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Snoh Aalegra @KANDA SQUARE HALL(20240528)

 美しい声色で導き出した、甘美なシネマティック・ソウル。

 奇を衒うことなくシックにシンプルに、ミディアムなテンポに寄り添いながら、感情の襞をくすぐる内なる炎を燃やすかのごとく歌い紡ぐ。R&Bを真摯に捉えたそのヴォーカルと作風は、期待を寄せていたフロアに集った人たちの胸を躍らせ、騒がせるのに十分だった。イランにルーツをもつスウェーデン・ウブサラ出身のシンガー・ソングライター、スノー・アレグラの初来日公演は、約60分というコンパクトなショウだったが、終演後は彼女にいっそう魅了されるオーディエンスで満ちていた。

 スノー・シェリー・ノーロジとしてイラン人の両親から生を受けたスノー・アレグラは、2009年にシェリー(Sheri)名義でキャリアをスタートさせた後、ロンドンなどを経て、米・ロサンゼルスへ拠点を移し、2014年にスノー・アレグラとしてデビュー。「バッド・シングス」で共演したコモンをはじめ、ヴィンス・ステイプルズ、ドレイクらとのコラボレーションで名を広め、2017年のデビュー・アルバム『フィールズ』に続く2019年の『ウー、ゾーズ・フィールズ・アゲイン』(『Ugh, Those Feels Again』)でスターダムにのし上がった。

Snoh Aalegra 〈Snoh Aalegra LIVE IN TOKYO 2024〉 at KANDA SQUARE HALL

 ペルシア(イラン)にルーツをもちながらも、スティーヴィー・ワンダー、ホイットニー・ヒューストン、プリンス、マイケル・ジャクソンといったUSポップ・シーンに大きな影響を受けていたというスノー・アレグラ。当初はその“ポップネス”を活かした歌唱だったようだが、スノー・アレグラと名乗ってからは、シェリー時代とは異なる、ハスキーで深く青い海を緩やかに彷徨い、佇むようなソウルネスが発露するヴォーカルによって、映画のようなドラマティックなソングストーリーを描き上げている。モデル然とした美しくオリエンタルな面持ちとソウルフルに歌う姿は、シャーデー・アデュ (シャーデー)も想起させる。『ウー、ゾーズ・フィールズ・アゲイン』にはノー・I.D.をはじめ、ダニエル・シーザーを手掛けたマシュー・バーネットや、ビヨンセ、ラッキー・デイほか多くのアーティスト作品の顔を出し、いまや飛ぶ鳥を落とす勢いのD・マイル、dvsn(ディヴィジョン)やドレイクを手掛けるマニーシュなどの気鋭のプロデューサーが参加しているとあって、リリース当時は大いに注目していた。

 その『ウー、ゾーズ・フィールズ・アゲイン』リリース直後に初来日公演が予定されていたのだが、アーティスト都合により中止に。それから4年半が経ち、インドネシア・ジャカルタ、東京、フィリピン・マニラを巡るアジアツアーの一角として、2024年に来日公演の開催が決定。東京・小川町駅近くにある神田スクエアでの本公演が、記念すべき初来日のステージとなった。

Snoh Aalegra

 左からドラム、ギター、ベース、キーボードとバンドメンバーが配され、スリー・ディグリーズ「メイビ―」をサンプリングしたイントロダクションを経て、ステージが赤色のスポットライトに照らされるなか、スノー・アレグラが登場。音源と同期してのバンド演奏ではあったが、来日公演が発表された時はバンド4名を従えてくるとは考えていなかったので、嬉しいところ。黒にシルバーの装飾が施されたビキニトップに前ボタンを留めずにジャケットを羽織り、ジャケットと色を合わせたミニスカートに、足元は縮ませたルーズソックスにローファーというファッションは、日本を意識してのものなのかもしれない。冒頭の「フーア」からシンガロングを促すと、それに待ってましたとばかりに応えるオーディエンス。甲高い歓声があちらこちらから聞こえるなか、艶やかでシネマティックなステージが幕を開けた。

 喩えとして、シャーデーを想起させるとは述べたが、すべてがシャーデーライクなアンニュイで物憂げなトーンに終始するという訳ではない。序盤においても、ビヨンセ、ゴールドリンク、ドージャ・キャット、最近ではタイラ「オン・マイ・ボディ」でも知られるP2J(リチャード・オロワランティ・ムブ・イソン)が手掛けた、ヒップホップソウル的なアプローチが快いリズムを生み出す「シチュエーションシップ」や、スクラッチが効果的に刺激を与えた、アイザック・ヘイズ「アイクズ・ラップ・II」のトラックを借りたヴィンス・ステイプルズ客演曲「ナッシング・バーンズ・ライク・ザ・コールド」など、実は滔々とメロウなR&Bマナーの曲風を連ねている訳ではないことが分かる。

 中盤の「トロント」では、美しくもパッショネイトなハイトーン・ファルセットを披露していたが、リズムもメロディもプリンスのそれを意識したよう。続く「ナッシング・トゥ・ミー」ではオーディエンスから“ザット・エイント・イット”(that ain't it)の合いの手が繰り返され、「ちょっとクールダウンするわ」といって歌い始めた「フール・フォー・ユー」では、スノーアレグラが持つ声色のうち、テンダーで可憐な部分も窺えた(歌詞は別れを歌うものだけれど)。

 もちろん、シャーデーよろしくソフィスティケートで官能的なメロウネスが横溢した「ロスト・ユー」や「ダイイング・フォー・ユア・ラヴ」などでは、ミッドナイト・スムーサーともいうべき深い夜のとばりへと滑り込んでいく、これぞR&Bヴァイブスという空間が創り出されていく。

 終盤のトピックのひとつは、おもむろに深遠かつ静謐な世界を眼前に広げた「ラヴ・ライク・ザット」から「ドゥ・フォー・ラヴ」への流れだろう。ボビー・コールドウェルの「ホワット・ユー・ウォント・ドゥー・フォー・ラヴ」の名を変えたアレグラ流「ドゥ・フォー・ラヴ」を歌い始めると、すぐさまオーディエンスは歓声で反応。まっすぐに前を見つめ、時折天を仰ぐように歌うその姿に、オーディエンスはただ耳を傾け、声を浴びるしかなかった。その訴求力たるや。

 その心地よい緊張感を緩やかに解していくように、穏やかなムードで包み込む「スウィート・ティー」では和らいだ表情を見せると、転調後には美しくテンダーなハイトーンを響かせて、バンド・アウトロを背に受けながらステージアウト。本公演ではアンコールはなかったが、すぐさまステージに戻って歌った「ファインド・サムワン・ライク・ユー」「アイ・ウォント・ユー・アラウンド」が実質上のアンコールか。

 ホイッスルなハミングとシンガロングを促した「ファインド・サムワン・ライク・ユー」でハートウォームな空気を生み出すと、ラストはイントロが放たれるやいなや大歓声が響いた「アイ・ウォント・ユー・アラウンド」へ。歌詞にてスティーヴィー・ワンダーに触れている(“All I wanna hear is Innervisions on replay”)この曲でも、スノー・アレグラの軸となっているスタイリッシュなソウルネスをしっかりと輝かせていた。

 メンバー紹介を終え、投げキッスと両手でハートマークを作って感謝を示し、ステージを去ったスノー・アレグラ。言葉数は多くなかったが、多くの外国人ファンが集っていたこともあってシンガロングが連なり、グッとその歌声に耳を傾けるオーディエンスの姿には、感化されたものがあったのではないだろうか。もちろん、この日を待ちわびていたファンは、彼女の一挙手一投足を注視し、その静謐のなかから蠢き出すエナジーやパッション、ミステリアスな美的センスに、心躍らせたに違いない。派手やかに、エキセントリックに演じるだけがインパクトになるとは限らない……真摯にR&Bを歌い紡ぐ姿を前に、体躯に刺激と昂揚が渦巻いた、心地よいグルーヴが充溢した時間となった。

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<SET LIST>
00 INTRODUCTION(sampling of "Maybe" by The Three Degrees)
01 Whoa
02 Situationship
03 In Your Eyes
04 Nothing Burns Like The Cold
05 Lost You
06 Be My Summer
07 Toronto
08 Nothing To Me
09 Fool For You
10 Dying 4 Your Love
11 Tangerine Dream
12 Charleville 9200, Pt. II
13 Love Like That ~ Do 4 Love
14 Sweet Tea
15 Find Someone Like You
16 I Want You Around

<MEMBERS>
Snoh Aalegra(vo)
(g)
(b)
(ds)
(key)

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もし、仮に、気まぐれにも、サポートをしていただける奇特な方がいらっしゃったあかつきには、積み上げたものぶっ壊して、身に着けたもの取っ払って……全力でお礼させていただきます。