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"Weak Ties"を大切に

 「人間到る処青山あり」という故事成語があるが、私の場合は語呂合わせで「人間到る処仲間あり」と常々思っている。45歳の時に勤務していた銀行が破綻して国有化されるなどピンチが続き、「金」運に恵まれたと思ったことなど一度もないが、「人」運に関しては強運の持ち主だと思っている。大勢の友人や知人に恵まれ、厳しい状況にある時も気遣ってもらってここまでやって来れたことには、本当に有難いことだと感謝している。
 しかし大した能力もない私のような凡人が、どうしてこんなに素晴らしい友人、知人と巡り合うことができたのか、今でも信じられない思いでいる。そんな思いに浸っている時に出会った言葉が、「ウィーク・タイズ  ( Weak Ties )」という学問用語だった。東京大学社会科学研究所の玄田教授の著書「希望のつくり方」(岩波新書)にそのことが解説されていて、「ウィーク・タイズこそ人生を心豊かに過ごす仲間づくりのキーワードだ!」と妙に腹落ちしたことを今でも覚えている。まるで息子が幼い頃見ていたテレビアニメのようだ。キン肉マンが窮地に陥ると決まってバッファローマンなど仲間が「友情パワー」を発揮して助けに来る。まさに、あれだ!と思った。

 玄田教授の著書によれば、もともとこの考え方は米国の社会学者であるマーク・グラノヴェターが提唱した転職に関する仮説の理論にあったようだ。即ち、自分と異なる情報を持っている人との緩やかなつながりが、転職を成功させる条件として重要であるとして、この自分とは違う環境にある人とのたまに会う程度の緩やかなつながりを「ウィーク・タイズ」と定義した。
 これに対して、同じ組織の同じメンバーの強い結束を示す「ストロング・タイズ  (Strong Ties)」は、終身雇用や年功が維持されている時代では強力なツールだったかもしれないが、今の不安定で変化の激しい時代にはどうだろうか。もはやコネ(縦の人脈)が通用する時代ではない。むしろ自分と違う世界に生きている人達と緩やかなつながりを持つことが、多くの可能性ややりがい探しにおいて大きな意味を持つのではないだろうか、と指摘している。私も全く同感である。
 ただ、私は、転職など功利的な意味合いでウィーク・タイズの効用を狭義に解釈し強調することにはやや疑義がある。私は「互いに共感して温かく見守り、時には互いに切磋琢磨して、人生を心豊かに過ごして行く良き仲間」としてウィーク・タイズの存在は極めて大きいものと信じている。

 さて、思い起こせば、私が大勢のウィーク・タイズに恵まれる切っ掛けとなったのは、銀行で3回11年に渡って広報業務に携わる機会を得たことが影響していると思っている。日本銀行本店内の日銀金融記者クラブにたむろする大勢の新聞記者、自行の売り込みに日参する各行の広報担当、記者クラブでは努力次第で会社の背番号を超えた関係作りができた。記者も広報担当も立場を離れて交わりを深めた記者クラブこそ、私にとっては「ウィーク・タイズのインキュベーション(孵化器)」だったと思っている。
 記者は記者クラブを根城に記者個人の正義感や信念に基づいて記事を書く。会社方針や上司に当たるデスクの指示通りに記事を書くわけではない。そういう意味では、「記者」職を志して入社した記者は組織への帰属意識は一般の会社員より希薄な存在かもしれない。一方で広報の仕事に長く携わっていると、銀行幹部の言う事より記者の言う事の方が正しいと思うことがしばしばあり、銀行から給料をもらっていることも忘れて、記者と一緒に銀行を批判したい気分に駆られることも多くなる。こうして双方、組織への帰属意識が曖昧な者同士が意気投合し、自分とは異なる環境で未知の情報や価値観を提供してくれる記者の皆さんを媒介にして、ウィーク・タイズを形成する機会を得たものと感謝している。

 ちょうど大手銀行が、MOF担が兼務していた広報業務を切り離して広報室を設置し始めた頃だった。記者も広報担当もまだ30代半ばで若くて血気盛んだった。行内では偉そうにしているが取材となると逃げ回る役員など、広報担当が抱く共通の不満が妙な連帯感を醸成してか、いつしか勉強会と称する定期的な飲み会がいくつも立ち上がった。私も「倫論会」「マリオン会」「金融問題研究会 (金問研)」「阿吽の会」などに参画した。更にいろんな会で親しくなった者同士が新たに会を立ち上げ、大蔵省や日銀幹部、シンクタンクや若手の企業経営者などを巻き込み、ウィーク・タイズの輪がどんどん拡がって行った。
 こんな勉強会からメガバンクの頭取や大手生保の社長も誕生したが、互いに30歳過ぎの若い頃からの付き合いで、今もたまに会えばすべて対等に「おい!」「おまえ!」の関係が続いているのも有難いことだ。
 
 今の時代、帰属する組織だけを頼りに生きて行く時代ではなくなったように思う。大上段に振りかぶった偉そうな物言いになるが、日本の将来を担う若い人達にとってもストロング・タイズに依存せず、新しい人間関係としてウィーク・タイズを一人ひとりが身に付けて広げて行って欲しいと切に願っている。
 しからばウィーク・タイズと出会って、その関係を長く良好に保って行く秘訣は何だろうか。私は相手の方に対して共感を示す姿勢と、一方で、自分のことで頼み事はしない、相手の方から頼まれたことには誠実に対応する、ことに尽きると思っている。
 金融危機当時、私も転職先など相談したい思いにかられた時もあったが、「頼み事をした瞬間に対等な関係は崩れ、親友やウィーク・タイズとの関係は終わってしまう。」と言いかけた言葉をぐっと飲み込んだ。親しい仲にあっても、互いに持つべき緊張感や矜持にこそ、大切なウィーク・タイズを守り、育んで行く秘訣があると信じている。

参考文献:玄田有史著「希望のつくり方」(岩波新書)、他
(写真:中札内のフェーリ・エンドルフ付近。麦畑の向こうに沸き立つ雲)

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