ヒイロの足音

「あの子、話すことができないの」
サエはそう言って目をふせた

こんなサエの目は見たことがない
オレの前からいなくなる前のあの日より
深く濃い

「あちこちのお医者さまに診てもらっているのだけれど、原因がわからないと言われて」

さっき
リビングいたサエに声をかけた時
テ−ブルの上に置いた本は
題名は覚えていないが
医学関係のものだった

あのサエも
そんなムズカシイ本を読むようになったんだと
驚きもし嬉しくもあったのだが…

「サエ」

オレは彼女の横顔に話しかけた
サエがふりむく

「お前は声が見えるんだよな」

「うん、今でも
 おにいちゃんの声もリンのも見える」
「他の人には、声は見えないってことも知ってるか」
「ええ、子どもの時は、みんなに見えると思ってたのだけど、大きくなるにつれて、他の人には見えないんだってわかってきたのよ」

「子どもの時にサエが『声が見える!』って言った時は、お前がオレを喜ばせるために嘘ついてるんだって思ってた」
「嘘じゃない!ほんとに見えるのよ!」

「わかってる。今はオレにも見える。」

「え?おにいちゃんも見えるようになったの?」

「ああ、ただ、リンちゃんの声だけだ」

「リンちゃんの声だけ?自分の声は?」

「リンちゃんのだけ。自分の声は見えないんだ。もちろん他の人の声も見えない。」

サエは目を丸くして
オレの顔を見ている
口をぽかんと開けている

「サエ」

深く座り直した

「お前にはヒイロの声が聞こえてるはずだ」

サエはじっとオレの目を見た
オレを見たまま動かない

庭を眺めた

いつものように
ユウとヒイロがステップを踏んでいる

「ユウくんは、ヒイロの声が聞こえるんだよ。」

サエも庭に目を向けた
「ユウには聞こえてる?なぜ?
 ユウに聞こえて
 なぜワタシに聞こえないの?」

すがるようにオレに視線を戻す

「見てごらんよ」
サエも2人を見つめる

日差しの中
代わるがわる
軽やかにステップを踏む
弾むたび
汗がきらきらと舞う

「リンちゃんと初めての会ったときのこと、話してくれてたよね」

サエはオレに視線を戻してうなづく

そう…
おにいちゃんと離れたあと
悲しくて足踏みしたら
リンが同じように足踏みして
リンとお話してるみたいな気持ちになったの
それでリンとなかよくなって
それからみんなと一緒に
足踏みして…

「ユウくんが言ってたよ。
 『何も言わないのに
 サエはボクのいろんな気持ちを
 わかってくれたんですよね、あのとき』って。」

 そうだったわ…
 あのとき
 ユウがひとりで
 靴音を鳴らしてるの見てたら
 話してないのに
 彼の想いが聞こえてきたの…

「あ!」
サエは思わず声を上げた

アスカは
にっこりわらって目を閉じた
 

















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