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今こそ、デジタル・シティズンシップを

この記事は2021年1月24日グロコム主催『デジタル・シティズンシップ:コンピュータ1人1台時代の善き使い手をめざす学び』出版記念「デジタル・シティズンシップ 新年早々ものモウす オンライン・シンポジウム」でお話しした内容です。

私は第1章「デジタル・シティズンシップとは何か」を担当いたしました。この章で伝えたかったことはもちろん「デジタル・シティズンシップ」という用語の解説ですが、それ以上にデジタル・シティズンシップ教育が世界的な潮流になっていること、そして日本は完全にその潮流から取り残されているという現実です。

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まず、見ていただきたいのは1月21日付けのタイムの記事です。タイトルは「次の危機を止めたいですか? サイバー・シティズンシップ教育は国家的優先事項にならなければならない」とつけられています。サイバー・シティズンシップはデジタル・シティズンシップと同じ意味です。冒頭には次のように書かれています。「デジタル化が進む今日の社会の一員として責任ある行動をとるためには、新たな「サイバー・シティズンシップ」のスキルが必要です。これは、オンライン詐欺や個人情報の盗難から身を守ることよりもはるかに必要なものです。このスキルは、アメリカ市民であるという意味の核心に迫るものでなければなりません。偽情報や陰謀論が増え、インターネットが有害な場所になっただけではなく、過激主義を煽り、公衆衛生を害し、私たちの民主主義の根幹を脅かしてきました。2021年1月6日にはソーシャルメディアによって駆り立てられた人々が、我が国の政府を掌握しようとした事件が起こりました。これは、問題を明確なものにしました。」アメリカもヨーロッパも、偽情報や陰謀論によって人々が操作され民主主義が破壊されかねないという強い危機感がデジタル・シティズンシップ教育政策の推進力になっています。アメリカでもヨーロッパでも、メディア・リテラシーやデジタルリテラシーはデジタル・シティズンシップの要素の一つです。

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アメリカの下院のデジタル・シティズンシップ・タスクフォースは、新型コロナ感染症とデジタル・シティズンシップについて取り組んでいます。政策の柱は3つあります。一つはスマホを見る時間を管理する方法を教えること、二つ目はオンラインで見たものを批判的に考え、偽情報を見分ける方法を教えること、そして三つ目は効果的なオンライン学習です。まさに新型コロナ感染症流行下で問題になっていることが挙げられています。

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さて、日本の状況ですが、昨年12月に中教審答申案へのパブリックコメントが募集されました。その結果が公開されています。その中には「デジタル・シティズンシップ教育を推進し、批判的デジタルリテラシーを育む必要がある」という意見が掲載されています。907件の意見の中からこうした意見がしっかり拾い上げられていることは大変好ましい傾向だと思います。しかし、実際に答申に盛り込まれるかどうかはわかりません。プログラミング教育やAIといった政策は、海外の影響を強く受けるのに、肝心のデジタル・シティズンシップ教育については無視されているように思います。

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1月18日の朝日新聞の記事によると、1人1台の端末配備が進みつつありますが、配布された端末は制限が多すぎて使えないという状態が日本中で発生しているといいます。デジタル・シティズンシップは端末を学習の道具として使うことを前提にしており、1人1台端末時代は教育のあり方を根本的に変えなければいけないのです。

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アメリカの教育省が出している教育情報化ガイドブックには学びをいつでもどこでも実現することをめざして、BYODと学区所有端末を組み合わせた政策を実施しているオハイオ州ハミルトン郡の事例が紹介されています。日本でもBYODが基本であれば1人1台端末政策もまた問題なく進められたことでしょう。そして大事なことは、1人1台端末環境は学習者が自分で学ぶ環境だということです。

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昨年11月2日に出された文科省主権者教育推進会議の中間報告です。ここには「情報を収集・解釈する力や情報の妥当性や信頼性を踏まえて公正に判断する力などのメディアリテラシーの育成を学校のみならず家庭においても図ることが重要である」と書かれています。いわゆるシティズンシップ教育とメディアリテラシー教育の接続の可能性を見ることができます。

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2019年11月に「デジタル時代のシティズンシップ教育」をテーマとしたシンポジウムを法政大学で開催しました。文科省教科調査官の小栗英樹さんも登壇されています。高校の新教科「公共」と主権者教育、デジタル・シティズンシップとの関係をお話しされました。

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昨年6月に増補版の「教育の情報化の手引」が公開されました。しかし、あいからわらず「情報モラル」は日常モラルに情報技術の特性の理解を加えたものということになってます。さらに問題の本質はほとんど変化していないとも書かれています。では、最初に紹介した偽情報や陰謀論の問題は、近年大きな問題となりましたが、はたして日常モラルと情報技術の特性を理解すれば解決しますか。少し考えれば情報モラルが時代遅れになっていることはすぐにわかります。

そもそも新学習指導要領の教育理念とは何でしょうか。「主体的・対話的で深い学び」だと思った人はいらっしゃるでしょうか。しかしそれは答えではなりません。なぜ「主体的・対話的で深い学び」が必要なのか、さらに、どうしてカリキュラム・マネジメントが必要なのか、という質問に答えなければなりません。

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小学校学習指導要領の前文をご覧ください。ここに学習指導要領の理念が書かれています。ここに「多様な人々と協働しながら様々な社会的変化を乗り越え、豊かな人生を切り拓き、持続可能な社会の創り手となることができるようにする」と書かれていますね。持続可能な社会の作り手を育てる教育とはすなわちESDのことを指します。今ならば、Education for SDGsのことです。そしてこの目的を達成させるために、社会との連携及び協働が必要になります。つまりカリキュラム・マネジメントですね。これが学習指導要領の理念なのです。では情報モラル教育は持続可能な社会の創り手になることができる教育でしょうか。

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2017年にユネスコは「持続可能な開発目標のための教育ガイドブック」を公表しました。日本語版は昨年公開されました。右側には「機関包括型アプローチ」の解説があります。これはESDでは以前からホールスクールアプローチと呼ばれていたものです。読めばカリキュラム・マネジメントのことだと気がつくでしょう。このアプローチは国連が2015年に総会で可決したSDGsを目的にしています。ユネスコにはグローバル・シティズンシップ教育プログラムがあり、その一部としてのデジタル・シティズンシップもまたSDGsのために必要な資質能力です。

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(写真 UNDPより)

政府は2019年12月にSDGs実施指針を改定しました。そこには次のように書かれています。「次世代の若者たちは、2030年やその後の社会、そしてポストSDGsの議論の中核を担う存在である。2020年の段階から、いかにSDGsを推進し、自分たちが主役となる時代をどのような社会に変革していくかを考え、持続可能な社会の創り手として、多様な人々と協働しながら行動し、国内外に対して提言・発信していくことが期待されている」。お分かりになったと思いますが、これは学習指導要領の前文と同じ趣旨です。デジタル・シティズンシップは日本だけではなく地球や世界を前提にして成り立っています。そのための教育はすでに始まっています。未来の話ではなく今すぐ実行すべき話だということです。それでは私の話はこれで終わります。ありがとうございました。


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