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映画『GOLDFISH』INTRODUCTION

亜無亜危異(アナーキー) の実話をモチーフにした映画『GOLDFISH』が、3月31日から公開されている。監督は亜無亜危異のギタリストである藤沼伸一で、これが初監督作品となる。

この映画の解説(イントロダクション)とストーリー、それから藤沼監督にインタビューしての原稿を書いた。藤沼監督のインタビューは劇場で販売されているパンフレットに掲載されているので、映画をご覧になった方はぜひ購入して読んでいただきたい。

ストーリーを書いた原稿は、文字量の多さもあって、パンフレットではなくマスコミ試写の際に配られたプレスリリースに掲載された。ただ、解説文に関しては、ある事情から掲載が見送られることとなった。

自分としては、せっかく書いたので読んでもらいたいという思いもあるし、何より3月31日から公開が始まったこの映画を多くの方に観てもらいたいという思いが強くある。なので、ここにイントロダクションを全文掲載。ひとりでも多くの人に興味を持ってもらいたく(そして劇場に足を運んでいただきたく)、その一助となれば幸いだ。

『GOLDFISH』 INTRODUCTION

1978年8月に埼玉で結成され、1980年2月にシングル「ノット・サティスファイド」とアルバム『アナーキー』でメジャー・デビューした亜無亜危異(*表記は時期によってカタカナ、漢字、ローマ字と異なるが、現在は漢字で統一)。アンダーグラウンドでは1970年代後半から東京ロッカーズを中心としたパンクシーンが日本にもあったが、メジャーのレコード会社からデビューしたパンクロックバンドは彼らが初であり、それは衝撃だった。メンバー全員が短髪で国鉄のナッパ服を着用し、学校や社会や権力に対する不満を性急なビートに乗せて荒々しく吐き出していた。歌詞も曲も単純明快だったが、それゆえに痛快で、退屈な毎日の繰り返しにうんざりしていた当時10代の若者たちは共感し、触発され、「オレたちの気持ちを代弁するバンドが遂に登場した!」「オレたちも今すぐやりたいことをやらねえと!」と熱くなったものだ。収録曲が放送禁止になって回収騒動が起きるも、かえって注目が集まったデビュー盤『アナーキー』は10万枚以上のセールスを記録。当時のライブは興奮した観客たちがステージに上がってカオス状態のまま終了することも度々あった。

そこから42年。5年半前にオリジナル・メンバーのひとりであるマリこと逸見泰成を失いながらも、2018年1月に4人で再始動した亜無亜危異は、現在も精力的にライブを展開中。2019~2020年に4人とも還暦を迎えたが、浮き沈みの激しい日本のロックシーンで自分たちのやり方を貫きながら今も意気盛んに前進し、ファンと後進のミュージシャンから絶大なるリスペクトを集めている。

そんな亜無亜危異の波乱万丈・紆余曲折の歴史をモチーフとしながら、永瀬正敏、北村有起哉、渋川晴彦ら個性ある役者を揃え、完全なるオリジナル・ストーリーとして作品化したのが、『GOLDFISH』。監督は亜無亜危異のギタリストで、バンド再始動後は全ての曲の作詞作曲も手掛ける藤沼伸一だ。

藤沼伸一は亜無亜危異のギタリストとしてデビュー以来、パンクロックもブルーズロックもラウドロックも弾きこなせる柔軟かつ卓越したギターテクでキャリアを築いてきた。泉谷しげるが絶大な信頼を置くギタリストでもあり、30年以上も泉谷のライブのサポートを務めている。また自らメインヴォーカルをとる舞士のほか、Regina、柴山俊之のRuby、三代目魚武濱田成夫のBAND俺屋などでも弾き、ソロアルバム『女神』(1992年)や自身のコラボ・プロジェクト作品『Are You Jap?!』(2002年。忌野清志郎や泉谷しげるが参加)も発表。レコーディングの参加はこれまで100作品近くあり、音楽雑誌『Player』で日本の5大ブルーズギタリストのひとりに選ばれたりもした。

その藤沼伸一が映画を撮る。自分がそれを知ったのは、2019年6月4日。マリの3回忌特別ライブが江古田マーキー(1978年にバンドが初ライブを行なった場所だ)で行なわれた際、入口で配られた1枚のチラシによってだった。「EXTRA NEWS Vo.1」と太字で印刷されたそのチラシには、「2年前のアナーキー再結成ライブが実現しなかったあの日から…。ずっと考えている。マリのこと。そうでないこと。自分のこと。これからのこと。いろんなこと。そしてマリは、俺に新しいことを始めるきっかけを残してくれました。わたくし藤沼伸一は初めて監督として映画を撮ることにしました。全てをモチーフにして」と書かれてあった。「来年公開を目指して、これから本格的に始動します」ともあり、文の下には藤沼の手書きのサインがあった。この時点でタイトルは『GOLDFISH』と決まっており、藤沼は準備を始めていたが、パンデミックによってしばらく中断。「コロナ禍により予定が遅れましたが、いよいよ動き始めます」と宣言されたのは2020年10月で、その後、出演者のオーディション~決定を経て、2021年2月20日にクランクイン。初監督でありながら、出演者のひとりであるPANTAが「素晴らしい現場監督であり、シェフであり、指揮者でした」と絶賛するほど明確な指示を出し、ほかの誰も撮ることのできない熱ある作品に仕上げたのだった。

藤沼の原案を受けて脚本を書いたのは、『蜜のあわれ』(2016年。石井岳流監督)、『あゝ、荒野 前篇・後編』(2017年。岸善幸監督)、『宮本から君へ』(2019年。真利子哲也監督)、『MOTHER マザー』(2020年。大森立嗣監)などの港岳彦。音楽を藤沼伸一と山下尚輝が手掛け、エンディングに亜無亜危異の代表曲「心の銃」が使われてもいる。また、三代目魚武濱田成夫がタイトル文字を担当し、劇中には荒野真司の絵、奈良美智の作品も登場。藤沼を信頼するクリエイターたちが彼に力を貸した。

キャストを紹介しよう。亜無亜危異をモデルにしたパンクロックバンド「ガンズ」のメンバーは、ギターのイチに永瀬正敏、サイドギターのハルに北村有起哉、ヴォーカルのアニマルに渋川晴彦、ベースのテラに怒髪天の増子直純(彼は亜無亜危異に多大な影響を受けてバンドを始めたミュージシャンだ)、ドラムのヨハンに松林慎司。順に藤沼伸一、マリこと逸見泰成、仲野茂、寺岡伸芳、コバンこと小林高夫の人物像が投影されているわけだが、実際のキャラに近づけている者もいれば、渋川のようにデフォルメした演技をしている者もいる。また若き日のイチを長谷川ティティ、ハルを山岸健太、アニマルを篠田諒、テラをバンドWENDYのJohnny Bowie、ヨハンを同じくWENDYのSenaが演じていて、とりわけミュージシャンでもある山岸健太の演技と表情に引き込まれる。そしてイチのひとり娘であるニコに成海花音、ハルを愛して世話する雅美に有森成実、死神(バックドアマン)に町田康、ドキュメンタリー・ディレクターにうじきつよし、喫茶店のマスターにPANTA、事務所の社長に山村美智。ほかにもG.D.FLICKERSの稲田錠、REGINAのRICO、まちゃまちゃ、ニューロティカの井上あつしほか、藤沼を信頼するアーティストらが友情出演。亜無亜危異の仲野茂、寺岡伸芳、それに藤沼伸一自身も“イキった中年ロッカー”役で出ていることにニヤリとさせられる。

物語はマリを投影したハルと藤沼を投影したイチの、スタンスの異なる微妙な関係性を軸に展開する。バンドが勢いづいていた若き時代、ロンドン・レコーディングをきっかけにミュージシャンシップ(職業人としての心掛け、態度、技能)に磨きをかけていくイチ。それに対して焦りを感じ、傷害事件を起こすハル。バンドは活動休止となり、そして30年後、アニマルのあることをきっかけに再結成の話が持ち上がるのだが……。

若さとは衝動と躍動だ。衝動の発露たるロックミュージックには、バンドには、人を惹きつける勢いと輝きがある。しかし、長くは続かない。それぞれの思いがズレることなく続く事例なんてそうそうない。ならば、ズレた気持ちは元には戻らないのか。老いたらロックバンドはやれないのか。やったら、それはかっこいいのか悪いのか。そもそもロック・エンターテインメントとはなんなのか。大衆を誘導するための商業じゃないのか。ミュージシャンの自分はその道具に過ぎないんじゃないか。観賞用に餌付けされたゴールドフィッシュ(金魚)みたいなものなんじゃないか。いや、昔はそうだったかもしれないが、今の自分は違うはず。いや、違わないのか。今もまだ自分は水槽の外に出られずにいるのか。“居場所”とはどこなのか。そんなイチの、あるいは藤沼伸一監督の問いかけが、リアルに突き刺さる。笑いと哀しみ、やりきれなさと希望とが、洗濯機の中の衣服のようにグルグル回る。

亜無亜危異というバンドの歴史を知る人にも知らない人にも、夢を追う若者にも追うことに疲れた世代にも、ぜひ観てもらいたい作品だ。

(内本順一)

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『GOLDFISH』。3月31日(金)より、シネマート新宿、シネマート心斎橋ほか全国順次公開。配給:太秦






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