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氷の遺産(Ice Heritage) 4.人類の英知 

目 次
1.ありえない遺跡
2.調査隊
3.野 望 (前の章)
4.人類の英知 (このページ)

4.人類の英知

 調査研究は、中国や民主主義でない国を排除して秘密裏に進められた。が、遅々として進まなかった。
 これまでに分かったことと言えば、南極の遺跡は、球体で上半分が装置を操作する場所で下半分が装置本体だという事だけだ。気候を世界規模で変えるためには南極一か所では不十分だという仮説から、南極だけではなく世界各地に装置が分散されて置かれている可能性も指摘された。仮説が正しければ、南極の他にいくつかの遺跡があることになる。

 現在中国や民主主義を標榜していない国を除いた国の気象衛星やスパイ衛星に、装置を起動した時間に何か変化がなかったかを調査している最中だ。何か変化があった付近には、遺跡があるとみて間違いないという考えからである。
 キューブやプレートそれに南極にあった金属にしても、何かの合金という以外には判明していない。新たに、高温に弱い合金という事だけが判明した。戦禍や火山の噴火などで、合金が溶けてしまった可能性も否定できない。
 一万年近く前の遺跡としては、超ド級であることだけは事実だ。一万年近く前の、人類の英知に調査研究チームは舌を巻いた。いや戦慄したといっていい。

 隅田とアンネは、現在判明している他の遺跡全ての解読に協力した。中国以外の三か所の遺跡をすべて調査することができた。
 すべての遺跡から出土したキューブは、すべて同じ文面だった。朽ちかけたキュービックを入れていた木箱から楔形文字が発見されたものの、ほとんど朽ちかけており解読は不可能だった。それでも、断片的な解読には成功した。それも中国を除く四か所の断片的な楔形文字が同じ文面だと結論できたからに他ならない。ノルウェーの遺跡だけでの解読は不可能であった。

 南極の遺跡崩壊から二年半ほどの月日が経って、季節は冬になっていた。

『未来の人間に、□(我々?)が残せる唯一の遺産』
『□(未来の?)人間たちは、賢くなっているのか。それとも□(愚か?)になっているのか』
『この□(装置を?)、正しく□(使えるか?)未来の人間の行動にかかっている』
『これが□(不明。まさか絶滅? それとも滅亡?)に瀕した、我々の最後で唯一の遺産だ』

「どうだろう。単なるこじつけかもしれないが、他に考えられない」
 隅田は、これが限界だと認めるしかなかった。どの学者が最新の機器を使ったところで、これ以上の成果など望めない。
「私も、異存はありません。この文面が正しいとすれば、装置を作った人たちは滅亡したのでしょうか」
「さあ。楔形文字からすると、シュメール文明に受け継がれたかもしれない。そうなら、シュメール人が高度な知識を初めから保有していたことも頷ける。あのあたりの地面をもっと深く掘れば、とんでもない遺跡が出てくるかもしれない」

「そうかもしれませんね。いえ、きっとそうですよ。絶望したなんて、寂しすぎます」
 アンネは、はるか昔の人類に思いをはせたが、「中国で発掘できなかったのが残念です。発掘できれば、全文解読できたかもしれません」と、口惜しさがにじみ出ていた。そもそも中国に、依頼さえしていない。

「中国が許可したとしても、入国した途端にスパイ容疑で拘束されるかもしれないとは思わないか」
「そんな…」
 アンネは、一瞬驚いたものの、「可能性はあるかも…」と納得するしかなかった。
「寝た子を起こすようなことをすれば、藪蛇だろ」
 中国に発掘の許可を申請すれば、様々な弊害が危惧されたからだ。今のところは、中国を刺激しない方がいいという調査研究している者たちの考えからであった。
「そうね。いまのところ中国は、何も言っていない」
「一段落したから、今日は帰ろう。送ってあげるから支度して」

「劉たちが装置を稼働させたためか知らないが、少し寒くなっている気がしないか」
 隅田は、コートを羽織って外に出ると辺りを見回しながらアンネに同意を求めた。辺り一面に雪が積もっていた。少しは慣れたものの、この寒さには閉口する。
「そうかもしれません。でも二十数年で五十メートルなら、海面が四メートルは下がっていなければおかしいでしょ」
「単純計算ならそうなる」
 隅田は、その時あることに気が付いて、「遺跡の崩壊は、最後のリミッターだったのかも知れない」と、自然に口から出ていた。

「リミッター?」
「そうかもしれない。いや。そうに違いない」
 隅田は、自分の考えが正しいと確信して、「一万年前の人類に、試されたのに違いない。但し、気候が大幅に変わらない程度の気候変化を、リミッターとしたとしたら?」と、言葉を繋いだ。

「それなら、納得いきますね。でもそれなら、産業革命以前の気候に戻るだけですよ」
「それでいいじゃないか。あんなものに頼るより、我々自身の力で食い止めることが大事だとは思わないか? (時間的な)余裕が出来たんだ。何とかなる。何とか出来る」
「ケンは、どこまでもポジティブね」
 アンネは、呆れた。
「そうだ。祝杯を上げに行こう! 君も付き合う?」
「ケンのおごりよ!」
「お嬢様。もちろんでございます」
 隅田が腕を差し出すと、アンネはしがみ付くように隅田の腕に両腕を絡ませた。


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