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OECDのデジタル・シティズンシップ

はじめに

先日、FacebookのページにOECDのパンフレット「デジタルシティズンとしての21世紀の子どもたち」を翻訳して掲載したところ、またたくまにリーチ数とエンゲージメント数が上昇し、その反応のすばやさに驚きました。それだけ、この言葉への関心が高まっているのでしょう。

その要因の一つとして、コロナ禍におけるオンライン授業への期待がありそうです。先日、教育情報化振興会(JAPET&CEC) 教育ICT課題対策部会主催「Withコロナ×GIGAスクール構想における公教育の転機と課題」オンラインディスカッションというイベントがありました。

このディスカッションの中で埼玉県鴻巣市教育委員会の新井亮裕さんが次のように指摘しています。

「(子どもに一人一台の端末を持ち帰らせれば)学習外の利用は個人的には必然かなと思っています。とはいっても手放しで子どもに端末を渡すのではなく、デジタル・シティズンシップとか、きちんとした教育のもとに使わせるのが大前提かなと思っています。行動規範というのは、子どもたちが自分で判断できるようにさせてあげるというのが学校の役割なのかなと個人的には考えています。」(YouTube

コロナ禍のもと、休校中にオンライン指導を実施した公立の学校はたった5%にすぎないという話はよく知られた事実です。一人一台の端末をめざしたGIGAスクール政策も、学校に据え置くのではなく、一人一台を持ち帰って学習の道具として使うことができなければ、コロナ禍時代には対応できません。このディスカッションでは学習だけではなく、学校とのつながりが途切れてしまったことにより、子どもたちの不安が高まった状況も紹介されています。こうした要因がデジタル・シティズンシップ教育への期待につながっています。

私はすでに欧米でのデジタル・シティズンシップ教育政策について解説しましたが、今回はOECDのデジタル・シティズンシップ教育政策について解説したいと思います。日本の教育政策はOECDからの影響を強く受けており、OECDがデジタル・シティズンシップ教育政策の推進しているならば、日本の多くの教育関係者が注目するのも当然のことだと言えるでしょう。

OECD『21世紀の子どもの教育』とデジタル・シティズンシップ

OECDは2019年に報告集『21世紀の子どもの教育:デジタル時代の情緒的ウェルビーイング』を公開しています。この報告書は誰もがスマートフォンを所有するようなデジタル時代の子どもたちにどんな教育が求められるのか、OECD加盟国の現状調査を基礎としてまとめた提言となっています。その中でもデジタル・シティズンシップやデジタル・リテラシー、レジリエンスの重要性が強調されています。

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 OECDは独自にデジタル・シティズンシップ概念を定義したわけではなく、これまで一般的に欧米で使われてきた定義を集約して使用しています。

世界中の国の教育制度では、デジタル・シチズンシップがますます重視されつつある。学問研究や政策の世界では、さまざまな定義がもたらされたが、広い意味でのデジタル・シチズンシップとは、デジタル・テクノロジーの利用に関する行動規範として概念化できる。それには、教育的能力と技術的能力の両方が必要であり、技術へのアクセスも必要である。さらに、デジタル市民は、オンラインとオフラインのコミュニティに積極的かつ責任を持って関与するための能力を持つ。デジタル・リテラシーの定義に他者への敬意と寛容な行動とともに、オンラインでの市民参加を含めるべきだと主張する研究者もいる。(p.224)

報告書は大変長いため、よりわかりやすくデジタル・シティズンシップを解説したパンフレット「デジタル市民としての21世紀の子どもたち」が用意されています。デジタル・シティズンシップに対するOECDの考え方を理解するためには、パンフレットを一読すると良いでしょう。

OECDパンフ

デジタル技術へのアクセスとスキルの育成

OECDはデジタル市民としての21世紀の子どもたちの教育に必要な3つの歯車を提示します。それが以下の3点です。

・デジタル技術へのアクセスを可能にする
・デジタルおよび社会性・情緒的スキルを構築する
・デジタル・シティズンシップを育成する

デジタル技術へのアクセスは決して平等ではありません。コロナ禍における日本の学校の現状が示したように、家庭からのアクセスができなかったり、学習に使用できる端末を持たない家庭も少なくありません。また、すべての教師や保護者が最新の技術知識を持っているわけでもありません。

OECDは機器を共有するのではなく、個々人がコンピュータを所有する形態が一般的だと指摘し、一般的な方法としては以下の二つを挙げています。日本では一般的な学校内だけで端末を使用する形態は推薦されていないことに留意する必要があります。

(1)子どもたちが学校もしくは家に持ち帰って使用できるデバイスの提供
(2)BYOD - 自己所有デバイスの持ち込み

そして、「どのようなアプローチを採用するにしても、社会的不平等や格差を緩和することは、あらゆる政策の最優先事項でなければなりません。機器への平等なアクセスを確保し、排除するような慣行は避けるべき」と指摘されています。社会的不平等や格差のために、機器へのアクセスそのものを排除してしまうようなやり方は本末転倒だと言えます。

次にOECDは、子どもたちのデジタル・スキルの発達の保障の重要性を指摘します。平等なアクセスが実現できてもすべての子どもたちが効果的に端末を操作できるわけではありません。パンフレットにはデジタル・スキルの学習を教育制度に組み込むための政策や実践事例がいくつか挙げられています。

(1)カリキュラムの拡充と更新 ICTスキル・アクションプラン(アイルランド)
学生へのキャリア機会の促進、カリキュラム改革、教師のためのICT関連の専門能力開発の機会を提供するための規定
(2)学習フレームワークと学校に根ざした戦略 学校制度のデジタル化のための国家戦略 2017-2022(スウェーデン)
デジタル能力は、デジタルツールへのアクセスと使用の公平性、学校におけるデジタル化の効果に関する調査と評価と並ぶ国家戦略の3つの柱の1つ。
(3)教員研修 FATIH(トルコ)
このプログラムにおける教師の専門的な開発には、技術の使用、フィールドベースのトレーニング、コンテンツ開発が含まれています。
(3)課外活動の機会 digIT(オーストラリア)
STEM分野で活躍していないグループの9~10年生を対象としたICTサマースクールでは、5ヶ月間のメンタリングとフォローアップ・レジデンシャル・スクールを追加で提供しています。
(4)デジタルリソース InCoDe.2030(ポルトガル)
デジタルシティズンシップなどをテーマとしたデジタル教育資源の開発。

社会的・情緒的スキルの発達

デジタル・スキルに不可欠な要素として、コラボレーションや感情のコントロール、経験への開放性などの社会的・情緒的スキルが必要だとされています。ソーシャルスキルと情緒的スキルは、以下の点で重要な役割を果たします。

(1)感情的なウェルビーイングの課題に対処し、予防する
(2)積極的な子どもの発達を育む
(3)社会的な交流を高め、友達を作る
(4)現実世界とデジタル環境におけるレジリエンスの構築

デジタル・スキルの発達は、社会的・情緒的スキルの発達によって補完されます。これらのスキルはデジタル・シティズンシップの基礎となります。

OECDは、子どものウェルビーイングと社会的発達を促進する上で重要なのは、社会性と情緒的スキルを強化することであり、デジタル環境と現実世界の環境におけるすべての子どもたちの包容力を育むことができると指摘しています。

デジタル・シティズンシップの強化

積極的で倫理的なデジタル世代の育成のために、子どもたちが積極的かつ責任を持って社会に参加できるよう準備させる必要があると指摘されています。そして、デジタル・シティズンシップは、デジタル技術の利用に関する行動規範として理解することができると述べられています。

デジタル・シティズンシップには、以下のものが含まれます。

(1)デジタル技術に十全かつ積極的に関わること(アクセスとスキル)
(2)積極的かつ責任ある参加(エンパワーメントとエチケット)
(3)フォーマル、ノンフォーマル、インフォーマルの文脈での生涯学習(リスクマネジメントとレジリエンスを含む)。

子どもたちはスマートフォンなどの端末を利用するときには常にリスクが伴います。だからこそ、子どもたちには、倫理的かつ責任ある方法でデジタル環境を航行するために必要なツールや情報を身につけさせる必要があります。いじめやセキュリティ、プライバシーへのリスクを特定、予測し、効果的な対処方法を知ることがこれらに含まれます。

OECD加盟国が実施している政策として以下のものが挙げられています。

(1)デジタル・リテラシーとメディア・リテラシーをカリキュラムに組み込む
(2)デジタル・リテラシーとデジタル・シティズンシップおよび生徒におけるそれらの発達の仕方についての教員研修
(3)教師、保護者、地域社会を対象とした情報共有、研修およびキャンペーン
(4)情報ツールの普及や開発、研修、知識

ネチケットと他者への敬意

ネチケット(ネットのエチケット)とは、デジタル環境で許容される行動に関わるものです。ネチケットの育成は重要な政策目標であり、デジタル・リテラシーとデジタル・シティズンシップの重要な要素だとされています。

また、子どもたちは、ソーシャル・メディアからオンラインゲームまで、ざまざまなオンライン・コミュニティに参加しています。実名によるアカウント作成が必要なサイトもあれば、ユーザー名やアバターによる匿名のサイトもあります。

匿名性やボディランゲージがないことや、デジタルと現実の自分の区別のしにくさ、オンラインでできることの曖昧さといった問題が、子どもたちに影響を与えるかもしれません。

こうしたオンライン・コミュニティには良い部分と悪い部分があります。

子ども同士でより親密な関係を築くことができ、友だち同士の親密さを刺激することができます。また、LGBTQ+の若者など、疎外されたグループの中で自分のアイデンティティやサポートを見つける機会を提供できるかもしれません。

他方で、オンラインでの口調やボディランゲージの欠如は、他の人の考えていることを理解しにくくし、不正行為をやりやすくしてしまいます。また、セキュリティやプライバシーの問題も生じます。オンラインにおける他者への敬意はデジタル・シティズンシップの基本となるものです。

まとめ

OECDの提言は加盟諸国の政策や実践調査を土台にしています。とりわけ特徴的なのは、デジタル・スキルとともに社会的・情緒的スキルの発達の重要性が指摘されている点です。

一人一台の端末による学習環境は新型コロナウイルス感染症パンデミック時代に不可欠なものです。しかし、アクセスの平等の実現とともに、デジタル・スキルおよび会的・情緒的スキルの発達とデジタル・シティズンシップ教育の導入と展開もまた必要とされており、OECD加盟各国が目指しているものなのです。日本もOECD加盟国の一つですが、デジタル・シティズンシップについては後進国だと言えます。一刻も早い導入が求められています。


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