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かっこう料理店

しずかな湖畔の森のかげから
もう起きちゃいかがと
かっこうが鳴く
カッコウ カッコウ
カッコウ カッコウ カッコウ

 道案内をしてくれる息子からお店の名前を聞いた時、小学校の音楽の授業で輪唱した歌が思わず頭に浮かんだ。湖畔にあるわけではないが、帯広市郊外のかっこうがいかにも棲んでいるかのような森の中に目的の「かっこう料理店」はあった。北海道河西郡更別村字勢雄317-8。店の住所だけ見ると人を寄せ付けない僻地にあると思われるかもしれないが、帯広市中心街から車で30分程の距離にある。

 道路脇にうっかり見過ごしてしまいそうな小さな立て看板が出ていた。車を降りて森の中の小径を歩いて行くとおもむろに年季の入った木造二階建ての一軒家が目に入って来る。軒先に暖簾が優雅にかけられていて料理店の中がどんな室礼(しつらい)になっているか、いやが上にも興味が湧いて来る。玄関の引き戸を引いて中に入ると三和土があり、踏み石で靴を脱ぐ。障子戸を開けると、森の緑に向けて大きく開かれた窓のあるダイニングキッチンが目に飛び込んでくる。どうやらご夫婦二人で切り盛りしているようである。

 献立は「やさいごはん(2,000円)」と「とかちごはん(2,500円)」の2種類のコースのみ。営業時間は原則平日11:00~15:30。予約制で11時、12時、13時、14時、各時間に2組の席を用意して、各組90分の交代制としている。不定休で実際の営業日は月の半ばあるかないか。この料金と営業時間にこそ、ご夫婦の多くを求めない生き方への拘りをつい感じてしまう。

 我々三人は「やさいごはん」を二つ「とかちごはん」を一つお願いした。「とかちごはん」には「やさいごはん」のコースに主菜が付く。その日の主菜は「忠類秦牧場の放牧豚ロースト、更別これ一本ソース」であった。
 先付けは「旬野菜の寒天寄せ」。二品目は「かっこうサラダ」。旬野菜にお豆、どんぐりの村ポテトチップス、海苔、シャドークィーン、ビーツ、シナモン花豆など。三品目は「野菜料理いろいろ」。有機大豆のお豆腐の胡麻だれヤッコ、大根とブロッコリーのフライ、ラタトゥイユ、更別産とうきび入りの長いもサラダ、知内産ニラ入り出汁巻きたまご。
 更に「土鍋ごはん」をテーブルごとにひとつの土鍋で炊き上げてくれる。
お米は東川、和合の杜の自然栽培米と北海道産ななつぼしを使用。しかも「更別産キャベツと肉味噌のご飯」と「更別産すももとかっこう畑のお豆
ご飯」の2種類から好みで選ぶことができる。我々三人は後者を選んだ。「お味噌汁」は白菜、北海道産大豆のお揚げ、ネギ。「甘味」は甘酒豆乳寒天ときなこクッキー。飲み物は宮崎県産有機抹茶。といった具合。

 中でも我々三人が思わず「うまい!」と唸るように感動したのが「かっこうサラダ」だ。野菜そのものの旨味でこんなにも美味しいサラダをご馳走になったのは久しくなかった体験だった。十勝の恵みをまるごといただく感動は、やぼな形容詞で飾る食レポでは到底伝えられない。
 普段サラダというとドレッシングの味に引っ張られてどんな野菜を食べても同じ印象になる。ドレッシングの味で食べることに慣れてしまって、野菜そのものの味を味わうことを忘れてしまったからだろう。
 ここではあくまで野菜が主役である。「かっこうサラダ」はたくさんの野菜が思う存分自らの旨味を発揮して奏でられる、まるで野菜のシンフォニーのようだ。マエストロが数多くの楽器の音色を巧みに引き出しシンフォニーを演奏するように、野菜の旨味を引き出すマエストロとしてオーガニックの調味料など隠し味に工夫が凝らされているのだろう。お店の「秘伝のたれ」のようなものなのか、「本日のおしながき」を見ても流石にこのことは種明かしをしていない。本日提供された野菜は全部で47種類!末尾に紹介しているので、とくとご覧願えればと思う。

 東京出身の店主の渡邊正和さんは地元の帯広畜産大学卒業後、料理人を目指して東京西荻窪の老舗に修行に出た。やがて畑をしながら料理店を開きたいという夢を叶えるため北海道に舞い戻る。同じ大学の同級生だった智子さんと一緒に日高山脈が美しく見える更別村に引っ越して、2年越しでこの森と出会い、念願の料理店を開いたのは今から10年前のことという。
 食事を終えて店を後にする時に思わずご夫婦に「テレビには出ないで下さいね!」とお願いしてしまった。ご夫婦がかっこう料理店を通じて今後どのような静かな物語を紡いで行かれるのか、楽しみである。
 店主の渡邊さんに伺うと、冬にはおでんを出していてこれがなかなかの評判らしい。雪に埋もれた静かな森の中の一軒家で、ふうふう白い息を吐きながら食すおでんのうまさは格別だろう。おでんの出汁はどんな風味だろう。具材はどんなものを出してくれるのだろう。更別村の森の中にあるかっこう料理店のおでんを食べることだけを目的に、帯広空港まで飛んで行きたい抑え難い衝動が冬の到来を待たず日に日に募って来る。

7月12日に「本日のおしながき」に記された本日の野菜
更別産 ビーツ、黄色ビーツ、長いも、玄小麦、白インゲン、金時豆、花豆、黒千豆、青大豆、小豆、くらかけ豆、すずまる大豆、シャドークィン、インカのめざめ、ほうれん草、小松菜、大根、スナックエンドウ、ナスタチウム、カブ、ズッキーニ、きゅうり、ピーマン、レットカランツ、水菜、紫水菜、レタス、フキ、カリフラワー、サニーレタス、リーフレタス、ディル、白菜、ラディッシュ、セロリ、大葉、コスタレス
北海道産 ネギ、レタス、紫キャベツ、人参、ゴボウ、トマト
道外産 ナス、新玉ねぎ、ミニトマト、以上47種類。

  (写真は帯広市郊外、更別村の森の中に佇む「かっこう料理店」)




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