カホンの音色
「そうだったんだ…」
凛太郎は後ろに両手をついて
空を見上げた
彼は俯いたままだ
*****
オレも3日間一睡もしてなかったから
母さんに尋ねられて
何気なく調べて伝えたはしたけれど
昏睡状態から目覚めたところで
母さんも頭ン中が混乱してたんだろうと
高をくくってた
今の母さんを見たら
誰だって
1ヶ月前は意識不明の重体だったなんて
想像できないだろう
俺が調べた
タップダンス教室に通ってるらしい
こっそり様子を見に行って
そのスタジオで出会ったのが
カホンを抱えた彼だった
父親はカホン奏者で
抱えているのは
親から譲り受けたものだという
へえ…
こんな楽器があるんだ…
「この辺りでタップダンスやってるのは
ここしかなかったんで」
そう…
オレも調べたら
ここしかなかったわ…
「…で、なんでタップダンス?
その楽器と何か関係あんの?」
彼は
その楽器を愛おしそうに撫でた
「小さなタップダンサーたちのことを
思い出しちゃって…」
小さなタップダンサー?
オレの不思議そうな顔を見て
彼は
ぽつり、ぽつりと話し始めた
****
「そうだったんだ…」
オレは空を眺めて
彼は俯いたまま
しばらくして
俯いたままカホンを撫でてる横顔に
話しかけた
「オレの職場にさ、
特別養子縁組っていう制度で
男の子をもらった人がいてさ」
カホンから目を離し
オレの目をじっと見つめる
「そういうの、
なさぬ仲っていうんだっけ?
でもさ、どっちも真剣なんだよ。
泣いたり笑ったり
怒ったりうろたえたり。
この間なんか
取っ組み合いになっちゃってさ。
血ぃ繋がってないのにな。」
あはは…
思い出して笑った
「ホントの親子と
なんも変わらないんだよ。
そんなの見てるとさ、
関係ないんだよ。
血が繋がってるとか
繋がってないとか。」
オレを見つめたままだ
オレは続けた
「でさ、その人は
子どもが物心つくかつかない頃から
伝えてあるんだ
『お前のお父さんとお母さんは
別のところにいる。
訳があって
お前を育てることができなくて
代わりに
おれたちが
お前のお父さんとお母さんに
なったんだ』ってね。」
彼はオレの横顔から
目を離せないでいるのがわかる
「大人の言うことなんて
子どもは難しくて分からない、と
思ってるのは大人だけだよ。
バカにしちゃいけない。
ちゃんとわかってんだよ、子どもは」
「でさ、上司がさ、
『身も知らない人の子どもを引き取る
なんてて、どういうつもりなんだ。
ホントのことをいつ
子どもに話すつもりだ。
きっと子どもは傷つくぞ、
かわいそうに。』っていうからさ、
オレ、アタマに来ちゃって、
『そういうことも、二人は
ちゃんと考えてますよ!
他人がどうこういうことじゃ
ないです!
それに、
あの親子は全然可哀想じゃない
ですって!
ホントの親子です!』
って上司に怒鳴っちゃってさ。
オレってバカだよな、
他人事なのにさ。」
あはは…とアタマを掻いた
「オレはジブンの父親に
会ったことなんてないよ。
写真でしか見たことない。
それもオレが生まれた時の。
歩いて行き来出来るとこに
居ンだけどね。」
彼の眼がみるみる大きくなる
「だからさ、家族かどうかってのは、
自分が決めるコトなんだよ」
オレは彼の目を見つめて言った
「聴かせてくれよ。
父さんのカホンの音色。」
彼はうなづいて
座りなおすと
そっとその腹を撫でた
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