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アカガエルとキジとヒグラシ、音暦(おとごよみ)

中野 純

(注:音暦は勝手に作った言葉です)

先日、中野がホヤが好物と知っている仙台の友人が、旬だからとホヤを送ってくれた(感謝)。

一日冷蔵庫でゆっくり解凍して翌日、さっそく刺身をワサビ醤油で、それからカイワレと一緒に醤油、味醂、胡麻油と鷹の爪で和えてナムルにしていただいた。爽やかな香りと旨味に、弾力ある歯応え。うーんやっぱり旨いなあホヤ。去年7月に個展で仙台に行ってた時は一週間毎日食べてたな…

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ホヤとカイワレのナムル。器は中野作・藍灰釉練り分け手角皿。

ホヤは苦手な人もいるけれど、足が早くて傷みやすいから、少し時間が経って匂いが強くなってきたものを最初に食べてしまうと、それで嫌いになってもう食べない、と言う話もよく聞く。だからファーストコンタクトが大事。今は冷凍技術も発達していて採れたて剥きたてを急速冷凍したものは臭みがなくとても美味しいので、今まで食べたことない人はもちろん、一度食べて嫌いになった人もぜひ鮮度の良いものを試してほしい、とホヤ好きとしては思う。

さて、そのホヤを送ってくれた友人によると「ホヤは藤の花が咲く頃が一番美味しい」のだという。「何月」というのではなく「藤の花が咲く頃」。なんて素敵な表現だろう。うちのあたりは山藤でまだ咲いてないが(今はガマズミやヤマツツジが終わってウツギが咲いている時期)、その仙台の友人は散歩の途中もう藤の花を見かけているそうなので、かの地では藤の花とともにホヤも今が旬を迎えている、ということなのだろう。人間のカレンダーでの早い遅いは関係なく。(もちろん、5〜7月が旬と一般には言われてもいるが)


そこでふと思い出したのが、前に京都の桜守の方の本で読んだ、「桜に早いも遅いもない」という言葉。正確な言い回しは忘れたが、今年の桜は早いだの遅いだの、それは人間の勝手な物差しで、桜は自分にとって一番いいタイミングで花を咲かせるのだ、というようなことだった。確かに、早いだの遅いだの、桜にとっては余計なお世話だ。冬から春へと季節が巡り日照が増え気温も上がり、適度な雨を受け、時期が来たら咲く、それだけのことなんだろう。

僕は年に数度の個展と旅以外、普段は工房にこもって制作してるだけなので、土日もなければ祝日もない。GWも夏休みも関係ない。曜日の感覚も薄くてたまに郵便局に行って休みだったりすると、あ、そっか今日は土曜か、やられた…と思ったりする。

田舎でこもって暮らしていると人間の作るカレンダーには疎くなるが、その分自然がよく季節の移り変わりを教えてくれる。白梅、辛夷、山桜、アザミ、たんぽぽ、ガマズミ、ヤマツツジ、ウツギ、藤、紫陽花と早春から順々に咲いていく花暦も楽しい。蕗の薹や土筆、タラの芽などの山菜もある。桜が終わったくらいの頃から新緑の緑がだんだん濃くなっていくのも眩しい。その頃になるとだいたい毎年一度は小さなアリが行列で2階まで登ってきたりもする(これは困る)。そうして自然が賑やかに次々暦を教えてくれる。

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山桜が咲いて、田植えが終わった頃。


花や緑など目に映るものだけでなく、音もまた暦だ。

鳥や虫の声もなく農作業の音も聞こえない冬は静かだ。しんと寒く静かな中で、まず最初に春の足音を教えてくれるのが冬枯れの景色の中で田んぼから聞こえてくるこの声。

長柄に越してきた頃、最初に田んぼからこの声が聞こえてきた時はなんだろう、鳥でも田んぼに降りてきてるのかな、と思った。でも行ってみると何も姿は見えない。おかしいな、と声の元を探し辿ると、田んぼの泥んこのなかで見つけたのはなんと赤茶色のカエルの姿。ほう、美声の主はお前さんか…(拍子抜け)

調べてみるとどうもアカガエルという名前らしい(ググると写真はいろいろ出てくる)。第一声はだいたい1月下旬か2月初めくらいか、最初の日はいかにも冬眠から覚めたばかりというような寝ぼけ声で1匹だけ。それも数分、発声練習したかと思うとぱたっと止んでそれっきりなのが常で、そのあとだいたい数日置いてから再び鳴き始め、日が経つにつれ徐々に鳴く数と時間が増えていく。寒さが戻ったりすると、やっぱりもう一眠りしよう、とばかりにしばらく鳴かなくなることもあって可笑しい。上の動画はだいぶ大合唱になった頃のもの。

僕はこのアカガエルの声が大好きなのだが、しばらくして田起こしが始まるとパタっと止んでしまったりする。つまり田起こし機で住まいを攪拌蹂躙されてアカガエルたちの安否も案じられてならないのだが、きっとうまく生き延びて子孫を残しているのだろう、今のところ毎年その美声を聴かせてくれている。


次に僕が好きな音の暦は、だいたい山桜が咲くくらいの頃から始まるキジのホロ打ちだ。その頃にはキジだけでなくウグイスはじめいろいろな鳥が鳴き始めて賑やかで楽しいのだが、その中でもキジがコーッコーッと鋭く高く鳴く声は遠くからも聞こえ、ついでバサバサバサッと羽を震わせる低音が聞こえてくる。メスの気を引くオスの求愛行動だ。みんなけっこう熱心で(当たり前か)、半日くらい根気よく続けていることもある。いつまでもやっていると、誰も相手にしてくれないのかなと心配になって、思わずがんばれよ、と心の中で応援してしまう。

残念ながらホロ打ちの動画は撮ってないが、本来用心深いキジにもたまに好奇心旺盛なのがいて、工房の中を覗き込んでノックしてきた時の動画がこちら。

けっこうな勢いで窓ガラスをつつくので冷や冷やしたが(キジにしたって硬いガラスは衝撃あるだろうに)、長いこと行ったり来たりしながらガラスをつつき続けていた。この執着はなんだろう。繁殖期だけに窓に映る自分を他のオスと勘違いして攻撃してるのか、はたまた窓の中に並んでる作品が気になるのか。もしかしたらセロ弾きのゴーシュみたいに、こんなの作ってるようじゃダメだダメだ!との厳しいお叱りなのかもしれない。それともキビダンゴくれよ!と言ってるのか。

作品を品定めしてるのかキビダンゴ探してるのか?

アカガエル、キジと並んでもうひとつ好きな音の暦が、ヒグラシの声。ヒグラシというとなんとなく夏が終わる頃のイメージがあるけれども、実は7月のうち(時には6月末)から鳴き始める。うちは里山に囲まれているので、毎年夏中、この大合唱が響いてなんとなく物悲しい(それがいい)。下の動画は本焼きの最中、霧の明け方4時過ぎのもの。


「ヒグラシの 鳴く山里の夕暮れは 風よりほかに 訪(と)う人もなし」

古今和歌集に出てくるこの詠み人知らずの歌が好きで、陶板にしたこともある。うちも普段誰も訪れる人もないから、この歌を地でいってるな、と毎年ヒグラシの声を聞きながら思う。

ヒグラシ陶板


夏はヒグラシだけでなく、他のセミや虫も鳥も大合唱で賑やかこの上ない。セミは時期によっても1日の時間によっても鳴く種類が違って面白い。晩夏、最後まで鳴いているツクツクボウシも止む頃、代わって主役になるのが鈴虫やコオロギなど秋の虫たちで、それも終わるととうとう冬がやってくる。草は枯れ落葉樹は葉を落とし、虫もぱったりいなくなり、しんと寒く静かな日々が続く。

そして、冬晴れが続いて「寒いけど陽が当たるとあったかいな」なんていう日が何日か続いたある日、あのアカガエルの寝ぼけ声がまた聞こえてくるのだ。



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