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ロンドンで片腹痛い⑤

【片腹痛いの意】
おかしくて見ていられない。滑稽で苦々しく感じる。
※この記事には、以前書いた引率日記を加筆訂正したものも含まれます

前回のお話はこちら。→

リクルートスーツに真っ赤なスニーカーの学生と私は革靴を求めてロンドンの街に飛び出した。

とにかく時間がない。
ディナークルーズ船の出航までは、あと45分。

クルーズ船のスタッフによれば、この周辺には靴屋がいくつかあると言う。
パブの場所なら事前にいくつもチェックしていたけど、靴屋はノーマークだったので、とりあえずお店が沢山ありそうな通りへ向かった。

果たして靴屋はあるのか……

あった。

しかも数軒あった。

あったけれども…

これは…


いわゆる高級店というやつだ。


私たちが探してる靴屋はABCマート的なお店であって、ジョンロブでもエドワードグリーンでもクロケット&ジョーンズでもチャーチでもない。

しかし、いま正に目の前にあるのはピッカピカのお店にピッカピカの美しい靴達。
そしてシュッとしたイケメンor美女店員。

入りにくいことこの上ない…

もしかしたら、このようなお店にもよく聞いてみたらSALE品などの手頃なものがあるかもしれない。

でも私はまだまだ人間が出来ていないのだ。
旅の恥はかき捨てとは言うけれども…

言うけれども…


高級店の素敵ジェントルマンには、エレガントなマダムと思われたい!!

と、私のどうでもいい自意識が叫び…

かなり自己都合ではあるが、リクルートスーツに真っ赤なスニーカーの若造を連れて入る勇気は出ず、ウインドウ越しにチラ見をして通りすぎた。
店員さんはこちらをチラリとも見てはくれなかった。

振り出しに戻った。

日本やアメリカに比べてヨーロッパは全般的に量販店やチェーン店が少ない。
そういうところが私がヨーロッパを好きな理由でもあるのだが、今はそれが恨めしい…。

周りを見渡すとアミューズメント施設のような建物、飲食店などはあるものの、リーズナブルな靴を売っているお店は見当たらない。
少しウロウロしてみたが、なかった。

「先生、もういいっすよ。良さげな店無さそうだし、あきらめます。なんかめんどくさくなってきたし、疲れたし…」と学生。

その発言にカチンときて、いやいや面倒ってなんなんだよ、お前の事だろうが…と、説教しそうになったがそんな時間はない。

感情を抑えるために深呼吸した。
次に出た声は思いのほか低く、ドスが効いていた。

「YESかNOで答えて。ディナークルーズには行きたい?」(←怖)

「い、いえす…」

「じゃあ諦めるとか言うな。いい?わかった?」

「い、いえす」

「いや、そこは普通にハイでいいんだけど(笑)」

この時点でクルーズ船出航まであと、25分。

近くのお店では買えない事がわかった。

クルーズ船に残ってる添乗員の青山さんとI先生が、紺野さんとM先生・S先生に連絡を取ってくれたけど、3人とも繋がらなかったらしい。
(人物紹介は前回の話を参照)

刻々と時間は過ぎていく…

残り時間で何が出来るだろう。
とにかくお店を探す、それしかないか。

そう思い、また街を歩き始めた時に視界に入ったものがあった。

まさか…

こんなところに…

こ、紺野さん⁉︎

紺野さんは、遠くからでも人混みでも、とってもわかりやすい特徴的な髪型をしていた。

本当に紺野さんなら奇跡だ。

ちょっと遠いけど、いちかばちか大声で呼んでみる。
元吹奏楽部で元演劇部、腹式呼吸と声のデカさには自信がある。

「こんのさーーん!!!!」
私の張った声は予想通り、響き渡った。

急に大声を出した謎の東洋人の女を怪訝な顔で見る人、半笑いで見る人、何故かヒュウっと口笛を吹いて通り過ぎる人、いろいろいたけど私の視線は紺野さんと思わしき人物ただ1人だ。

そして


わかりやすい髪型の紺野さんと思われる人物が振り向いた


本当に紺野さんだ!!!!


状況がいろいろ違えば、これは運命で恋が生まれて映画になってもおかしくないくらいの奇跡だけど、残念ながらそれは100%無い。

それはもう興奮しながら紺野さんに近づくと、私は言った。

「紺谷さん、足のサイズ何センチ?!」

街中で大声で呼ばれた挙句、訳も分からず足のサイズを聞かれた紺野さんはアワアワしていた。

時間がないから説明は後だ。

紺野さんの足サイズは27センチ、学生は27.5センチ。
よし、ギリいける!

「紺野さん、靴貸してください。そして今から、クルーズ船の出航場所まで一緒に行ってください!」

よくわからないけど、わかりました!と紺野さんは快諾してくれ、ここからならタクシーより走った方が早いと思うので走りましょうと言った。

出航まで10分を切っていた。
男子学生の足だったらギリ間に合う時間だ。

私と、私よりおそらく大分上であろう紺野さんの体がついていけるか微妙である。

兎にも角にも、紺野さん、学生、私の、奇妙な3人はクルーズ船に向かって走り出す。

途中の信号待ちで青山さんに電話をして軽く事情を話し、1分でも良いからクルーズ船に待ってもらえるように言ってくれと伝えた。

しばらく走ると予想通りいち早く紺野さんの息が上がる。

あと5分ちょいか…。

クルーズ船は見えてきたけど、紺野さんのペースに合わせていたら間に合わないかもしれない。

よし!

「紺野さん、すみません!今ここで学生と靴交換してください!」

えーっ!今ここでですか⁉︎と泣きそうになる紺野さんに、大丈夫です私が付いてますから恥ずかしくありませんよ、と訳わからない事を言って、路上で学生と靴を交換させた。

そして学生に向かって「もう行き方わかるよね?ちょっと靴キツいかもしれないけど全力で走れ!絶対間に合うから!!」

学生は、うっす!と言って船に向かって走り出した。

残されたのは、疲れきった私とパリッとしたスーツに赤いスニーカーの泣きそうな紺野さん…。

「紺野さん、本当すみません。でもあそこで紺野さんに会えるんて本当にビックリというか奇跡です」

「お役に立てたなら良かったです、本当に・・」

「本当ですか〜?ちょっと強引過ぎましたよね、怒ってません?」

「怒るだなんてとんでもない!こんな面白い事、長年添乗員やってても中々ありませんから、いいネタになりました」

紺野さんは優しい。

オシャレな紺野さんとって、ロンドンの街中でスーツに真っ赤なスニーカーだなんて、あり得ないはずだ。

でも、特徴的な髪型でパリッとしたスーツを着て真っ赤なスニーカーを履く紺野さんは、なんだかとっても愛らしくてカッコよかった。

このすぐ後に青山さんからギリギリ間に合ったという連絡かきて、ホッとした私は紺野さんをパブに誘った。

「先生、さすがにこの格好でパブには…、靴が戻ったら合流しますので先に行ってください」

本来ならここで一緒に待つのが筋なのかもしれないけど、走り回ってすっかり喉も乾き疲れ切った私は1秒でも早くビールが飲みたかった(笑)

察した紺野さんが「先生、本当にお気になさらずに。お疲れでしょ、どうぞお先に是非!」

紺野さんは本当に優しい。

桟橋のベンチに背筋をピンと伸ばして座る真っ赤なスニーカーの紺野さんを置いて、私はひとりパブに歩き出した。

歩きながら笑いが込み上げる。
こんなバカみたいで、必死で、面白い事ってあるかな?

もちろん、ビールはめちゃくちゃ美味しかった。

【続く】

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