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interview: リクオ/「途切れちゃいなかった すべては繋がっていた」。この不確かな世界で歌う、揺るぎなき思い

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リクオ『リアル』 Hello Records

リクオのニューアルバム『リアル』を、あなたはもう聴かれただろうか。再生と希望、夢と愛と他者への思いやり、そして音楽に対する揺るぎない信頼をバンドサウンドで色彩豊かに表現した、ライブ感のあるスタジオアルバムだ。

どのようなアルバムなのかを短く文にしたので、まずはこちらを読んでいただきたい。

リクオのニューアルバム『リアル』。2021年にピアノ弾き語りアルバム『リクオ&ピアノ2』を発表しているが、バンド録音アルバムとしては2019年作品『グラデーション・ワールド』以来5年振りとなる。全12曲中、リクオと橋本歩(チェロ)のふたりで録音した「こぼれ落ちてゆくもの」を除く11曲がリクオ with HOBO HOUSE BANDでの録音だ。

ライブで感じる熱さ、生々しさ、高揚感が、音源にしっかり反映されている。そればかりか音の鳴っていない部分からも音楽が感じられる。ガツンと行くだけでなく、余白を活かした演奏にバンドの成熟が見て取れる。また、ローリングピアノマンの呼び名に相応しいリクオのプレイからは音楽の楽しさ、自由さ、幸福感が伝わってくる。加えて声の響かせ方、感情の乗せ方に、シンガーとしての進化も表れている。

「歌にする理由のある歌を聴いた」。これは『グラデーション・ワールド』のリリースにあたって佐野元春が寄せたコメントからの抜粋だが、『リアル』に収録されているのも「歌にする理由のある歌」ばかりだ。わけても表題曲「リアル」と、それに続く「Wadachi」は、この時代、この社会にしっかりと向き合って書かれた重要な2曲。分断された社会、寛容性のますます失われた世界を見ながら、しかし反射的、一面的に答えを求めることはせず、十分な時間をかけて考えを歌詞に落とし込んだのであろうことがわかる。

不確かなものばかりのこの世界で、確かな思い、揺るがない思いをリクオは楽曲に込めている。例えばそれは音楽に対する強い信頼だ。アルバムの後半には音楽の幸福や効能、それへの信頼を歌った曲が並ぶ。別々の人間同士がひとつのアンサンブルを奏でる瞬間の愛おしさを歌う「アンサンブル」、自由を取り戻すための時間と場所について歌う「ミュージック・アワー」、それに「僕らのライブハウス」も「君を想うとき」もそうだ。

『リクオ&ピアノ2』にピアノ弾き語りで収録されていた「友達でなくても」と「君を想うとき」、2018年に作られてライブにおける盛り上がり曲として親しまれてきた「酔いどれ賛歌」、中村佳穂との共作・共演による「流れ星」といった曲もバンドとのスタジオ録音で瑞々しい輝きを放ち、非常にバリエーションに富んだ内容となった『リアル』。聴き返す度に気づきや共感が増える、これはそういうアルバムだ。

(内本順一)

アルバム告知用フライヤー裏面に掲載


また、上の文を膨らませたロングのアルバム解説文を、このあとのインタビューでの言葉を入れ込みながら書かせていただいた。リクオのアルバム特設サイトに掲載されているので、『リアル』のライナーノーツとして読んでいただけると幸いだ。↓


では、アルバム『リアル』についてのリクオのインタビューをお届けしよう。インタビューは完成したアルバム音源を送っていただいてから間もない3月初旬に、京都に住むリクオとZoomで繋いで行なった。アルバム全体のことだけでなく、収録曲全てについての話を聞いた。そこからは今の社会や、ロックンロールという音楽をリクオがどう捉えているかも伝わってくる。既に『リアル』を何度も聴いているという方も、読んでからまた聴けば新たな気づきや景色の広がりがきっとあるはずだ。

インタビュー・構成/内本順一


「コロナ禍に得た教訓だったり、そのときに感じたリアルな思いだったりを、忘れずに次の時代に活かしていきたいと思うんです」

ーー『リアル』、めっちゃいいアルバムですね!

「ありがとうございます。今日も聴いていて、自分でもワクワクしました。ソロ作品ではあるんですけど、今回はバンドメンバーも含めたいろんな人とのリレーションシップと現場のケミストリーを大事に、時間をかけて丁寧に作ったものなので。そういう相互作用をしっかり盤に反映させることができたのがよかったです」

ーー『Gradation World』から5年振り、弾き語りアルバム『RIKUO & PIANO 2』から数えても2年半振り。『RIKUO & PIANO 2』はコロナ禍という特殊な状況下でのリクオさんの思いが色濃く表れたアルバムでしたが、今はもうみんな、ああいう時期があったことを忘れてしまったかのように生きていて。

「そうですね。それもどうかなと思いますけどね。コロナ禍の最中に思っていたことのひとつに、収まったらコロナ以前とは少し違う世の中になればいいなというのがあったんですけど、どちらかというと以前に戻るという方向に行く力のほうが大きいんだなと感じます。忘れちゃいけないこともあると僕は思っていて。ウクライナのことも、ガザのことも、裏金のことも、被災地のことも、原発のことも、何も解決していないわけですから、いかに忘れずに持続して考えていけるかが大事なんじゃないかと。コロナ禍に得た教訓だったり、そのときに感じたリアルな思いだったりを、忘れずに次の時代に活かしていきたいと僕は思うんですよね。僕自身、ずいぶん忘れてますから」

ーーその思いが、今作にかなり強く反映されていますよね。

「僕も聴き返していて、改めてそう思いました」

ーー因みに5類移行後、有観客・声出しOKのライブが以前と同じように普通に行われるようになったわけですが、何よりもライブを大事にされているミュージシャンのひとりとして、前と後とでどういった違いを感じますか?

「僕が個人的に感じるのは、動員格差がさらに広がったんじゃないかってことですね。大きなイベントであれば、資本投入してプロモーションをすればある程度の動員ができるけど、そうじゃない小規模ライブの動員は需要と供給のバランスが難しくなってきている。僕自身の日々のライブのなかでも、例えば『HOBO CONNECTION』のようにイベントの形にすると人が集まってくれるんですけど、地方での通常のライブとなるとそうとは限らない。お客さんのなかで、日常的にライブに足を運ぶという習慣がコロナ以前と比べると減っているかもしれないですね」

ーー海外アーティストでも、ある特定の人気アーティストだと2万円・3万円の高額チケットであっても埋まるけど、そこまで名が知れていなかったり宣伝が行き届かなかったりすると、スカスカだったり。そういうことがコロナ禍前より顕著になりました。

「テイラー・スウィフトにしてもビリー・ジョエルにしても、来日しても東京でしかライブをやらないじゃないですか。大阪にすら来ない。それは今の状況を象徴していることのひとつじゃないかなって思いますね」

リクオ

「混沌とした状況とか複雑なグラデーションを、ややこしいサウンドや難しい言葉で表現するのではなく、わかりやすい言葉で伝える」

ーー今作は、リクオさんのライブを観に行っている人にはお馴染みの曲が多く収録されていますね。

「収録した曲のほとんどが、リクオ with HOBO HOUSE BANDのライブのなかで育まれた曲なんです。ギターのかっちゃん(高木克)がバンドに参加したのが2018年なので、2018年以降のライブで育てた曲が大半ですね」

ーーそういう意味では、この5~6年のベストアルバム的なものとも言える。

「そういう思いもありましたが、収録曲に関しては今の時代性を反映していると思います」

ーー今聴いてリアルに感じられる曲たちということですね。

「そうです。コロナ前後の状況に呼応して生まれた楽曲群なので。あとは、アルバムが一色に染まらないようにということも意識した。コンセプチュアルな内容ですけど、曲調のバリエーションや多面的であることを意識しました」

ーーまずはやっぱり1曲目「リアル」と2曲目「Wadachi」。初めのこの2曲で、今生きているこの世界、この社会に、リクオさんが何を思い、どう向き合おうとしているのかが歌われる。逃げずにちゃんと歌っておかなくてはならないというような強い思いが反映された楽曲だからこそ、初めにこの2曲を続けて入れ、「リアル」はアルバム・タイトルにもしたんだろうなと僕は思ったんですが。

「そうですね。その2曲は特にコンセプチュアルな曲だと思います。最初に歌いたいテーマや思いがあり、そこから歌詞とメロディを広げてアレンジしていきました」

ーー複雑で混沌としたこの時代に、断定を避けながら、言葉をどう歌詞に落とし込むか。リクオさんは文章も書かれますが、歌となればそもそも言葉数が違うわけで、ここでは少ない言葉数でどれだけ説得力を持たせられるかということに苦心されたんじゃないかと。

「その混沌とした状況とか複雑で豊かなグラデーションを、ややこしいサウンドや難しい言葉で表現するのではなく、わかりやすい言葉で伝える。そこは常に心掛けています。複雑な状況をシンプルに伝える、ということではなくて、複雑なものを複雑なものとして、わかりやすい言葉やメロディで伝えるということです。それができたらいいなと」

ーー「Wadachi」だと、「轍がそこにあった 僕はたどった 謎がいつもあった 悩み続けた 君を見失った 音楽が消えた 僕は閉じこもった でもずっと待っていた」と始まり、「途切れちゃいなかった すべては繋がっていた 歌はそこにあった メロディーが降りてくる」と続く。出だしのこのたった4行に、決して短くない数年間の時間の流れが凝縮されている。しかも誰でもわかる言葉でその時間の経過が表現されていて、これはすごいなと思ったんですよ。

「嬉しいです。僕が憧れていた(忌野)清志郎さんにしても(甲本)ヒロトさんにしても、シンプルな言葉ですごく重要なことを伝えていた。最近だと、あれがすごいなと思ったんですよ。(千葉雄喜の)「チーム友達」。数行のわかりやすいフレーズのなかに大事なことだけがある」

ーーしかもめっちゃわかりやすいから、小学生もみんな歌っていた。

「そうなんですよね。極限までシンプルにした言葉でああいうふうに伝えられるってすごいなと。あと、僕は言葉数が多く、それを語るように歌ってきた人……友部正人さんとかね、そういう人にも影響を受けていて。やっぱり言葉とリズムに自覚的な人の歌に惹かれるところがありますね。(遠藤)ミチロウさんもそうでしたし、ボブ・ディランなんかも言葉の持つリズムにすごく自覚的だと思うし」

ーーそうですね。

「あと常に心掛けていることのひとつに、言葉が全部聞き取れるように歌うというのもあって、ミックスでもそれを念頭に置いていました。MVにした際、テロップが出なくても歌詞が入ってくる。そこは重要視しているんですよ。バンドの音で歌っていると、歌詞が伝わらないこともあるので」

ーーバンドの大きな音に負けないように歌って言葉を届かせるのは容易なことではないですもんね。

「今回はバンドサウンドだからこそ、より言葉がメリハリのある高揚感を伴って伝わるようにしたかったので、演奏だけじゃなく、歌を活かせるアレンジということも意識していました」

ーー歌を活かすために複雑なアレンジにしないってことですか?

「複雑にしないというよりは、すき間を作るってことですね。勢いよくいくところと余白、その両立を意識したんです」

リクオ with HOBO HOUSE BAND。
左から寺岡信芳、宮下広輔、高木克、リクオ、小宮山純平、真城めぐみ

「このメンバーならではの一回性の化学反応、相互作用の上に立った躍動感のある演奏を録音したかった」

ーー因みに『Gradation World』では森俊之さんがアレンジとプロデュースで入っていましたが、今回はリクオさんのセルフプロデュースですね。

「今作の曲のバンドアレンジはライブをしていくなかで完成されていったので、それをパッケージしたいと思っていました。けど、そうするにあたってプロデューサー的な存在が必要ないと思っていたわけではなかったので、それに近い役割として、今回のレコーディング・エンジニアでシンガー・ソングライターでもある笹倉慎介くんの存在があったんです。ボーカル・ディレクションも全部彼なんですよ。因みに10年前のアルバム『HOBO HOUSE』を録ったのが、当時は入間にあった慎ちゃんのスタジオで、そのときは彼が共同プロデューサーとしてクレジットされています」

ーー今回、ライブでのアレンジから変えた曲はないようですね。

「アレンジのベーシックを変えた曲は1曲もないです。HOBO HOUSE BANDのメンバーと録ることの意義をすごく考えていたので。基本アレンジに沿って、このメンバーならではの一回性の化学反応、相互作用の上に立った躍動感のある演奏を録音したかった。『Gradation World』以上にそういうライブ感とか生々しさをパッケージしたいと、レコーディング前から思っていたんです」

ーーライブの生々しさやダイナミズムをスタジオ音源にパッケージすることの難しさってあるじゃないですか。過去の偉大なライブバンドでも、そこに苦戦した例がいくつもあった。

「そうですね。僕にとって思い入れのあるバンド……RCサクセションにしてもボ・ガンボスにしても、そこには苦労していた印象があります。RCだと結局『RHAPSODY』がベストなんじゃないかと思うし、ボ・ガンボスは92年のライブ・ドキュメンタリー『HOT HOT GUMBO'92』がベスト作品じゃないかと思うんです。僕はなんとかそういうライブ盤とスタジオ盤の壁を超えて、”ライブ感のあるスタジオ盤”を作りたいと思っていた。正直、苦労はしました。いい演奏は録れたんですよ。でも、その演奏のライブ感をミックスで再構築する作業には時間がかかりました。慎ちゃんは根気よく付き合ってくれましたね」

ーー結果、成功してますよね。大音量で聴くと、ライブがそこで行われている感覚があります。

「嬉しいです。僕もかなり成功したと思っているんです。ライブの迫力とか高揚感とかをしっかり音源に残せたんじゃないかなと」

リクオ with HOBO HOUSE BAND

ーーでは、1曲ずつお話を聞いていきたいと思います。まず「リアル」。これをアルバムのタイトルにしようというのは、どの段階で決めたんですか?

「全曲のレコーディングを終えてからです。いろいろ考えたんですけど、この曲を1曲目にすると決めた時点で、アルバム・タイトルもこれだと思いました」

ーー今一番言いたいことがこれだった。

「この混沌とした状況を象徴する楽曲だと思うのと、あと、いろんなことを受け継いでいくのがロックンロールでもあると思っていて、この曲にはそういう要素も備わっているってことで」

ーーなるほど。

「あと、この曲はバンドの演奏と僕の歌がとてもよかったと思っているんですよ。高揚感の伝わるバンドマジックが生まれた名演であると同時に、自分のキャリアのなかでもベストと言っていいくらいにエモーショナルな歌唱を残すことができたと自負してまして。時間を重ねることで生まれたバンドの関係性と信頼のなかで、この演奏と歌を残せたことが嬉しいんです」

ーー世界は引き裂かれていて、それを目に焼き付けろと、”空を切り裂いて”やってきた君が言う。“君”の見た夢があり、そこに”僕”の見た夢を重ねあわせようと歌う。そのリアルであり、それ故の説得力だなと。

「最初のフレーズはRCサクセションの”ヒッピーに捧ぐ”のオマージュで。ここで語られている夢というのは、個人的な欲望に基づく自分勝手な夢ではなくて、誰かと重ね合わせて実現させていく夢なんです。清志郎さんが語っていた夢というのがまさにそれだったと思うんですよ。今こそまさに、”重ね合わせていく夢”というものが大切な時代だと僕は思うんです」

「自分の積み重ねてきた音楽生活と、そこでの人との関わり合いのなかに、いくつもの答えがあるなぁということを今実感している」

ーーそんな「リアル」に繋がっているようにも感じられるのが2曲目「Wadachi」。「アジャストしながら抗い続け」というフレーズがあって、今を生き抜くにはもうこれに尽きるなと。

「今の状況に対しての思いを歌っているのと同時に、自分の音楽生活と活動スタンスが曲のなかに反映されていると思っています。僕も先人たちの轍を辿らせてもらいながら、その先に新しい轍を作っている最中だといった自覚があるので」

ーーこの思いに辿り着くまでに、日々いろんなニュースを見て、咀嚼して、考えて、そうして長い時間を経た上でここでの言葉を紡いでいったんだろうなと感じたんですが、どうですか?

「ただ日々考えるだけでなく、その考えを自分の暮らしや音楽生活のなかで確認してきました。だから音楽生活のなかでの実体験が大きいと思うんです。自分の積み重ねてきた音楽生活と、そこでの人との関わり合いのなかに、いくつもの答えがあるなぁということを今実感しているところで。考えながら体験するし、体験しながら考える。そういう最中にあるなぁと思います」

ーー森俊之さんのオルガンがソウルフルで、宮下広輔さんのペダルスティールも味わいがあって。メンバーみんなの演奏がすごくいいですね。

「この曲の演奏がよかったのは、みんなで余白を共有できたこと。みんながグルーブに身を委ねることができている。余白がグルーブを生み出している。それは積み重ねてきたライブの成果だと思うんです。隙間を埋めない引き算の作業。それによって音を立体的に捉えることができる。奥行きができる。その感覚を共有できるのがこのバンドの強みだと思っているんです」

ーー「リアル」では「僕は歌うよ」と歌い、「Wadachi」では「この街から僕ら歌う」と歌っていますね。世の中はたいへんな状況だけど、歌うことをやめないと改めて宣言するかのように。

「そうですね。なんでも歌うし、社会とコミットしていくこともいとわない。ときどき恐れたりしながらも、そこはちゃんと歌にしていきたいと思っています。と同時に、物事をあまり強い言葉で断言したくないとも思っています」

ーー断言するのではなく、投げかけを歌ったり、そこに至る過程を歌ったりする。物事の結論めいたことがひとつ出たとして、でも別の立場で考えたらそうとは言い切れないんじゃないか、ということを踏まえて言葉にする。

「そうありたいと思っています。どの場所から見るか、どの角度で見るか、どの距離感で見るかで答えは変わってくるので。そういったことを意識しながら考えたり、発言したり、それを音楽に活かしたりしていきたいと思っています」

ーー3曲目「ハグ&キス」。これはどんなときに書いたんですか?

「コロナ禍に生まれたラブソングです。あの時期って、制限だらけでしたからね。基本的に僕がやっているのは、移動して、集まって、騒ぐってことで、パンデミックの時期に制限されることばかりだった。それはあの状況下では仕方のないことでしたけど、もしかするとパンデミックが収まっても自由の制限が進んでしまうんじゃないかという不安や危機感が当時の僕にはあったんです。実際、ある程度収束したら、世界各地で独裁化が進んでいたり、民主主義が制限される社会になり始めたりして、そうした状況を見るにつけ、自分の懸念していたことが現実化してきたなと感じたりもするし」

ーーそうしたなかで何より大事なのは触れ合うことだと。

「やっぱりフェイス・トゥ・フェイスというのは大事ですよね。人との関わり合いのなかで、僕たちは命を燃やし、気持ちや思いを捧げる。そういう瞬間が制限によって減ってしまったのがコロナ禍だったので」

「僕にとって酒場は大事な仕事場でもあるので(笑)、”酔いどれ賛歌”のような曲がレパートリーになるのは必然なんですよ」

ーー4曲目「友達でなくても」。これと11曲目の「君を想うとき」は、『RIKUO & PIANO 2』にピアノ弾き語りで収録された曲でした。

「その2曲は、実は『RIKUO & PIANO 2』のためにレコーディングしたときから、バンドで録音し直すことを考えていたんです。「友達でなくても」はコロナ前に作った曲なんですよ。初めはキャロル・キングの「きみの友だち(You've Got A Friend)」やビル・ウィザースの「リーン・オン・ミー」のアンサーソング的なイメージで書いたものだったんですけど、でもコロナ禍によって言葉の意味が大きくなった。パンデミックは国境とか人種を超えていくものだから、みんなで強力しないと乗り越えられないじゃないですか。孤立していたら乗り越えられない。だけど世界の多くの国が自国第一主義に向かっている。そうしたなかで歌の響きが変わった気がします」

ーー5曲目「君と僕とセカイの間」。これはアルバムのなかで最も躍動感のあるロックンロールで。

「躍動感があるのと同時に、自分で言うのもなんですけど、批評性のある曲だと思っています。“セカイ”というふうにカタカナにしたのは、前に”セカイ系”という言葉があったじゃないですか。それを意識しました。人と人とのダイレクトな繋がりをすっとばして、ネットの世界のなかで繋がっていく。カタカナの”セカイ”の物語に身を委ねていく。そのなかで得る万能感。そういう感覚が“セカイ系”なのだとしたら、それに対して僕はさっきも言ったように、やっぱりフェィス・トゥ・フェイスでダイレクトな関係を築きたい。それにはまず、お互いが違う生き物であり、他者同士なんだということを認識し合うことが大事だし、そういうめんどくさいプロセスを経てこそ強くて柔らかい関係性が築かれると思うんです。「この人、ようわからんな」「わからんけど、わかりたいな」。そう思って川を渡る。相手が渡ってこないなら自分が何度でも渡ろうと試みる。そういうプロセスを経ることでしか、寛容は生まれないんじゃないかと。たぶん、互いの距離を埋める旅というのはそうやって絶え間なく続けていくものなんだと思うんです」

ーーでも、それは辛いことなんかじゃないし、つまらないことじゃない。そのことがこの楽しそうな演奏に表れている。

「そうですね。ひたすら楽しく演奏しました」

ーー6曲目は「酔いどれ賛歌」。ライブでめちゃめちゃ盛り上がる曲ですが、ずいぶん前から歌っていましたよね。

「曲ができた2018年からライブで演り続けています。ライブレコーディングはされているんですけど(2020年に配信リリースされた『Gradation World Live』)、スタジオで録ったのはこれが初めてで。僕にとって、酒場は大事な仕事場でもあるので(笑)、こういう曲がレパートリーになるのは必然なんですよ。あと、真面目と不真面目のバランスを考えて、人間の愚かさとか業のようなものを歌った曲も収録したかったんです。無駄にも思える時間のなかにこそ豊かさとか愛おしさがあるものですからね。「酔いどれ賛歌」は間違いなく僕自身を表現した曲でもありますから」

ーー7曲目の「流れ星」もけっこう前からあった曲ですね。中村佳穂さんとのコラボで、作詞も一緒に。

「そうです。途中までメールとラインでやりとりして、仕上げは京都の僕の実家でピアノと電子ピアノを並べて、ふたりでああだこうだ言いながら仕上げました。共作したのは2016年です。ただ、これに関してはアレンジを変えてます。当時はふたりだけの演奏だったので。バンドでやりたいとずっと思っていたんですよ」

ーーほかの曲と少し毛色が違うので、アルバムのなかでいいアクセントになってますね。モダンだし、ラジオフレンドリーでもあるし。

「この曲のミックスに関しては、ダブや音響派的な要素も意識しました。元の演奏のダイナミズムも残しつつ、リミックス的な感覚も取り入れて完成させたんです。結果、HOBO HOUSE BANDの柔軟性や表現の幅広さも見せることができたと思います」

「枠からはみ出ていくことによって、また新しい化学反応が起こる。そういうことも僕は音楽から学んだんです」

ーー8曲目「アンサンブル」、9曲目「ミュージック・アワー」、10曲目「僕らのライブハウス」、11曲目「君を想うとき」。この4曲はどれも音楽そのものと音楽が鳴っている場所に対するリクオさんの強い信頼が歌われています。意識的に並べたんですか?

「そうですね。自分が演奏活動を通じて確認できた思想だったり哲学だったりがその曲たちに反映されていると思うんです。例えば「アンサンブル」は、音楽の調和と逸脱だったり相互作用だったりの曲であるとも言える。ひとつのグルーブに身を委ねることの気持ちよさは基本だけど、そこからはみ出していく要素を受け止めることも僕は大事だと思っているんですよ。枠からはみ出ていくことによって、また新しい化学反応が起こる。そういうことも僕は音楽から学んだんです。だから我がはみ出してもいいと僕は思うんですよ。思いがありあまって、はみ出てしまうのも大切な要素だったりする。キレイにまとまるだけじゃなく、そのなかで生まれる混沌みたいなものも大切だし、僕がロックやブルーズを好きになったのはそういう要素を含んでいる音楽だからだし。人間関係においても、はみ出すことを許し合えるほうがいいと思うし、そのほうが面白いですよね」

ーー「はみ出す」のが当たり前で、その前提で重なったり絡み合ったりしてユニークなアンサンブルが生まれる、っていう。

「はい。互いに化学反応を起こしていく、その様自体が希望だと思うので。「アンサンブル」の歌詞にも出てきますが、持続可能な希望というのは、僕は“まばゆい光”じゃなくて、”かすかな光”だと思っているんです。“かすかな光”は目を凝らさないと見えないし、自ら手を伸ばさないと届かない。そういう姿勢の共有が持続可能な社会に繋がっていくんじゃないかなと」

ーーそうですね。

「それは“利他”ってことにも繋がっていくんじゃないかと思っていて。要するに、自分が一方的に誰かに何かを施すみたいなことだと、自ずと自分が優位になり過ぎたり、無理が生じたりして持続しない。じゃあどのように利他というものを成り立たせるのかと考えたとき、僕はそのある程度の答えが自分の音楽生活のなかにあったなと気づいた。自分が一方的に相手に作用を促すのではなく、互いの関係性のなかで変わっていく。そこから思いがけない何かが生まれる。利他のあり方とは?と考えたときに、僕たちのライブのアンサンブルのなかにひとつの答えがあるんじゃないかと思って、その経験から「アンサンブル」という曲が生まれたとも言えます」

ーー9曲目「ミュージック・アワー」は、音楽そのものとそれが鳴っている時間に対しての信頼を歌っています。この曲はシティポップ的な軽やかさもあるのがいい。

「「アンサンブル」もそうですけど、日本のシティポップからの影響が確かにあります。ロックミュージックに目覚めて自我が形成される以前に、70年代後半から80年代半ば頃の日本の音楽……佐野(元春)さんだったり(山下)達郎さんだったり上田正樹さんのヒット曲だったりに、意識せずともかなり影響を受けていると思います」

ーー続く「僕らのライブハウス」では、タイトル通り、その場所に対しての思いが歌われていますね。

「ライブハウスをホールでのライブの足掛かりに考えている人もいますけど、僕にとってライブハウスは卒業する場所ではなく、ずっと関わり続けたい場所なんです。因みにここで言うライブハウスとは、飲食ありきのライブスポットという意味で、バーとかカフェとかも含んだ意味あいで使っています。これまで三宅伸治さんや友部正人さんがライブハウスについての曲を歌っていましたが、三宅さんと友部さんと僕の共通する思いは、ライブハウスは社交場でもあるということで。僕らのやっているのはそういう社交場を作っていくことでもあり、その場を大事にしていくことでもあるんです」

「ロックンロールって、その言葉が生まれたときから音楽性としては雑種で、だからこそ人種とか国境とかを超えて支持されたんだと思う」

ーー11曲目「君を想うとき」。これも『RIKUO & PIANO 2』に弾き語りで収録されていた曲でした。

「コロナ禍の最初に作ったのがこの曲なんです。当時は誰かと合奏することも人前で演奏することも許されなかったから、初めて歌ったのは自分が暮らす京都一乗寺からの配信ライブだったんですけど、そのときはビートを強調しないバラード調だった。ただ、曲を作り始めたときからバンドで弾けるように演奏したいというイメージがあって。僕のなかではそういう物語が続いていたので、今回バンドで最収録することはとても意味のあることでした」

ーー弾き語りで録音したときとバンドで録音した今回とで、新しい意味が加わるなどの変化はありましたか?

「弾き語りのときはもう少し切々とした私信的な要素が強かったんですが、それにプラスして、今回は再び出会えることの喜びだったり音を交わし合うことの喜びだったりを躍動感のあるサウンドで表現できたように思います」

ーーそして最後に収められているのが、「こぼれ落ちてゆくもの」。これだけはバンド録音じゃなく、リクオさんのピアノ&ヴォーカルと橋本歩さんのチェロとで奏でられています。

「この曲は年末にできちゃったんですよ。アルバムのなかで一番新しい。パンデミックを経て生まれた曲として今作のエンドロールにあたるような締めの曲になるなと思い、レコーディングしたんです。(橋本)歩ちゃんとはもうけっこう長くやっているので、安心して任せられる。『Hello!』(2016年)のチェロも歩ちゃんだったんです」

ーーそんな全12曲。改めてご自分で聴かれて、これはどういうアルバムになったと思いますか?

「感じ取る情報量の多いアルバムになったと思います。時代性と普遍性、官能性とヒューマニズム、洗練と粗野、真面目と不真面目、ローカルとアーバン。そうしたものが共存した、多面的な作品になったんじゃないかと。そういう意味で、自分が思うロックアルバムができたなと感じていますね。ロックンロールって、その言葉が生まれたときから音楽性としては雑種で、だからこそ人種とか国境とかを超えて支持されたんだと思う。その雑種性は、ローカルをなくすことではなく、ローカル性を含んだものだと僕は思っていて。ローカル性をつきつめると、僕は結局個人だと思うんですよ。今回のアルバムは時間をかけて得てきた自身のローカル性や多様性、雑種性が活かされた内容だと自負している。だから繰り返し聴いてもらいたいですね。状況に向き合いながら、さまざまな関りによるケミストリーを活かすことで生まれた作品ですから。自分ひとりの力や想像力だけでは決して成り立たなかった。そこが重要なんです。そういうプロセスを経てアルバムを完成させることができたのが自信にもなったし、誇りにも思っているんです」

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