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betcover!! @渋谷www

2021年8月29日(日)

渋谷wwwで、betcover!!。

この3年くらい、日本の自作自演歌手で僕がもっとも心を奪われているひとり。2018年の「セブンティーン - SEVENTEEN -」という曲は好きすぎて80回くらい聴いたものだ。

ナマでbetcover!!のライブを観るのは一昨年の夏フェス「夏の魔物」以来2年ぶり。今回はエイベックスとの契約が終わり、インディーになって初のワンマンだった(よね?)

凄かった。言葉にならないくらい圧倒された。バンドはある部分シューゲーザーのライブなみの轟音を鳴らしながら、しかしグチャッとした音ではなく、ひとつひとつの楽器の音(特にピアノがよかった)がちゃんと個性を持って鳴っていた。何よりジロウくんの歌がしっかり立っていた。後半のスロー数曲では「朗々と」なんて表現も遠くないくらいの感じで歌っていた。低から高の幅が決して広いわけではないが、しかしそれでも彼は「歌手」として個性的で優れたひとだと改めて思う。

数曲では、彼は指揮者のようにしてバンド音の強弱と終わらせ方を取り仕切っていた。またギターを弾くのを途中でやめて歌に徹したり。ピアノを弾いた曲もあった。

ドラムのロクローくんを始め、バンドのメンバーたちはみなジローくんの巨大な才能をどこまでも信じ、絵筆となって彼のビジョンを共に描いていこうとしているのだと感じた。彼らがいることで、betcover!!は深淵な音世界をそこに立ち現せることができているのだなと思った。

MC、一切なし。「ありがとう」の一言もなし。メンバー紹介もなし。ただ1曲1曲の演奏と歌に全身全霊を傾け、終わればまた次の曲を始める。「ありがとう」とひとつ言うだけで緊張感が損なわれてしまう、それを避けたい、という意思だったんだと思う。

そうやって言葉で繫げず、ただただ曲を順に演奏していくそのことで見えてくる壮大なストーリー、ドラマ性みたいなものがあった。それはどこかロードムービー的であった。デヴィッド・バーンの『アメリカン・ユートピア』みたいに、このライブをそのまま映画にしてほしい気もした。そうしたらそのドラマ性がよりハッキリするだろう。デヴィッド・バーンと言えば、ジロウくんは昔のバーンのように少し大きめのスーツを着てもいた。

betcover!!にキング・クルールの表現に近いものを感じるひとは少なくない。今回も少しだけそれを感じたところもあった。それとは別に、曲のなかで半音くらいずつずらしながら歌うという難易度の高い転調の仕方はブラジル音楽的であり、高橋徹也のやり方を僕はチラっと想起したりもした。そこは今まで感じたことがなかったところだ。ブラジル音楽とか最近聴いたりしているのかな?

カオティックなようでいて、ロマンティック。最後、ギターを鳴らしたまま投げ捨て、彼は何も言わずステージを去った。かつての無邪気さは最早なく、本気で音楽に身を捧げた男の、強い意志に貫かれたステージ表現。実に濃密な約1時間40分だった。

もちろんそこで売られていた新作CDを買って帰りました。まだちゃんと聴き込めてないけど、今作は過去最高に凄いというかやばい。別次元に行った感じがする。ほんと凄いよ、betcover!!

↑こちら、2年前の渋谷www公演の感想。

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