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小説「鎗ヶ崎の交差点」

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この小説は東京の城南地区(渋谷、中目黒、三宿)を舞台にクラブ文化隆盛の時代にDJを夢見たどこにでもいる男の十年間の恋愛を描いています。そして高校生ブームの中で十代を過ごし、200…
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小説 「鎗ヶ崎の交差点」 あらすじ

この小説は東京の城南地区(渋谷、中目黒、三宿)を舞台にクラブ文化隆盛の時代にDJを夢見たどこにでもいる男の十年間の恋愛を描いています。そして高校生ブームの中で十代を過ごし、ロストジェネレーションと呼ばれながら2000年代前半に青春を過ごした世代に向けた青春小説でもあります。夢を追い、諦めて。恋をして、失って。40代を目前としているのに大人になれない僕達の物語です。 全39話です。物語のモチーフとなった場所の写真もアップしています。本日夜から投稿いたしますので、よかったら読ん

小説「鎗ヶ崎の交差点」①

             君と彼の幸せを祈って 「私達はそういうんじゃなかったんだよ」  僕は今でも彼女が言った言葉を忘れる事ができない。  一緒に過ごした短い時間の中で、彼女はあまりその大きな瞳を僕に向けてくれる事はなかった。彼女はいつも僕には見えない未来を見据えていて、僕はその視線の先に怯えていた。しかしこの時だけ。別れを告げる時だけ、彼女は決意を込めた瞳で僕を見つめた。  僕は二人の出会いや、育った環境の類似性や彼女の為にしてきた自分の功績を並べて引き止めようとした。

小説「鎗ヶ崎の交差点」②

 二十三歳の時の僕は自信に満ち溢れていた。  その自信は経験や何か強力な後ろ盾から作られたものではなく、ただ若者が纏うありがちな根拠のない恥ずかしい思い上がりだった。  しかし反面、不安を思い上がりに隠している側面もあったと思う。本当はどこかで、自分は特別な人間ではないのではないかと迷いながら、そんなことはないと言い聞かせて虚勢を張って生きていたのだ。  周りの人間とは違う、何か大きな事を叶えられる人間だと思わないと、社会に出て行く同世代の人間達に感じる劣等感や不安や焦りを掻

小説「鎗ヶ先の交差点」③

 土曜日になると実家からほど近い三宿通りに家の車で向かった。当時はカフェブームで、その発祥の地が三宿だった。最寄りの駅も遠く、陸の孤島にある通りにはカフェが溢れていた。  まだ駐車違反の取り締まりも厳しくなく、渋谷や下北沢に近いわりには訪れにくいその通りには西麻布のような特別性が生まれ、アーテイストや成功者が夜な夜な集まっていた。  僕はその三宿通りの一番奥にあるカフェで週末にレギュラーのDJをしていた。 「おはようございます」  夜十時を過ぎているのに芸能人気取りの挨拶をし

小説「鎗ヶ先の交差点」④

 次の週の朝方。知花が一人で店に現れた。彼女は僕を見つけると笑顔で手を振った。僕もヘッドフォンをしながら手を挙げて応えた。また会えた嬉しさをおし隠して。  僕は知花を盗み見ながらDJを続けた。時折目が合うと、彼女は微笑んだ。僕はその度に照れて下を向いた。この時ほど、自分のDJの時間が早く終わらないかと願った事はない。  やっとDJを終えて知花のテーブルに座ると、カナさんが意味深に微笑みながら二人分のラムコークを出してくれた。僕はその微笑みに気付かないふりをして、知花との話を続

小説「鎗ヶ崎の交差点」⑤

 青山の骨董通りにあった地下二階建てのレストランには多くのモデルやタレントや業界関係者と思われる客が集まっていた。このレストランも三宿のカフェを運営している家具屋が経営をしていた。  一階のレストランでのレセプションが終わると、地下に作られたダンスフロアですぐにパーテイーが始まり、煌びやかな社交場と化した。  僕は場違いな空間の中で居場所もなく、フロアの隅で緊張しながら自分の出番を待っていた。佐々木とは会場に入るときに言葉を交わしたがすでに酔っていたようで「ああ」とだけ言われ

小説「鎗ヶ崎の交差点」⑥

 理想の女性を手に入れたとは言え、たった一回のDJが上手くいったくらいで表舞台に出られるほど、音楽の世界は甘くない。  青山でのDJ後、僕の元に他のイベントの出演以来はなかった。佐々木からも何も連絡はなく成功者の集まる村の一員になることはできなかった。  僕はつまらないコールセンターのアルバイトをして、土曜日はカフェでDJをするという日常を相変わらず繰り返していた。しかし生活は満ち足りていた。あの日以来、知花と頻繁に会えるようになったからだ。  土曜日のDJの時は、カフェに来

小説「鎗ヶ崎の交差点」⑦

 知花は自分の話をあまりしたがらなかった。考えてみれば僕が彼女の家族構成を知ったのは再会してからだった。  仕事の話をするのも稀だった。一度、君の写真を見たい、と言ったことがある。しかし「見せるようなものじゃないから」とどこか自信がなさそうに言い、決して見せてはくれなかった。そんな時だけは知花も自分と同い年の女性であると安心できた。きっとこの頃の知花も自分のしていることに自信があったわけではなかったのだろう。  お互いに背伸びをしながらの関係は最初はとても上手くいっていた。違

小説「鎗ヶ崎の交差点」⑧

 夏の初めに、僕の好きなDJが海外から来日した。イベントは渋谷のスペイン坂にある「ラファブリック」と言うクラブで開催された。フランスに本店がある老舗のクラブで、当時は華やかなハウスミュージックをかけるDJのイベントを多く開催していた。  この頃、僕のDJはヒップホップやR&Bからハウスミュージックをかけるようになっていた。  もちろん、ずっとかけていたジャンルが嫌いになったわけではなかった。しかし、西麻布や六本木のクラブの週末のパーテイーは四つ打ち主体のものが多くなり日本人ア

小説「鎗ヶ崎の交差点」⑨

 クラブ内は人で溢れていた。メインのステファンの時間の前と言う事もあり、フロアもかなり盛り上がっていた。  僕は知花の姿を捜した。佐々木といる姿は見たくなかったが、彼女に会いたくないかと言われればそうではないし、もしも一人でいたなら一緒に飲んでステファンのDJが終わった時に外に連れ出そう。そんな小さな可能性に縋ろうとしていた。しかし、青山のイベントの時と同じように。知花を見つけることはできなかった。VIPルームも奥にあって、中の様子を見る事はできなかつた。 「おい。ステファン

小説「鎗ヶ崎の交差点」⑩

 知花から連絡があったのは、それから数日経ってからのことだった。あれだけの格差を感じながらも僕はまだ彼女が好きで、急な誘いにいつものように応じて恵比寿で食事をすることになった。  待ち合わせたのは恵比寿駅の近くにあるメキシコ料理屋だった。ガーデンプレイスの夜景が見えるメキシコ料理屋で金のない僕が知っている精一杯いい店だった。   知花はいつも通り美しかった。黒く少しクセのある髪の毛をおろした彼女は外人のような顔立ちと相まって独特の存在感があった。ホットパンツから延びた足は少し

小説「鎗ヶ崎の交差点」⑪

 これが知花との最初の別れになった。この頃の僕は子供で何もなく、彼女には美しさも若さも全てがあった。  今考えれば、若い僕と彼女が釣り合うはずもなくふられるのは当たり前だったと思う。だけど僕はその差の理由を冷静に受け入れることなどできなかった。  僕はしばらく自分の不甲斐なさに打ちひしがれた。音楽も何もかもへのやる気を失くした。だけど、幸いなことに僕は若かった。  恋の傷は若ければ若いほど癒えるのが早い。おそらくそれは悔しさがあるからだ。悔しさとは自分の至らなさだ。ある程度自

小説「槍ヶ崎の交差点」⑫

 夢を諦め、結局は何も手にいれることができず、手放したものの方が多くなってしまった自分の人生。僕は暗澹とした気持ちで社会人になった。しかし遅く始まった社会人生活はことのほか順調に進んだ。  バカみたいに意地を張って、サラリーマンにはならないと決めていたが、実際になってみると金銭的なストレスがなくなり、一人暮らしの気軽さも手伝って悪くなかった。  こんな自分が社会に出てやっていけるのかと不安もあったが、五年ものフリーター生活と夜の街での、特にあのカフェでの個性的な客たちとの交流

小説「鎗ヶ崎の交差点」⑬

 遊び呆ける日々に虚しさを感じたその日から僕の生活は上手くいかなくなった。順調だと思い込んでいた社会人生活に生まれてしまった疑問は仕事にも影響を及ぼした。  二十七歳の時に就職し五年。生活は楽になったが、仕事を楽しいと思えたことはなかった。  結局は金を得るためとして仕事をしてきた。生活をするにはお金が必要だったし、今さらまた夢をなんて言える年齢でもない。  しかしそこにやりがいはなかった。その事実を忘れるために僕はただ遊び呆けていたが、遊ぶことすらも馬鹿馬鹿しくなってしまっ