雷鳴

声が聞こえる
呟き…囁き?

誰の?

タタタタタタタタタタ…

ただ靴音が聞こえるだけ―

       ***

凛太郎が探してくれたスタジオ
少し遠いが
職場の退勤チャイムをダッシュで出れば
何とか間に合う

五十の手習い
その諺がぴったりだ
そして仲間と一緒に鏡に向かう

「はい、次に移ります」
手取り足取りするわけでもなく
できてもできなくても
毎回ただ先生を真似をする

とっつきにくい先生ではあったが
毎週練習には通った
他の用事と重なると
その用の方を断った
どうしても被るときは
他の用事を中抜けして行った
今思うと
なぜあそこまでして通ったんだろう

     ***

教わるからには
どんなパフォーマンスするかくらいは
見ておかないとね

そんな軽い気持ちで座席に座った
開演のブザー音が鳴り会場は真っ暗になる
中央を照らすと
じっと足元を見つめる男性が立っていた

コンコン
コンコン
踵を鳴らす―――

そしてゆっくりと
静かに刻み始める

音は
間違いなく
彼の足元から聞こえているのだが 
やわらかくて
やさしくて
どこから聞こえてるのかわからなくなる

聞き逃したくなくて耳を澄ます
目が離せなくて瞬きすら惜しい

周囲の観客の拍手につられて
途中まで手をたたくのだが
まどろっこしくて
胸の前で止まったままだ

口がぽかんと開いたまま
涙もぽろぽろ落としとこう

今を全身で味わいたい
この感覚を覚えておきたい

タタタタタタタタタタ…

言葉を紡ぐのと似ていると思った
台詞はないけど

音階もない
足音だけ

でも聞こえてくる
声が 想いが 

はっと我に返る
しまった
不覚にも
たいへんなものに
手を出してしまった

事の重大さに恐れおののく

しかし
もう遅い

稲妻が落ちてしまった

   *****

「右側の前に座っていた方ですよね?」

先生と一緒にステ−ジに立っていた男性が言う

「え?」

みるみる顔が赤くなっていくのが
わかった













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