Juni

日本の高校で教えています。・・と言っても、授業・試験・評価は担当していません。その代わ…

Juni

日本の高校で教えています。・・と言っても、授業・試験・評価は担当していません。その代わりに「探究学習」と「創作学習」を実践しています。教育特区の通信制高校の通学課程「アート&サイエンスコース」で個別最適化指導を実験的に推進中です。

最近の記事

魚類への寄生虫の報告論文(前編)

 昨日から論文形式で、原稿の草稿に着手しました。論文と言っても、厳密には学会発表の予稿集です。しかし、フォーマットは論文形式を求めており実際、学会の支部会が刊行するISBNコードを持つ学会誌の中に印刷されますので、国会図書館にも刊行物として献本される仕組みだろうと思います。  残り半分を、今日と明日で仕上げないとなりません。半日しか時間が割けない事情があるので、緊張は半端ありませんが、何とかなるのでしょう。  私は原則、五分五分より勝算が見込めると判断したら、自分で自分に

    • 報告書は時系列順、論文は論理で再構成

       日本の大学入試は、予め作られた問いを解答し、正解であれば得点される方式(減点法)であるが、例えば英国の卒業試験(GCSE、A-level)は大学出願条件と対を為し、論述式(加点法)である。世界標準の国際バカロレアも基本的に同じである。日本の入試問題だけパターン化されてしまっている。  日本の大学であっても進学後、さらに卒業後、仕事に就いてからも論述が不得手だと非常に苦しむことになること間違いない。第一、まとまった長文を書く力がないと、自分の思考を深めたり意見を交換すること

      • 高校らしい「研究像」を求めて

         昨日、大阪府で開催される学会の全国大会の高校生部門にエントリーしている研究発表会の要旨締切日でした。とてもハイレベルな学会で当初、遠慮していたのですが、追加募集があって、応募してみることを決断しました。  この学会の常連である後輩筋に当たる地方大学の教授に「来ますか?」と相談してみたところ、あいにくと行けないというお返事に加え、ウチの生徒では、恐らくビビってしまうほど内容はハイ・レベルだと聞かされました。  確かに、そうだろうと想像します。が、実験科学の始まりは気づきや

        • 「要約」するだけ vs 自分自身の「拘り」

           昨日(21日)、大阪府の生物教員グループの研究会で学術講演に大阪校の理科室へ来て戴いた講演記録を研究会誌に残す原稿を脱稿しました。名古屋大学の須藤斎准教授ですが、新年早々、南極海の航海へ合流した模様です。  典型的な日本人は、この状況下だと講演内容を要約して書くものと考える人が大半だと思います。日本では客観的な「情報」が高級だとされており、主観的な「オピニオン」は低級で、不要とまで誤解されていると感じます。  これが、日本の学校教育の歪みから来ているのは、私が英国の大学

        魚類への寄生虫の報告論文(前編)

          半完成品を完成させていく過程=学び

          学校教育は、完成された教科書を見せています。これでは学びのモーメントが発生する道理はありません。学校教育で人が育つ仕組みは、未解明です。 そこで、本サイトでは原稿の執筆過程を一般公開して行こうとしています。ただし、イキナリではお互いにキツイので、先ず総括的な解説から段階的にその時の旬の材料を用いて執筆過程の公開へとコマを進めることにします。 今回の題材は、教員間の研究会(エネルギー環境教育関西ワークショップ)に提出した配布資料です(状況説明は、公式ブログ記事をご参照下さい

          半完成品を完成させていく過程=学び

          文章を書く前段階で心掛けておくコト

          人は、書く内容があるから書くのだと思っているのではないでしょうか? 事実は、あに図らずや・・です。現実は、人は書きながらにして新たに書く内容を見つけて行っている・・と言うのが真実でした。そこを暴きます。 この重大な事実は当然、学校教育課程の中に組み込まれているべきなのですが、日本の学校教育はことごとく、ペーパー試験による偏狭な「正解主義」の魔界に陥ってしまっています。そして人のホントの才能を損ねています。 これは、各種の英語の試験(大学入試でもTOEICでも)で満点を取得

          文章を書く前段階で心掛けておくコト

          人間が成長する仕掛けとは?

          多くの人が十分な準備をして、準備した通りに達成することを「成功」だと思い込んでいます。要するに、偏差値70の学校を受験するのに、60の生徒が偏差値を10あげて70にして、守備よく合格したことを成功だと捉えてます。 私は、そう思いません。それは単に予定したことが予定した通りに終わったという「作業完了」に過ぎないからです。が、人間の思い込みは根強いので一旦、信じ込まされると、なかなか呪縛から逃れることは至難のワザです。 私は、自分で実験をしてみて気づきました。入念に発表準備を

          人間が成長する仕掛けとは?

          noteをはじめたワケ

          私は日本生まれの日本育ちなので、いわゆる純ジャパですが、2000年に日本を飛び出し、英国へ渡りました。そこで知ったのが閉ざされた日本と海外の学校教育の違いです。一旦、移民したものの、”生まれた国に対する責任”という不思議な感情を感じ、日本の教育改革に貢献したいと身を投じました。 どうも自分は日本の学校教育の弊害を受けてないレアな人間と幼少時より薄々、感じてきましたが、いろいろ挫折してきた高校生を目の前にすると、違いが浮き彫りになってきました。そのギャップを知って、埋めていく

          noteをはじめたワケ