国の学生の約15%が平均して、自宅でインターネットにアクセスできないと報告していました。2018年には、その割合は5%未満にまで縮小しています。オンライン・サービスへのアクセスの伸びは、このパーセンテージで示唆されているよりもさらに急激になる可能性が高く、過去10年間のインターネット・サービスの質の向上やモバイル・インターネット・アクセスの爆発的な増加が陰に隠れています。

さらに、PISA2018の一環として、生徒にこれらのテクノロジーに対する親近感についての任意アンケートを実施しました。そのすべての国で、OECD加盟国の15歳の生徒が学校外でネットに費やす時間は、2012年から2018年の間に増加しています。平日と週末双方で1日あたり平均1時間以上の増加です。現在、生徒は平日平均で約3時間、週末にはほぼ3.5時間を学校外でネットに費やしています。若者にとって、デジタル世界は現実世界の大きな部分を占めるようになったのです。

新しいテクノロジーへのアクセスの向上は、これまでにない機会を提供する一方、読書の習熟の意味を問い、そのハードルを上げることになります。高性能のスマートフォンを持っていても、教育が行き届いていない生徒は、本当の危険性に直面することになるでしょう。スマートフォンは、人々が情報を読み、交換する方法を変えてしまったのです。デジタル化は、テキストメッセージ、コメント付きの検索エンジンの結果などの簡潔なものから、タブ付きで何ページもあるウェブサイトや複雑なアーカイブ資料といった長くて扱いにくいものまで、新しい形のテキストの出現をもたらしました。過去には、生徒は慎重に編纂された政府公認の教科書で、疑問へのはっきりとした答えを見つけることができました。そして、それらの答えが真実であると信頼することができました。今日では、何十万もの質問に対する答えをオンラインで見つけることができ、何が真実で何が偽りで、何が正しくて何が間違っているのかを見極めるのは生徒次第なのです。オフラインでは、読者は読もうとしているテキストの著者が有能で、十分な情報を持ち、信頼できる人物だと想像できますが、オンラインのブログやフォーラム、ニュースサイトを読むときには、テキストの内容、フォーマット、ソースに関連する暗黙的または明示的な合図に基づいて、情報の質と信頼性を常に評価しなければなりません。

これは必ずしも新しい現象ではありませんが、現在のデジタル・エコシステムにおける情報の流れの速さ、量、到達範囲は、フェイクニュースが跋扈し、世論や政治的な選択に影響を与えるための条件を完全なまでに作り出しています。この「ポスト真実」の環境では、情報に関しては質よりも量が重視されているように見えます。「正しいと感じる」にもかかわらず、実際には何の根拠もない主張が、真実として受け入れられるようになるのです。人々を趣味の合うグループに分類するアルゴリズムは、ソーシャルメディアのエコーチェンバーを作り、意見を増幅させ、個人が自分の信念を変える可能性のある反対意見を知らされず、隔離されたままにします。注意力は不足していますが、情報は膨大なのです。

テクノロジーによって生徒が検索してアクセスできる知識が増えれば増えるほど、コンテンツの意味を理解する深い理解力が重要になります。理解力には、知識や情報、概念やアイデア、実践的なスキル、直感などが含まれます。しかし、基本的には、学習者の状況に適した方法で、これらすべてを統合し、適用することが必要です。読書は、もはや情報を抽出することが主な目的ではなく、知識を構築し、批判的に考え、根拠のある判断を下すことが目的なのです。これとは対照的に、今回のPISAの調査結果によると、情報の内容や出所に関する暗黙の合図に基づいて、事実と意見を区別することができた生徒は、OECD加盟国では10人に1人以下でした。この現実と比較してみてください。教育は歴史を通じてテクノロジーとの競争に勝利してきましたが、今後もそうなる保証はないのです。

PISA評価は、これらの要求をより的確に捉えるべく進化してきました。2018年の評価では、読解に求められる能力として、複雑な情報を理解して伝えることができるだけでなく、よくわからない話題に関する文章を読むとき、事実と意見を区別する能力も含まれていました。PISA2018の読解力評価に含まれるテキストの性質や問題の種類は、ますますデジタル化が進む社会における読解力の進化を反映していました。具体的には、2018年の読解力評価では、複数のソースにまたがる情報を見つけ、比較し、対照し、統合する能力がより重視されました。複数の情報源から得られた情報を評価するために、複数の小さな単位で構成され、それぞれが異なる著者や作家、または異なる時期に作成されたテキストをベースにした新しい評価課題が設計されました。このようなテキストの例としては、複数の投稿があるオンライン・フォーラムや、新聞記事にリンクするブログなどがあります。コンピュータ配信により、ハイパーリンクやタブなどのさまざまなデジタル・ナビゲーションツールを使用し、現実的なシナリオでそのようなタスクを提示することが可能となり、生徒が評価を進めるにつれて利用可能なテキスト・ソースの量が増えていきます。(詳細については、http://www.oecd.org/pisa/test/ にアクセスしてください。)

PISA2018の評価結果は、教育改善がこのような需要の高まりに追いついていないことを示唆しています。最高レベルの得点を獲得した15歳の生徒の割合は、OECD諸国全体でわずかに上昇しただけで、2009年では7%だったのに対して2018年では9%です。PISAの読解テストでレベル5または6に達したこれらの生徒は、長文を理解し、抽象的または直観的ではない概念を扱い、情報の内容や出所に関連する暗黙のサインに基づいて、事実と意見を区別することができました。高成績者の割合がもっとも高いシンガポールでも、このレベルに到達できたのは15歳の生徒の4人に1人にすぎません。参加した中国の4つの省・市、カナダ、フィンランド、香港(中国)では、少なくとも7人に1人の生徒がこのレベルに達することができました。

また、PISAの結果によると、必要な知識と技能を超えて、生徒は娯楽のために読書量を減らし、(読まなければならないからではなく)小説や雑誌、新聞などを読みたいとは思わなくなっているように見えます。そのかわり、実際的な必要性を満たすために読むのです。そしてチャットやオンライン・ニュース、実用情報が掲載されたウェブサイトなどのオンライン形式でより多くのものを読んでいます。2018年には、読書を「時間の無駄」と考える学生が増え(+5ポイント、OECD加盟国全体の平均)、娯楽のために読書をする学生が2009年に比べて少なくなっています(-5ポイント))

しかし、学校や家庭が生徒の読書に対する影響力を低下させている状況下で、学校はデジタル世界の要求を満たすための読解力を促進させる努力を高めることが不可欠です。すべての生徒は複雑な文章を読み、信頼できる情報源と信頼できない情報源、事実と虚構を区別し、現代社会に受け入れられている知識や習慣に疑問を投げかけ、改革を求める能力を身につける必要があるのです。

さらに、AIによって形作られる世界では、教育はもはや単に何かを教えるだけではなく、信頼できる羅針盤と、ますます不安定で不確実で曖昧な世界の中で自分の道を見つけるためのナビゲーション・ツールの構築を支援しなければなりません。明日の学校は、生徒が自分で考え、共感を持って、仕事や市民活動に参加できるようにする必要があります。また、生徒が強い正義感やこれは間違っているという感覚を身につけ、他者が自分に課している主張に対して敏感になり、個人的・集団的行動の限界を把握できるようにすることも必要です。職場や家庭、地域社会では、科学者や芸術家であっても異なる文化や伝統の中で他者がどのように生きているのか深く理解する必要があります。2018年のグローバル・コンピテンシー評価(PISA2018)では、こうした能力の一部が調査されました。その評価の結果は2020年に発表される予定です。

OECD "PISA2018 Insights and Interpretations"2019, p.13 


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