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ザ・たこさん『名曲アルバム~ザ・たこさん傑作選~』ライナーノーツ

今日は、ザ・たこさんのベストアルバム『名曲アルバム~ザ・たこさん傑作選~』のライナーノーツを公開します。

『名曲アルバム~ザ・たこさん傑作選~』は、1993年に結成されたザ・たこさんが25周年を迎えた2018年(8月)にリリースした初のベスト盤。CD2枚組で、ディスク2には2017年5月7日に大坂・味園ユニバースで行われた『ザ・たこさんの無限大記念日5』(無限大記念日5周年記念ワンマン)でのライブ音源がまるっと収録されていた。

『名曲アルバム~ザ・たこさん傑作選~』ライナーノーツ

 1993年、大阪にザ・たこさんというバンドが誕生した。そこから25年。幾度かのメンバーチェンジもあるにはあったが、バンドは続き、今がまさに最良と言える状態にある。

 結成時からの不動のメンバーは、歌詞を書いて歌う安藤八主博とメロディを作ってギターを弾く山口しんじのふたり。ドラムのマサ☆𠮷永は2006年12月に加入し、2010年12月にベースのオカウチポテトが加入して現在の4人に。結成20年目の2013年にはオカウチが牽引する形で手打ちの野外フェス『ザ・たこさんの無限大記念日』が行われ、以来、それは形を変えながらも年に1度の自主企画公演として定着した。

 これまで形になって世に出たのは約80曲。25年でその数は、決して多いとは言えない。がしかし、その分1曲1曲が恐ろしく濃い。哀愁と励まし。泣き笑い。暮らしのリアルと見果てぬ夢。そんなものを歌い続けてきたバンドの、これはキャリア初のベスト盤だ。

 収録曲は安藤がざっくり選んだあとでメンバーそれぞれが点数をつけ、その総合点の高さで絞られ決定された。「あの曲も入れてほしかった」といった思いは聴く者それぞれにあるだろうが、それを言いだしたらキリがない。

 「マスタリングしながらちゃんと聴き直して、改めて“ええ曲、あるなぁ”思うて。まだまだいけるなと思いましたね。いかな!」(山口)

 「こうして昔の曲から並べて聴いてみると、徐々に洗練されてきた感じもありつつ。でも“女風呂”あたりからまた歌詞が幼稚になっていってますけどね(苦笑)」(安藤)

 たこの上にも四半世紀。“今はそんな余裕もなし”と歌っていたバンドも、今では“カッコイイから大丈夫”と明るく開き直り、今日もどこかで“お豆チョンチョンチョン”としながら人生の素晴らしさと美しさを伝えているのだ。

1.「猪木はそう言うけれど」。1999年発表の1stアルバム『蛸壺(タコツボ)』に収録された名バラード。動かねばと思っちゃいるがどうも思い通りにいかずに塞ぎ込む、そんなときにこの曲がどれだけ救いになったか。と、そういう思いで聴いてる人は多いはず。「当時はよくアンコールで自然発生的に“猪木コール”が起きてね。で、僕が出ていくという」(安藤)

2.「ドブ川の向こうに何がある?」。『蛸壺(タコツボ)』収録。このドブ川はどこまで続き、その向こうには何があるのだろう。子供の頃によくそんなことを考えたものだが、八主博少年もそう考え、ある日それを知るべくオンボロ自転車をキコキコ走らせた。「で、2時間くらい走ってどんつきまで行ったら、でっかい川に繋がって。それを見たときの感動は今でも残ってる」(安藤)。「そういう“スタンド・バイ・ミー”的な経験、ありますよね」(山口)

3.「夫婦茶碗」。2003年発表の2ndアルバム『フォンク兄弟』にも入っているが、ここでは2005年にコンバインレコードから出した7インチのバージョンを収録。「ディープなファンクを好きな人やDJの人たちが“いい!“って言ってくれはって。そっからファンキー色を意識して出すようになったんです」(山口)

4.「我が人生、最良の日」。『フォンク兄弟』収録。誰もが認める名曲にして、バンドの代表曲。「これ書いたとき、失恋してどん底やったんですよ。で、景気のいいこと言わな、やってられへんと。そうやって自分を鼓舞するために書いたんです」(安藤)。「酔うて、こけそうになりながら、“最高!”言うてね」(山口)

5.「漂流記」。『フォンク兄弟』収録。ライブの定番ではないが、熱心なファンの間で非常に人気の高い名曲だ。「これも“我が人生~”と一緒で、失恋して落ち込んでるときに書きました。居酒屋で酔うて寝てたら、店のママに“あんた、山頭火、読み”言われてね。初めてスタジオで歌ったとき、僕、ぼろぼろ泣いてもうて。だから思い入れが強いんです」(安藤)

6.「ナイスミドルのテーマ」。2006年発表の3rdアルバム『ナイスミドル』収録。ライブの超定番曲。「曲はいつも僕が書いてますけど、これに関しては安藤がイントロと“ナイスミド~ル、働く”ってところのコードを家でつけてきて」(山口)。「30代半ばの頃なんで、やっぱり中年を意識しだしてね」(安藤)。

7.「バラ色の世界」。『ナイスミドル』収録のザ・名曲。「寺尾聡“ルビーの指輪”のザ・ベストテン12週連続1位という記録を抜くくらいの名曲を作りたくて。ああいう歌謡ロックがやりたかったんです。できたとき、“これで天下とれる!”と思いましたね」(山口)。

8.「タング・ヤウン」。『ナイスミドル』収録。ライブの場面転換時に演奏されるインスト曲。

9.「いつからこんなに」。2009年発表の4thアルバム『ベターソングス』収録。「書いたのは確か98年。20代で作ったんですけど、若いやつがこんなん言うのはアカンやろ思うて、結局入れられたのは40代でしたね」(安藤)。

10.「モ・ベターライフ」。2008年の4曲入りシングル『チャンヂャ&キムチ,or DIE!!!』の1曲として発表された後、『ベターソングス』にも収録。「歌詞がいいですよね。“襟付きのシャツに着替えたら”ってとことか。晴れの日にパリッとして出かける雰囲気が、ポップな曲調と相まって伝わってくる」(𠮷永)。「そこはジャイアント馬場から来とんやで」(安藤)。

11.「サヨナラ生活」。『チャンヂャ&キムチ,or DIE!!!』に続く4曲入りシングル第2弾の表題曲として発表された後、『ベターソングス』にも収録。「モ・ベターライフ」と並ぶ、ザ・たこさんのポップサイド曲。「卒業シーズンの3月になるとよくやってる曲ですね」(安藤)

12.「突撃! となりの女風呂(On A Blow)」。2013年発表の5thアルバム『タコスペース』に5分ちょいのショートバージョンが収録されているが、ここで聴けるのは12分以上に及ぶ(ほぼ)ライブ通りのオリジナルバージョン。NAG TIME RECORDから出た初の12インチ・アナログの表題曲だ。「一発録りで10分以上やってますから、その生々しさと緊張感が伝わると思う」(安藤)。この12インチの発売時、バンドは銭湯でのライブを敢行した。

13.「お豆ポンポンポン」。2016年発表の6thアルバム『カイロプラクティック・ファンクNo.1』収録。「ルーファス・トーマスを聴いてたら、“うわぁえ~”って言うてるのが“お豆~”に聴こえて、できました」(安藤)。「安藤さんの歌詞がどんどん幼稚化してきて、その極みがこれかなと」(オカウチ)。「だから子供も喜んで真似してくれんねん。で、親が“やめなさい!”言うてな。ドリフとかと一緒や」(山口)。安藤がゾンビを豆で倒す珍奇なMVも必見。

14.「カッコイイから大丈夫」。『カイロプラクティック・ファンクNo.1』収録。なんと2017年のトヨタのテレビCMに大抜擢されて全国で流れた。「僕のフォルダに安藤語録があるんですよ。“カッコイイから大丈夫”っていうのも安藤がなんかの拍子に言うてて、ええなぁ思ったんでメモって、これで歌詞を書いてくれと」(山口)。「高見盛(振分親方)賛歌として作りました。高見盛、レジャー用の眼鏡かけてるけど、カッコイイから大丈夫やと」(安藤)

 さて、本作には約72分収録(CDの最大収録時間は74分なので、これがめいっぱい)のライブ盤もつく。NAG TIME RECORDから出たCD『見た目はZZトップ』(2014年)に2013年のライブテイクが7曲収められてはいたが、ワンマン公演を流れの通りに収録した所謂「ライブ盤」となると、これがキャリア初。2017年5月7日に大坂・味園ユニバースで行われた『ザ・たこさんの無限大記念日5』(無限大記念日5周年記念ワンマン)の大部分を収め、その熱狂の様を生々しく伝えるものとなっている。

 もちろん筆者も観に行ったが、このライブは近年のワンマンのなかでも特に内容のよかったもので、とりわけ低音部が強調された音圧と演奏のタイトさ、そしてメンバーの後ろで赤青緑と忙しく変化する電飾も相まって、疾走感のようなものが強く伝わってきた。安藤の声の出力も申し分なし。ライブバンドとしての現在地がしかと示されてもいたので、これが初のライブ盤になったのは非常によかったと、そう思う。

 結成25年目の躍動と矜持。だけどまだまだここからモ・ベター。たこは行く。さらなる高みへ、迷いなく。

                                                               2018年6月26日、内本順一

↓メンバーが選ぶ「名曲アルバム~ザ・たこさん傑作選~」思い出ベスト3

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このライナーを書くちょっと前、高円寺・JIROKICHIでのライブの前にお茶飲みながら4人に話を聞いた。文中のメンバーの言葉はそのときのものだ。紙幅の都合上、使用した言葉はほんの一部となったが(楽曲紹介中心に文を構成したため、作曲の山口さんと作詞の安藤さんのふたりの言葉が必然的に多くなり、吉永さんとオカウチくんの言葉をほとんど紹介できなかったのは申し訳なかったです)、長いバンドの歴史のなかでのいろんな話も聞き、インタビューの最後に「25周年を迎えて」の気持ちをひとりずつ聞いたりもした。

それをここで初公開しておきますね。

――じゃあ最後に、25周年を迎えての思いを一言ずつ。25年やってるのは、安藤さんと山口さんのふたりですが。
安藤: はい。25年。「教師生活25年」って(『ド根性ガエル』の)町田センセが言うてましたからね。あの町田先生と肩を並べたんだなと。まあでも、あの言い回しは苦節25年みたいなことですからね。僕ら、そうでもないですから。そんなに長くなかったというか。
――長くなかった。
安藤: そんなに長く感じなかったというか。
――あっというまですか?
山口: そうですね。まあ、毎日バンドやってるわけやないからな、オレら。町田センセは毎日やもん。毎日学校行ってる。オレら週一で会うぐらいや。町田センセは、かける7やから、そらたいへんや。
安藤: そうやな。オレがラーメン屋で続けてて25年やってたらそうやけど、それとは違うな。
山口: (町田先生は)一週間、毎日、先生やからな。
――今回のは、25年バンドをやっての初ベスト盤になるわけですが、感慨はあります?
安藤: まあ、ええ曲が多いないうのは、思いましたね。こういう機会がないと昔のアルバムとか聴き返したりしなかったですから。
山口: うん。マスタリングやってるときに思いましたね。
――これまで発表してきた曲って全部で何曲くらいあるんでしたっけ?
吉永: 80曲くらい。
――25年で80曲は少ないですけどね。
安藤: まあ少ないですね。(アルバムは)4年に1枚くらいですからね。
山口: ここから頑張って、曲、どんどん書いていくわ。25年目から。いや、でも、ほんまにあっちゅうまですよ。こっからもっとあっちゅうまなんやろな。だって、20周年って言って無限大(記念日)やり出したでしょ。そっからもう5年やから。もうメモリアルせなあかんってことは、ほんまあっちゅうまやで。
――そうですね。
山口: ついこの前、正月だったのに、もう半年終わったわけやからね(*このインタビューをしたのは6月)。早いですよ。これからもっとそうなりますよね。だから早いこと、曲書いていかんと。流されていきますから。
――そうですよ。頼んますよ。次は傑作を作らないと。
山口: もうね、作りますよ。メロディアスなやつを。
オカウチ: ABCあるやつをね。
吉永: AB展開の曲が多いから、ABC展開を考えてきてくださいって、僕、前に言うたんですよ。でないと、売れないから。パッとせえへんって。
山口: まあなあ。でも、ベスト盤作って、ちゃんとこうやって聴き直せて、ええ曲あるなぁ思うて。まだまだいけるな思いました。
――オカウチくんは(入って)何年目だっけ?
オカウチ: 7~8年目ですかね。入った年が(バンド結成から)19年目だったんで。まだ26歳とかでしたからね。このバンドやってなかったら、どうなってたんだろ?って思いますけど。
――「無限大記念日」をやるようになったことは特に大きいよね。オカウチくんが言いだして、はじめは無謀やと言ってたメンバーをその気にさせて。
安藤: そうですね。
――ここまでやってきて、どう?
オカウチ: あっちゅうまでしたけどね。でもだいぶ変わりましたよ。僕が入ったときとかは、もうちょっと後ろ向きやった気がしますね、バンドが。
安藤: いやいや、一切そんなんないで。オレら。
山口: 後ろ向きや思ってたんか。アホか?!
オカウチ: スタジオ入っても、最初の頃は「思い通りにいかない」ってよく愚痴ってるイメージでしたから。
――後ろ向きってことはまったくなかったと思うけど、オカウチくんが入って、バンドが目標を設定して動くようになったのは確かによかったと思う。
オカウチ: 目標とか、最初の1年はなかったですからね。
安藤: まあ、なかったな(苦笑)
オカウチ: 「目標は? 」って言うと「現状維持や」って言うてましたから。まあ、いまもそういうとこあるけど。維持の仕方が変わってきてますよね。
𠮷永: ピュアなんですよ、山口さんはね。ええ曲を作ったら必ず売れるはずや、っていう。まあそうなんですけど、でもやっぱりそれだけではなんともならんってところを、オカウチくんがひっぱってくれて。
――𠮷永さんは何年目になるんでしたっけ?
𠮷永: 11年目ですね。早いですね。
――早いけど、まだ11年って感じもしなくもない。
𠮷永: まあでも、(バンドの歴史の)半分いってないですから。僕よりドンパッチ(*前任ドラマー、ドンパッチ芝野)のほうが長いわけでしょ? まあ同じくらいですかね。
――吉永さんが入った頃と比べて、どうですか?
𠮷永: ふたり(安藤と山口)の喧嘩は少なくなりましたけどね。僕が入った頃は、ライブのあと、呑んだら喧嘩。ライブ前から呑みに行って喧嘩してましたから。たいへんでしたよ。
――めんどくさいバンドに入っちゃったなと。
𠮷永: いや、ほんまに(笑)。「オレ、山口のことほんまに嫌いやねん」って安藤さん言ってて。山口さんも「安藤は許せへん」って。そんなんでしたから。いまは平和になりましたね。
――ははははは。
𠮷永: まあ25年目を迎えられてよかったなぁと。ふたりがどんな気持ちで25年迎えてるかわかりませんけど(笑)、僕は途中から入って、こんなん出せて、ありがたいなぁいう気持ち。30周年に向けて、もう一皮むけたいなと。
――30年目のバンドのビジョンは、どんな感じですか?
オカウチ: やっぱり武道館をなんとかしたいですね。
安藤: 30年……。5年後かあ。
――声はどうですかね?
安藤: 声は最近、前より出るようになってきてます。歌い方が勝手に変わってきてるんやと思うんですけど。
山口: 前より太くなってる気がします。
オカウチ: うん。
山口: 今回のこれ(ベスト盤)を聴いてても、そう思いますね。
――歳とってそうなってくる人は、そんなにいないですから。いいことじゃないですか。
安藤: 若い頃は無茶して声出してたからっていうのもあるでしょうね。昔はライブ1本やったら、次の日はガラガラで声出なかったですから。いまはあんまり無茶はしないで歌うてますね。
山口: わかってきたっていうことでしょうね。やっぱり長いことやると、いろいろわかってくる。あと、昔ほど呑まんようになってるのもありますね。

吉永さんが入って約13年半。そしてオカウチくんが入り、安藤・山口・吉永・オカウチの4人となって約9年半。見たことのなかった景色をたくさん見ることができた。いっぱい笑って、何度もグッときて、何度か泣いた。

ありがとう、マサ☆吉永。

ありがとう、オカウチポテト。

そしてまた、バンドは続く。音楽は続くし、人生は続く。

コロナ禍でいまはどのバンドもほとんど休止せざるをえない状況だが、ザ・ファミリートーンの新作を完成させた山口しんじと、去年ババハンドという新バンドも始動させた安藤八主博は、新しいリズム隊を迎えて、やがてまたザ・たこさんとして動き出す。

あと約3年で30周年。そのときどんな状態で、どんな景色を見せてくれるのか。

20年目に聴いた「我が人生、最良の日」よりも、もっとおもいっきりダブルピースした腕を高くあげて「人生ワンダフォー!」と大声で歌い叫んでいるオレ(たち)をイメージしながら、希望を抱えて待つとしよう。

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