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謙遜という名の呪い

午前10時から「松永暢史友の会」今年最後の教育相談日でした。
11時過ぎに家を出る予定があったので、家事を大体済ませてコーヒーを淹れ、今夢中な85%カカオのチョコを味わってから10分ほど遅れてZoomに入りました。

サイコロ暗算について、「親である自分が計算が苦手なので困っている」といったような相談に松永先生が答えているところでした。
「例えば19✕17だったら、1秒でわからないと」と松永先生が言えば、松永先生の右腕である前田先生がすかさず「2秒要ります、323」と答え、何度か数字の応酬があり、なんだか二人楽しそう。結局先生の答えがどんなものだったかメモを見直しても書いていない(;'∀')

ただ、前田先生の言葉が響きました。
「私は文系で計算が苦手です、というのは謙遜でもあるのでしょうけど、その謙遜がある意味呪いなんですよ、呪い要らないから」
おっしゃる通り!

私も最近考え始めていました。誰かに忖度するように「私など、、、」と謙遜の枕詞をつけてから語り始める。日本人の美徳?!と見せかけて、逃げの戦法。いかの墨のごとくこの謙遜をおとりにして逃げているのかも。

謙遜の言葉でぼやけさせず、責任を持つ!
謙遜を美徳と勘違いしない!
謙遜は呪いである。

今日、ひとつ呪いを脱ぎ捨てました。

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