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糸奇はな、「体内時計」(2016年11月)、「ROLE PLAY」(2017年2月)、プレスリリース

今日はシンガー・ソングライターの糸奇はなさんが2016年にCDデビューした際に書かせてもらったプレスリリースを公開します。

初めに念のため書いておくと、プレスリリースとは企業・団体がメディアに向けて新商品や新サービスの情報・内容を知らせるために用いる文書のこと。音楽で言うなら、例えばレコード会社がアーティストのCDを発売する際、テレビ局やラジオ局や雑誌社やウェブ媒体や代理店に「それがどんなアーティストで、今度発売するCDはどんな内容で…」みたいなことを端的に伝えるために用意する文書のことで、通常それは一般読者の目には届きません。

音楽ライターの僕も「プレスリリースを書く」仕事をときどきするわけですが、でもその際自分は、「これはメディアに向けての文章だから」とことさら強く意識して書いているわけではありません。本来なら自分の目線よりもメディアの目線を意識した書き方、ターゲットメディアに合わせた書き方をすべきなのでしょうが、そこにこだわりすぎると零れ落ちるものが多くなる気がするので、(もちろんモノにもよりますが)基本的には消費者に読んでもらっても通用する書き方をしています。新しいCDのプレスリリースであれば、つまり僕はライナーノーツを書くのとほぼ同じ意識で書いているということです。

そういう熱量を持って書いているので、よく「このプレスリリースは媒体のひとだけでなく一般のひとにも読んでもらいたいんだけどな」と思ったりします。そのアーティストの聴き手/ファンのひとたちに届かないことを残念だなといつも思うわけです。

前置きが長くなりましたが、今回ここに公開するのも、そんな思いを強く持っていた、一般には未公開のプレスリリースです。

糸奇はなさんは、インターネット上でいくつかの曲を発表して注目されたあと、2016年8月に初CD『体内時計』の“手づくり版”を限定発売してキャリアをスタートさせたアーティスト。これまでにフルアルバムを(会場限定盤も含めて)3作、メジャーでのシングルも1枚出していますが、その唯一無二の表現を、僕はもっと多くのひとに知ってもらいたいし、知られるべきだと思っています。こんなふうになってしまったこの世界で、ひとりぼっちの思いを抱きながら生きているたくさんのひとに届くといいなと強く思うんです。

今日公開するのは、糸奇はなさんが2016年に『体内時計』(8月に手づくりCDをリリースし、それをリマスタリングして装丁も新しくした盤が同年11月にタワーレコード限定で発売された)でデビューした際に書いたもの。約2時間行なった初インタビューをもとにして、彼女がどういうアーティストであるかを中心に書いたものです。

続いて、明日は2018年8月にリリースした初のフルアルバム『PRAY』のプレスリリースを。明後日には今年1月にリリースした最新フルアルバム『VOID』のプレスリリースを公開します。ぜひ「読んで」「聴いて」みてください。

綺麗なものと奇怪なもの。確かさと曖昧さ。夢と現実。闇と光。
糸奇はなは、相反するふたつの側面の同居を描いて矛盾と表裏一体の真実を炙り出す。

糸奇はな タワーレコード限定1stシングル「体内時計」(2016年11月)、タワーレコード限定2ndシングル「ROLE PLAY」(2017年2月)、プレスリリース。

 「糸奇」という苗字からくるどこかミステリアスなイメージと、「はな」という名前からくるフンワリ柔らかなイメージ。名は体を表すというが、まさにその両方が分ち難く結びついた印象の女性だ。

 「糸」と「奇」を合わせると「綺」という字になる。「綺麗」の「綺」だが、「その一文字の中に“綺麗”という言葉と、相反する“怪奇の奇”“奇妙の奇”が入っているのが面白くて」その苗字を気に入っているそうだ。

 「一人っ子でしょ」と言われがちだが、兄がいる。「AB型でしょ」と言われがちだが、O型だ。「ちっちゃい頃からみんなの輪に入れず、ひとりで蝶々を追いかけてるような子」だったし、いまも「連れ立って行動するのが苦手。自己完結するのが好き」だそうだが、「そのわりに寂しがりや」。「扱いづらい性格だなと自分で思います」、そう言って笑う。

 滋賀に生まれ育ち、5歳からピアノを始めた。父親の仕事の関係で、小学2年から5年にかけての2年3ヶ月をスイスで過ごした。国際都市ジュネーブのインターナショナルスクールに通いながら欧州のさまざまな国を旅するなどして刺激を受けたが、一方で人種差別にも直面。「私の英語力が足りないばかりに伝えたいことが伝えられないもどかしさ、辛さがありました」。だが「言葉が伝わらないからこそ、純粋な友情が築けたこともあった。その時期に感じたことが、創作に大事に残ってます」。それが糸奇はなにとっての“表現に向かう動機”であったとも言えそうだ。

 スイスで過ごしたその時期、ロンドンに行ってアンドリュー・ロイド・ウェバーのミュージカル『オペラ座の怪人』を観たことも、音楽表現に向かう大きなきっかけとなった。「泣きながら、“私がクリスティーナになって怪人さんを幸せにするんだ!”って思ってました。衝撃を受けたし、憧れた。それで声楽を始めようと思ったんです」。『オペラ座の怪人』にそこまで魅せられた理由を、彼女はこう話す。「バレエの美しいシーンがあれば、猟奇的な殺人のシーンもある。キレイなものと見ちゃいけないような恐ろしいもの。それが表裏一体となってそこにあるのが面白いなって。音もパイプオルガンのクラシック的なものとギターの歪んだものとが両方あって、そういうところにも惹かれました」。

 中学に入って声楽を学び始めた。詞曲を作るようにもなった。「日記を書くのが好きだったので、詩も書くようになりました。でも“音楽にしないとこの言葉たちは誰にも受け取ってもらえないんだ”と思ったので、詩のために曲を作るイメージで始めて。声楽を同時期に始めていたので、裏声も地声もコーラスもマテリアルとして計画的に使いながら世界を表現したいと思うようになったんです」

 そして京都市立芸術大学の声楽科へと進み、卒業を期に2015年春から本格的に音楽活動をスタートさせた。「いまは本当に自分のやりたい音楽をやってますけど、それをやるためには大学で基礎をちゃんと勉強しないと、って思ったんです。まずはクラシックを学んで、声楽を自分のものにし、根拠を持って音楽ができるようにならなきゃって」。そして彼女はハッキリとこう話す。「自己満足でやってる気持ちはないですし、やっぱりもっと認められたい。私の音楽を聴いてくださる方がいつか増えたら嬉しいですね」

 もう少し糸奇はながどういう女性なのかを知ってもらおう。

 幼少の頃からさまざまなジャンルを耳にしていたが、小学6年で「これが自分にとっての一番の曲だ」と確信したのはキング・クリムゾンの「エピタフ」(『クリムゾン・キングの宮殿(原題:IN THE COURT OF THE CRIMSON KING)』収録)。「あの曲の色こそが自分の心の色だって、いつも思うんです」。プログレが好きで、ほかにピンク・フロイドの「タイム」(『狂気(原題:The Dark Side of the Moon)』収録)も大のお気に入りだそうだ。

 また、英国のニューウェーブではスージー&ザ・バンシーズから影響を受けており、特に3rdアルバム『カレードスコープ』収録の「ハッピーハウス」が「人生で二番目に好き」。「タイトルに反してイントロから不穏だし、結局“私は窓から見てるだけ”という歌詞もいいなぁと」。ほかにレディオヘッド、ビョーク、シーアなども好んで聴くという。クラシックで特に好きな作曲家はショパンとドビュッシー。また井上陽水や加藤和彦といった邦楽も聴き、特に井上陽水は独特の歌詞に、加藤和彦はヨーロッパ3部作(『パパ・ヘミングウェイ』『うたかたのオペラ』『ベル・エキセントリック』においての音使いに惹かれたそうだ。

 では、音楽以外でのフェイバリットはなんだろうか。その答えは相当ユニークで、プロフィールを見ると次のようなものが並んでいる。

 「刺繍」「セーラー服」「V字前髪」「歯」「信号」「モールス信号」「メロトロン」。

 例えば「歯」が好きな理由は、「言葉は口から発せられるけど、歯がなかったら発音できない言葉もたくさんある。見た目はカワイイけど、ひとを噛み殺すこともできる。その表裏一体さに惹かれますね」。「信号」が好きな理由は、「青が進めで赤が止まれというふうに、色と光だけでひとに命令できて、当たり前のように誰もがそれに従っているのが面白い。宇宙人が地球に来て信号見ても、それには従わないと思うんですよ」。

 子供から大人になる間にみんなが当たり前のように受け入れる「常識」に対し、いまも引っかかりを持ち続ける。そういうある意味での純粋さ・頑固さが、糸奇はなの表現の根底にはある。

 彼女はロールプレイングゲームに対しても特別な思いを持っている。「世界観がしっかりしていて、音楽もピタッとハマっているもの。それを私は一種の総合芸術のように捉えているんです。しかも映画やミュージカルと違い、自分が主人公になってその世界を歩いていける。経験値を稼いで工夫して戦ったりしないといけないことから、思い出も積まれていく。自分もいつかゲームを作るのが夢ですね」

 このような言葉や好きな音楽の背景からもわかるのは、彼女はひとつの「世界」を表現したいのだということ。ここではないどこかの世界。あるいは空想と現実の狭間に存在する世界。彼女は言う。「例えば現実が辛くてそこから目をそらしたくなったときに、私の作った曲の世界に入り込んで救われたような気持ちになってくれたら嬉しいですね」
                   
 糸奇はなは、歌唱、作詞作曲、編曲、打ち込み~楽器演奏までをひとりでこなす音楽家だ。また、イラストや漫画を描き、版画もするマルチな表現者でもある(既発のシングル『体内時計』と『ROLE PLAY』の手づくり盤は、いずれも彼女の手刷りによる版画がジャケットになっている)。ゲーム曲を大胆にアレンジしたカヴァーをYouTubeやSoundCloudにあげ、初めはその世界の愛好者やクリエイターから注目されたが、本来認められたかったのはやはりオリジナル曲。現在はそっちをメインにした活動にシフトチェンジしているところで、その独特の世界観と音楽性に高い評価が集まっている。

 ゲーム『Undertale』の作者であるトビー・フォックスはこのようにコメントしている。「ゲーム曲のカヴァーで糸奇はなを見つけたけど、オリジナル曲も最高だって知って嬉しかった!   ノスタルジックで心から離れない、まるで長らく失われていた伝説のようだ」。

 いまあるオリジナル楽曲はデモを含めて80曲近く。2016年8月に発表された初の完全手づくりCD『体内時計』が音楽関係者の目にとまり、リマスタリングされて装丁も新しくなった同タイトル作品が11月にタワーレコード限定で全国発売された。

 オルゴール音がどこか懐かしさを醸し出すイントロから、オーケストラ編成に似せた壮大な音へと一瞬で移行。旋律は哀しくも美しく流れていくが、何度かノイズ音が挿み込まれる。それによって「いま」と「いつか」、「現実」と「非現実」の間に生じた時差、あるいは自分とひととの感情的な時差を表現している「体内時計」は、3年前に書いた曲だそうだ。「そのときの気持ちが時間を超えていま多くのひとに届くことは、自分にとってすごく意味のあることだと思います」と彼女。

 またカップリング曲「マジックミラー」は夜の遊園地を想起させる音が印象的なワルツのタッチの曲で、“こちら側”でひとり踊る自分と鏡の向こう側の自分との認識の転倒を幻想的に描写。いずれの曲も時間感覚や境界線のズレと歪みを表現している。

 その『体内時計』に続いて、12月には手づくりシングルCD第2弾『ROLE PLAY』をリリース。ゲームに使われる電子音に始まり、まさしくRPGの世界に入り込んだ“ぼく”の感情を描いているようでありながら、それを見ている“こちら側”の自分自身がそこにいることも聴き手に理解させる、だまし絵のような構造の曲だ。これは「マジックミラー」と同一の手法と言えるだろう。

 一方カップリング曲の「Nightmare」は、ビートの効いたロック的フォルムの英語詞曲。この曲じゃないが、「よく斬新な夢を見るんです。それが夢なのかどうかもよくわからなくなったりして」と彼女。その夢と現実の境目をなんとか形にするべく、糸奇はなは音楽で立ち向かっている……ようにも思える。


  ここまで述べてきたことからわかるように、糸奇はなは相反するふたつの側面の同居を描くことで、矛盾と表裏一体となった真実を炙り出す。綺麗なものと奇怪なもの。可愛らしさと狂暴さ。純粋さとどろどろした感情。懐かしさとリアリティ。確かさと曖昧さ。闇と光。夢と現実。永遠と儚さ。いまといつか。こことどこか。彼女のなかにもそれらが混在し、それが彼女ただひとりの歌になる。

 しかしながらメロディは決して抽象的ではなく、曲によっては壮大にしてドラマチック。また、声楽で鍛えられた歌声の伸びやかさと美しさも特筆すべきものだ。

 これから彼女はどんなやり方で、どんな世界を作り上げていくのか。楽しみに見続けたい。

(2016年、内本順一)










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