新しい風

「オレはどうすればよかったんだよ!」

バン!
いっきに飲み干したグラスを
テ−ブルに叩きつける

「まぁ、まぁ…」

こぼれた水割りとグラスを拭いて
ママがオレの肩に手を置く
「シンちゃんは悪くないわよ」

「じゃあ、誰が悪いんだよ!
 何がいけなかったんだよ!
 なぁ、ママ!
 オレはどうすればよかったのさ!」

 図体のデカい男に詰め寄られて
 ママはたじろぐ

「だ、誰も悪くないわよ!
 だって、リンちゃんは、やっぱり
 少〜し変わった子だったからさ…」

「変わってなんかないよ!
 あれがリンなんだから!
 あれでなくちゃリンじゃないんだよ!
 ママ、リンのどこが変わってるって
 言うのさ!」

 さらにママは後じさりした

 「ちょ、ちょっと!止してよ!
   ワタシも
      ヒトに聞いたハナシなんだから…」

「そのヒトって誰だよ!」

バン!
オレは両手でテ−ブルを叩いた

「誰って…
 誰だったかなんて…
 覚えてないわよ…」
 ママは小さくなった

「アンコンシャス・バイアスって
 やつかもね」

カウンターの中の奥の女性がつぶやく

見慣れない顔だ
そう言えば
さっきから黙ってオレたちの話を
聞いていた

「アンコンシャス・バイアス?」
オレとママは顔を見合わせた

「"無意識の偏見"ってやつ」
彼女がタバコの煙をくゆらせる

「言ってる本人たちは
 自分の言葉で
 誰かを傷つけてるなんて
 これっぽっちも思ってないのよ。

 でも、悪気がないからって
 人を傷つけていい理由には
 ならないわ。
 平気な顔してるからって
 傷ついてないワケじゃない。
 痛くないふりしているだけ。

 リンって子は
 自分が傷ついているってことにさえ
 気づいてなかったかもしれないわ。

 無意識の小さな小さな攻撃を
 毎日受け続けていた
 そういうの
 『マイクロアグレッション』って
 言うんだって。
 で、気がついた時は満身創痍」

「じゃあ
 オレはどうすればよかったんだ…」

頭を抱えてうなだれる

「子どもだったあなたは
 周りの大人たちの言うことを
 傍で聞いてて
 リンて子が病気だって
 思い込んだのよ。

 大人は
『子どもなんだから大人の言うこと
 なんて分からない』と思うけど、
 赤ちゃんだって
 大人の言ってること聞いてんのよ。
 話せなくても
 ちゃ〜んと理解できるの。

 大人の言うことが聞き取れたから
 あなたは今
 辛い思いしてるんじゃない」

 オレは、こくん、と頷いた

「あなた、ちょっと何言ってんの!…」

ママが
オレたちの間に割って入ろうとしたが
彼女はそれを無視しオレに顔を近付けた

彼女から目が放せない

「あなたがつまづいたのは
 誰かのせいかもしれない

 でもね
 立ち上がらないのは
 誰のせいでもないわ」

 オレを釘付けにしたまま
 視線を逸らして言った

 「アタシが目が放せなくなるくらい
   いい男になったらまた来なさい。
   そん時は相手してあげる
    待ってるわ、坊や」

 「ちょっと!!」
 ママが怒鳴る

「いい加減になさい!
 何てこと言うの!」

「アタシ売上伸ばしてるでしょ。
 なら、これくらい言ってもいいじゃない。」

背中を向け手を上げて奥に入っていった

「ごめんなさいね…
 ふらりとやってきて
『今日からワタシをこの店で働かせて。    
 損はさせないから。』って 言うもんだから来てもらってるんだけど。
 あの子が来てから客が増えてるのは
間違いないんだけどさ…」

ママの言い訳はまだ続いていたが
 
 立ち上がらないのは
 誰のせいでもないわ

彼女の言葉が
ずっと頭の中でリフレインしていた


   *****

あれからしばらくして
ママの家の宝飾品が盗まれるという
事件が発生した

なんでも
当時の市長は
ママに熱をあげていたらしく
時計やネックレス、指輪など
相当高価なものを
プレゼントしていたらしい
それらが盗まれたという

その後まもなく
市長の自宅の金庫に隠してあった
金塊が盗まれ
それは
談合への加担の見返りで購入したことが発覚

市長を筆頭に芋づる式で関係者が
逮捕された

 *****

オレは
役所の前に立っていた

ふぅ…
ひと息つくと中に入った
「いらっしゃいませ。こんにちは。
 どうなさいましたか?」

ふぅ… 
もう一度深呼吸

そして言った
「市長選挙に立候補したいんですけど、
どこへ行けばよいですか?」


そしてオレは
この街の市長になった

ママの店のあの女性は
あの一連の事件の後
姿が見えなくなっていた






 



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