?のゆくえ
「ママには自分の口から伝えようと思った」
マルがワタシを見つめる
こんなに凛とした息子の瞳
初めて見た
そんなマルの手に
カズの手が重なる
それに答えるように
マルの視線は
彼を包みこむかのようにほほえむ
私は
この子の何を見ていたのだろう
何を知っていたのだろう
「パパにはまだ話していないのよね」
「うん」
マルはうつむく
「正直、ママにも言うべきかどうか悩んだ。そしたら、カズが、彼が、マルのママならきっとわかってくれるから、話そうって。」
「え?」
ヨウは目を丸くした
「なぜ?私は古い人間よ。就職なんて一度もしたことない、専業主婦しかしたことのない、世間知らずのただのおばさんよ。なのに、なぜ『私ならわかってくれる』なんてどうして…」
「あのとき、ぼくたちのことを大人の人と同じように扱ってくれた。」
ヨウの言葉が終わる前にカズが言った。
「マルのママは、ママだけは、
ぼくたちを大人と同じ一人の人間と思ってくれた。
どうせ子どもなんだからって
ぼくたちを子ども扱いしないで
ボクたちと一緒にステップを踏んでくれた」
カズは私をじっと見つめる。
「あのとき、ぼくたちはステップを踏むのが楽しくて、おもしろくて、朝から日が暮れるまで踊ってた」
そうね…
マルは暗くなって帰ってきてからも
リビングで踊ってたわよ
親の欲目からしても
決してかっこいいなんて思えなかったけど
太ってて
何やってもイマイチなあの子が
夢中でステップ踏み続けてた
その横顔がリョウの横顔と重なったの―
「ボクの両親や他の子の家の人は、
みんなこう言ってたんです。
『ただ足踏みしてるだけの何が楽しいんだ。そんなことするくらいなら、社交ダンスを練習しろ。その方が将来役に立つ。結婚相手だってすぐに見つかる』って。
ボクはあの時からずっと結婚なんてしたくなかった!」
そう言うと
マルの手の上に置いた手を
ぎゅっと握り締め
目もぎゅっとつむってうつむいた
マルはカズを悲しそうに見つめ
そして抱きしめた
マルの肩越しに
カズの涙がこぼれる
マル
あなたも大人になったわね
ヨウは目を伏せて少しほほえんだ
そう…
あなたたちは愛し合ってるのね
そうね…
お互いが愛し合っているのに
人はなぜ
いいとかダメだとか言いたがるのかしら
なぜ
そんなこと
言っていいと思ってるんだろう――
***
「大人になったら結婚しよう!」
リョウは叫んだ
「うん!
そして子どもたちと一緒に旅して、このステップを世界中に伝えていくの」
タタタタタタタン!
ヨウは靴を鳴らした
「そしたら言葉が違っても気持ちが伝えられる」
タンタタタタタン!
リョウも鳴らす
「話せなくても心が通じるなんて
ステキ!」
ヨウは思わずリョウに飛びついた
リョウはおどいたように
目をパチクリさせたが
すぐにぎゅっとヨウを抱きしめ返し
体をはなすと
タタタタタタタタタタタタタタ…
軽快に鳴らし始めた
タタタタタタタタタタタタタタ…
ヨウも合わせて鳴らし始めた――
***
あの日から数日後
リョウは
頬に大きなケガをし
おかあさんや他の仲間と一緒に姿を消した
――だからあんな子と一緒にいちゃダメって言ったのよ!――
――この子まで“キズ物”になるところだったわ! ――
あの時ママが言ったこと
今はその意味がわかるけど
そんなことより
リョウとステップを踏むことができなくなったこと
リョウと子どもたちと世界中を旅できなくなったこと
リョウともう会えないことが
信じられなくて
ずっと
大人になってからも
胸の真ん中に
ぽっかり空いたままだった
―お互い愛し合っているのに
人はなぜいいとかダメだとか言いたがるのだろう―
―なぜそんなこと言っていいと思ってるんだろう―
そうね
そうよね
それって…おかしくない?
胸の空洞に??が
どんどん増殖していった
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