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26年振りの恩師との出会い

先日は、かれこれ26年振りに中学時代(中2)の恩師に会いに行った。長い間過去を振り返らず(振り返りたくなかったのかも知れない)、未来のことばかり考えてきたので、小中学校の友人や先生と会うという行為自体が初めてのことだ。

覚えていてくれた恩師

幼なじみが学校教員をしているため、恩師に連絡を取ってくれて、会っていただけることになった。なんともありがたいことだ。

30年近い教師人生ともなると、教え子はそれこそ星の数ほどいるだろう。当然と言えば当然だが、今は別の中学校に移っていた。ちょうど生徒達の下校時間に重なり、帰宅してくる中学生達とすれ違いながら、学校へ向かう。別の中学校にもかかわらず、なんだか母校に向かっているような気がする。

心臓が狂ったように鼓動するが、職員室に向かう。「覚えていないかもなぁ」と思いつつ会ってみると、あの頃と同じように、「おー淳吾か!」とあの頃のままに迎えてくれた。もちろんお互いにあの頃よりも年をとっているが、変わっていない恩師の姿や話し方に、とても嬉しい気持ちになる。

僕が中学3年の時、3か月ほど引きこもりになったことがある。中2のクラスメートが、夏休みに外に連れ出してくれたことがきっかけで、引きこもりを脱することができた。恩師がそこに直接かかわっているわけではないが、中2の時の担任だったこともあり、思い出は関連づけられていて、感謝の気持ちを持っていた。(中3の時、先生は別の学校に異動になっていたのだが)。

そこで、「先生にはとても感謝しています」と伝えたが、「何言ってんだよお前は~笑」と返された。「そんなの当たり前だろ、水臭いぞ」と言われた気がした。当時は知る由もなかったが、初めて担任を持ったのが僕たちのクラスとのことだった。何年も担任になりたくてもなれずにいたが、自らを追い込むため、周りに「担任になれなければ教員を辞める」と宣言した。そうした経緯で、やっとなった担任だからこそ、よく覚えているのだろう。

ずっと忘れていた楽しい思い出

「2年〇組、〇〇先生」と担任が発表された時、拍手が起こったことを恩師は覚えていて、「こいつらのために何かやってやりたい」と恩師はその時感じたという。僕はそれを聞くまですっかり忘れていたが、その話を聞いて、水門が一気に開いたかのように、記憶が蘇った。

先生は、校内でも人気の先生だった。授業では、時々映画を見せてくれた。そして、普段は教師と言うよりは友人に近く、いろいろなバカな話をした。学校全体としては、ギスギスとした雰囲気がただよっていた。家庭内でも部活中も、緊張感がただよっていて、いつも気が休まらない日々だった。そんな日々の中で、恩師とのやり取りは、どんなに救われたことだろう。

なんとなく、中学時代は辛かったイメージばかりだったが、先生との会話の中でいろいろと思い起こされ、「そんなに悪くなかったな」と思っている自分がいた。きっと楽しい思い出の方が忘れてしまうのだろう。

合唱マンツーマン指導

恩師からの話の中で、完全に忘れていたエピソードがある。合唱コンクールの練習で、先生が僕にマンツーマン指導をしてくれた話だ。音楽の先生と仲が良かった恩師は、音楽の先生から「淳吾は声量はあるが、発声がまだまだなので、そこを伸ばしたらコンクールで優勝できる」と言われたとのことだった。そうして恩師は音楽の先生から発声を教わり、僕は恩師から発声を教わった。ベランダで毎日のように練習したらしい。と、ここまで書いていたら、なんとなくその時のことが思い出されてきた。記憶とはつくづく不思議だな、と思う。その場所に行けば、はっきりと思いだせるのかも知れない。

幸せに生きる方法を教えてくれた恩師

恩師は中学時代、約1年もの間、いじめを受けていたという。時代性もあるだろうが、よく耐えられたな、と感じるほど、ひどい話だった。なぜ耐えられたのか。恩師の兄にも引きこもり経験があり、普段人に謝らないような親が教師に謝っている姿を見て、「意地でも学校には行く」と決心した。明るくはっちゃけた性格なのに、それだけではない苦しかった一面がある。話を聞けば聞くほど、共通点が多かった。縁とはそういうものなのだろう。

最後に恩師は、何よりも人との出会いが大切だ、と言ってくれた。一般的には教師らしくないが、僕にとってはこれほど教師らしい人はいないな、と感じる。ある動画の中で、インタビュアーがフィンランドの数学教師に質問した。「あなたは何を教えているのですか?」すると数学教師は、「幸せに生きる方法」と答えた。なんとなく、恩師と会った時、それが思い出された。

どの1年も40分の1だ

今回、恩師に会ってみて改めて感じたことは、これまで生きてきた40年のうち、どの1年も同じスピードで時間が流れ、同じように大切なのだということだ。そして、その1年1年、1日1日の積み重ねが、今この瞬間に繋がっている。過去の一つのターニングポイントと対話し、整理をつけられた1日になった。

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