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創作大賞2022応募作品 「立てこもり」5・6章

5.9月21日22:55 

 対策本部は、全員が電話を掛けたり資料を整理したり、俄かに慌ただしくなった。いや、パニックに近いと言った方が近いかもしれない。警視庁に届けられた犯行声明と、試案を持って車が対策本部まで向かっていると連絡が入ったからだ。
 犯行声明を届けたのは、老人だという。老人は、拘束され犯行声明と同じ車でこちらに向かっている。後数分で到着すると言うことだった。山口は、試案が届いた連絡をするために、犯人たちと繋がっている電話の前に座った。山口は、胸騒ぎを覚え携帯電話を取り出すと、ワンセグのテレビを見始めた。
 なんだ? 山口は、いつもの関東テレビのアナウンサーが画面に映っていることに不安を感じた。まだニューズは始まっていないはずだ。アナウンサーの顔の上の画面には、『緊急特別番組』のテロップが流れていた。山口は、政府の隠蔽が意味のないものになったと直感した。11時からニュースの始まるもう一つのテレビ局に、チャンネルを変えた。別段普段と変わってはいなかった。
 その時、ドアの外が騒がしくなった。山口は、テレビを消してその時に備えた。

  電話が鳴った。山下は、ゆっくりと電話の受話器を取った。総理は、電話には目もくれず試案を読んでいた。防衛大臣は、腕組みをしたまま眼を瞑っていた。この人種得意の居眠りである。このふてぶてしさは何処から来るのだろうか? 恐らく、命の危険はないと高をくくっているのだろう。
「山下です」
 山下は、静かに名前を名乗って、「試案が届いたようだな」とほっとした顔になった。
(はい。今到着したところです。試案と検討項目は、今霞が関に届ける準備をしています。)
 山口の淡々とした声が聞こえた。
「よろしい。ところで、マスコミは、何も報道していないようだが」
(解りません。貴方のおかげでテレビどころではないので)
 山口は、憎まれ口を利いた。それは、本音であった。が、ワンセグを見たとは言わなかった。
「素直に謝ろう」
(ところで、何で敬老の日なのですか?)
 山口の質問に山下は、「政府は、制度だけは造るが、心がこもっていない。いい事だけ言う。おためごかし。本当のところは、詐欺だとは思わないかね?」と答えた。
(私は、その質問に答える立場ではありません。しかし、そういう風に考えると、地球上には民主主義国家はないと思います)
「そうだな」
 山下は、しみじみと答えた。

6.9月21日23:00

「11時になりました。本日は、予定を変更して、緊急特別番組を放送いたします」
 関東テレビのアナウンサー川辺修は、淡々と原稿を読んだ。画面は、スタジオ全体を映し出した。そこには、いつものコメンテーター以外に、見慣れぬ老人が場違いのところに来たような困惑した顔で川辺の右隣に座っていた。
「先ほど入った情報によりますと、総理官邸が襲撃され総理と防衛大臣が拉致され、犯人グループが総理官邸に立てこもりしている模様です。犯人グループは、元自衛隊員の老人7名です」
 川辺は、少し興奮したような声になった。スタジオからどよめきが起こった。それは、前代未聞の総理の拉致よりも、犯人たちが老人だという突拍子もない事実のためだった。
「犯人の要求は?」
 時間ぎりぎりにスタジオ入りした政治評論家の宅間真二郎は、血相を変えて少し離れた席から川辺に尋ねた。後期高齢者に達している宅間は、年齢を感じさせない少し甲高い声を出した。
 小林は、宅間の言葉に進行が邪魔されたと一瞬嫌な顔をしたものの、こうなったら自由にやらせるしかないと思い直した。時間がない所に、慌てて原稿を書いた。今も、原稿を書いているところだ。試案も、手書きで書かざるを得ない状況だ。下手な進行より、ここは自然にやってもらった方が良い。ニュース番組を逸脱しても自然にやらせよう。
「では、犯行声明文を読み上げます」
 川辺は、そういうと原稿に目を落とし読み始めた。「『現在、楢山伏考とも言える後期高齢者保険を始め、年金問題などに代表される弱者切捨て、無策。税金の無駄遣い。様々な官僚の腐敗を見るにつけ、この国を、真の民主主義国家に変貌させるために我々は立ち上がった。政治家や官僚の皮を被った豚どもに、いや、犯罪者たちに天誅を加える。
 我々の要求は、次の通り。
一つ。今まで、霞が関の官僚が起こした不祥事。いや、犯罪を白日の下にさらす事。時効にかかわらず訴追すること。
一つ。国家は、国家の基本である、国民の命を守る観点から、ベーシックインカムを視野に入れた社会保障の充実を図ること。
一つ。後期高齢者保険を廃し、健康保険を一本化すること。
一つ。国家及び地方公務員の給与を、一般の給与レベルに是正すること。
一つ。地方分権の立場から、国家公務員の大幅な削減と道州制を視野に入れた地方公務員の大幅な削減をする事。
一つ。以上の内容を対案にまとめて我々に提示すること。
一つ。以上の結果と、我々の試案を国民に示し民意を問う事。
 我々の試案は、一時間以内に対案の詳細な検討項目と同時に警視庁に届ける。試案の作成期限は、9月23日正午とする。対案が作成されたことを見届けて我々は人質を解放し投降する。』以上です」と、話を締めくくった。スタジオの中からどよめきが起こった。
「そんな…。さっきまで有力議員と話しをしていたが、そんな事は聞いていない」
 宅間は、憮然とした態度で川辺を睨みつけて、「情報は…。何処から出た情報だ? それに、立てこもり事件には、報道協定があるはずだ。勝手に報道して、人質の生命に危険が及んだらどうする!?」と、食って掛かった。
「警視庁から、情報や報道協定の話は一切ありません。我々は、前代未聞の事件に対して報道することに決定しました。情報は、こちらの老人からです」
 川辺はそう言うと、「元自衛隊員の、野村正さんです」と、野村を紹介した。
「情報は確かか!? 情報が確かだとしたら、犯人の一人を何故テレビに出す!?」
 宅間は、川辺に食って掛かった。
「いいじゃないですか」
 コメンテーターの一人で元新聞記者の古川は、事も無げに言った。
「何故だ! あんたは、犯罪者の肩を持つのか?」
「違いますよ」
 古川は、宅間を見据えながら、「情報がない。政府は、いつものように何も教えてくれないではないですか。なら、犯人グループのもたらした情報に頼るしかない」と、宅間に穏やかな口調で言った。
「こんな老いぼれの言葉を鵜呑みにして、特別番組にしたんですか」
 宅間の言葉に、「あんただって、老いぼれじゃないか」と、古川は食って掛かった。
「こちら、総理官邸上空です」
 痺れを切らしたのか、総理官邸上空にいたアナウンサーがスタジオの状況も判らずに話し始めた。いや、小林の指示で回線が繋がったのだ。
「そちらの様子は、どうです?」
 川辺は、スタジオの論争を無視して問いかけた。
「こちらから官邸は、夜の闇に隠れてよくは見えませんが、確かに機動隊が官邸を取り囲んでいるようです。機動隊の物と思える車両が数台こちらからも確認できます。何かがあったことは確かのようです」
 画面は、総理官邸の姿を映し出していた。
「どうなっているんだ!?」
 宅間は声を荒げて、「こんな重大なことを、何故発表しない。政府は、何をやっているんだ」と怒り出した。
「前代未聞の出来事に、戸惑っているんじゃないでしょうか」
 古川は、困惑した顔をしながら宅間に向かって尋ねた。
「そんな。厚顔無恥な政治家たちが、戸惑うはずはない」
 宅間は、言下に否定して、「保身をはかっただけでしょう。国家元首が拉致された。日本の恥です。犯行声明を見ると、これは犯罪やテロじゃない。クーデターいや、革命ですよ!」と、語気を荒げた。
「革命!?」
 スタジオがどよめいた。
「そうです。彼らの要求は、金じゃない。少なくとも世直しをしようとしている。政府が不甲斐ないから、こんな事になるんです」
「まさか…」
 古川は、宅間がそんな言い方をするとは思わなかった。政府寄りの評論家といわれていた宅間が、まるで野党のようなことを言っている。他のコメンテーターたちは、何も言わない。いや、何も言えずにただ二人の会話を聞いているだけだった。
「老人の蜂起!?」
 コメンテーターの一人、元野球選手の山田がやっとのおもいで発言した。本来彼は、野球やスポーツの解説だけやっていればよかった。しかし犯人たちが老人だということに驚き、また共感を覚えた事で自然に出た言葉だった。
「そんな単純なことではないでしょう。犯行声明を見れば解りますよ。政府が国民、特に低所得者を見ていないことは誰だって解りますよ。受け皿の野党も、お寒い限りです。政治家に危機感がない。これじゃあ、国民が怒るのも無理はありません。
 アメリカなら暴動が起こっても不思議じゃないと、私のアメリカ人の友人が言っていましたが今の若者は不甲斐ない。老人の方が、パワーがあるということです」
 宅間は、犯人たちを擁護しているように受け取られる発言をした。自分の、今までの評論家の人生を恥じていた。自分は、今まで何をやっていたのだろうと。犯罪はよろしくないが、彼らはもしかすると自分と同じ事を言いたかったのかも知れない。自分は、今まで何をやってきたのだろうか? 
 宅間の発言に、スタジオは一瞬静まり返った。
「川辺さん」
「官邸の前に、加藤キャスターが到着した模様です」
 川辺は、加藤の呼びかけにほっとしながら、「加藤さん。そちらの様子はどうでしょうか?」と尋ねた。
「私は今、官邸近くの溜池山王にいます」
 画面がスタジオから官邸前に移ると、加藤がマイク越しに話し始めた。短い髪が返って彼女のセクシーさを際立たせている、20代後半のキャスターであった。加藤の後ろでは、何事も無かったようにいつも警備している機動隊員が所々に立っている姿が映し出されていた。その先が、総理官邸である。何故か、東洋テレビの中継車が、総理官邸に通じる道路のだいぶ手前で止まっていた。
「これから、付近の方にインタビューしたいと思います」
 加藤は、近くにあるカレーショップに入っていった。到着してすぐ放映が始まった。打ち合わせをしている時間はない。アポなしで、どこか事情を知っていそうなところを見つけるとの考えより足が勝手に動いた。カメラは、慌てて加藤を追いかけた。店員は、加藤を振り返り驚いた顔をした。
 加藤は物怖じもせず、「突然申し訳ありません。テレビ関東の加藤と申します」と、店員に名前を名乗ってから、「今日の夕方に、何か変わったことはありませんでしたか?」と、畳み掛けるように尋ねた。数人いた客は、一斉にスプーンを持ちながら顔だけ加藤の方を振り向いた。
「何か事件でも…?」
 店員は、困惑した顔でテレビカメラが目の前にあることも忘れ加藤に尋ねた。
「夕方ごろに警察車両が通ったと思いますが、気がつきませんでしたか?」
 加藤は、店員の言葉を無視して尋ねた。
「そういえば、機動隊の車が数台通ったような気もしますが…」
 店員は、やっと自分がカメラの前にいることに気が付き、頭が真っ白になって加藤の質問に無意識のうちに答えた。
「そういえば、サイレンも鳴らさないで官邸の方に行ったみたいだった」
 もう一人の店員は、少し考える顔になって、「官邸で、何かあったんですか?」と尋ねた。 

 東洋テレビのニュース番組のスタッフは、呆れた顔でテレビ関東のニュースを見ていた。
 早まった事を…。どの顔も暗にそう言っていた。が、特ダネをさらわれたかも知れないとの想いも抱いていた。原因は、うちにも来た津山と名乗る老人であった。ディレクターの岩佐は、真偽のほどを確かめるべく各方面に確認の連絡を取った。しかし、何処からも、不穏な動きは確認していないとの回答しか受け取っていない。テレビ関東のようにヘリを飛ばそうにも、ヘリは調達すら出来ていない。
 仕方なしに官邸に中継車を派遣したものの、検問に引っかかり官邸の前までも辿り着けず待機を余儀なくされている。理由は、電気工事だそうだ。胡散臭いとは思ったものの、それ以上の情報は得られず引き続き各方面から情報を集めることとした。
「もう一度会ってくる」
 何かを感じた岩佐は、テレビを見ている部下たちに告げると部屋を後にした。
 その時電話が鳴った。スタッフの一人が電話を取ると、「はい。少々お待ちください」と言って受話器をテーブルに置いて、慌てて岩佐の後を追った。
「記者会から、緊急連絡です」
 スタッフの一人は、廊下を歩いている岩佐の背中に大声で声を掛けた。記者会とは、正式名称ニュース記者会。民放5社が加盟する警視庁の記者クラブのことである。
 岩佐は、振り返ると、駆け足になりスタッフを押しのけるようにして部屋に戻っていった。 

「…事件の経緯は以上です。なお、我々は、人質になっている総理と防衛大臣の生命を第一義に考え、また主要各国に対しての連絡に手間取り記者会見が遅れたことを国民にお詫びいたします」
 官房長官は、話を締めくくって明らかに外交辞令のお辞儀をした。
 嘘つけ。今頃外務省はてんてこ舞いだろう。辻褄を合わせるために。小林は、会見のモニターを見ながら溜息をついた。

 「やられた…」
 岩佐は、テレビ関東に出し抜かれた悔しさから唸る様な声を上げた。老人が言っていた総理を拉致したことが現実だと言うことに、ショックを受けた。いくら元自衛隊員だからといって、なぜ警戒厳重な総理官邸で総理たちを人質に取ることができたのだろう。という疑問がよぎったが、東洋テレビに来た老人が話したことをもう少し真剣に聞いていればこんな事にはならなかった。と後悔した。
「岩佐さんの責任じゃありませんよ」
 岩佐の憔悴しきった顔を覗き込むようにしてスタッフの一人が慰めた。
「ようやく認めたようですね」
 テレビの記者会見を見ていた山下は、呆れた顔をした。
「これで、国民が関心を持ってくれるでしょう。我々の目的の半分は達成しました」
 中村は、ほっとしたような顔をした。
「最後まで気を抜かないように。これからが、本当の戦いになる」
 山下は、優しい声を出したが、鋭い眼になった。政府がこのまま我々の要求を、すんなり受け入れるとは思えなかった。政府に対して我々の力は、無いに等しかった。いや、国民がどれだけ我々を支持しようと、選挙で勝てばうやむやにする事だろう。
「解りました」
「国民は、理解してくれるだろうか?」
 山下は、少し気弱な顔をした。中村は、山下の言葉に一瞬戸惑った顔をした。他の部下たちも、一瞬唖然とした顔をした。
「珍しく、弱気なことを言うもんだな」
 防衛大臣は、眼を開けて山下の顔に皮肉を込めた眼で一瞥するとまた眼を瞑った。
 中村は、防衛大臣を険しい眼で一瞥すると山下に向き直り、「もちろんです。国民の気持ちを解ろうともしない、愚か者のどこかの政治家とは違います」と、もう一度眼を瞑った防衛大臣を蔑んだ眼で見た。
「私は、君たちを巻き込んだことを後悔している」
「何を言われます?」
 中村は、唖然として、「自分は、後悔しておりません」と、言った。
「自分もです」
 残りの三人の部下たちも同じ言葉を口にした。
 山下は、口をほころばせ、「ありがとう」と全員を見回して言った。
「これは、国民と政府の戦いであります」
 中村は、そう言うと、「少なくとも自分は、そう思うことにしました。我々は、国民の声を代弁しに来ただけです」と、胸を張った。
「そうです。少なくとも、我々は国民のために蜂起しました。何の見返りも期待はしていません」
 加藤が、中村に続いて発言した。
 総理は、試案に目を通していた。試案のいくつかの箇所に線を引いていた。突飛な試案に呆れていたものの、読み進めるうちにあながち独善的ではないかもしれないと思い始めていた。政治家には手厳しいが、これが国民の本音かもしれない。
 総理は、防衛大臣を一瞥すると、こいつは何も解っていないのだ。と、何度目かの溜息をついた。

2.9月21日22:10
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