父みたいな先輩の話

「この仕事も来年からは純平がやらなくちゃいけないからな、ちゃんと教えとくわ」

そんな言葉はなるべく聞きたくなかったんだけどな。

10月末に、先輩が退職する事を聞かされた。
先輩とは言っても、48歳だし、奥さんと子供だっている、ごく普通の、普通であれば上司くらいの人だ。
社会人1年目に今の職場に配属されてから4年間、俺はずっとその先輩にお世話になってきた。
配属されて1番に名前を覚えてくれたのも先輩だった。「久しぶりにうちの班に新入社員が入ってきてくれて嬉しいよ、歓迎会しなきゃなぁ」
と言ってくれた2週間後には、会社近くの居酒屋で歓迎会を開いてくれた。
それからというもの、先輩には数え切れないほど、お世話になった。
仕事終わりにラーメンをご馳走してくれたり、美味い定食屋に連れて行ってくれたり。俺が振られた時は親身になって話を聞いてくれて、アドバイスまでくれた。

「純平は相手の事を考えすぎて、自分の事を疎かにしてるんじゃないか?」
「もっと自分本位で生きていいんだぞ」
「大丈夫、きっといい嫁さん見つけられるから」

そうやっていつも励ましてくれた。

仕事でミスをしてしまった時も、絶対に俺のせいにはしてこなかった。
「こんなミスなんかミスのうちに入らんよ」
「ミスをするから仕事覚えるんだぞ、また成長できたじゃないか」
「これは業者が悪いな、しゃーないしゃーない」
時には冗談を交えて、明るく励ましてくれたりもした。

そんな先輩が、年明けからはこの職場にいないと思うと、とても恐ろしい。不安でしかない。

「俺がいなくても大丈夫、純平には○○ちゃん(先輩)が居るんだから」
「2人ならこの職場を変えられる。絶対大丈夫」

その言葉には妙な説得力があって、なんとなく大丈夫な気がした。
でも、やっぱり辞めてほしくなかった。

父みたいな人、とはまさにこの人のことを言うんだろうな、そう思えるくらいに大らかで、器が大きくて、寛容な人だ。

俺も、この人みたいになれるのだろうか

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