日本の大学と研究を取り巻く諸課題10兆円ファンド」

 日本の大学は欧米に比べ国際競争力が劣ってきている。
英誌タイムズ・ハイヤー・エデュケーション(THE)の21年の「世界大学ランキング」で日本から100位以内に入ったのは東大と京大の2大学だけだった。  日本の研究力でも劣化が目立つ。研究分野ごとに引用数がトップ10に入る「注目論文」の数はインドに抜かれて10位に落ちた。80~90年代は米国、英国に次ぐ3位だったが、2000年代半ばから急激に落ちた。
 その要因は04年の国立大の法人化に伴う大学の運営費交付金削減と人件費削減の影響が大きい。
また、日本の生命線であった物作りの分野での研究も凋落の一途をたどっている。
例えば、半導体。産業の米と言われるこの分野の研究でも日本の競争力低下が鮮明になっている。
国際固体素子回路会議(2月20~28日オンライン開催)で、採択論文に占める日本勢のシェアが3.5%と前年の6.2%から一段と小さくなった。200件の論文が採択されたが、その内訳は米国69,韓国41,中国30,台湾が15,日本は7件だった。14年までは日本は米国に次いで2位が定位置だったのに。
さらに卑近な例では、新型コロナウイルスに関する研究論文でも日本の存在感は薄い。世界で18万本以上の論文が出たが、科学技術振興機構(JST)の分析では日本は総論分数で14位に止まったということだ。このため、感染症対策は海外の研究成果に頼ってきたのだ。
事ほどさように日本の様々な分野での研究力が落ちている。
 
その原因は日本で研究に投じる公的支出が低いからだ。
文科省によると、00年から19年までの研究開発費の伸びは米国やドイツが70%、韓国は4.5倍、中国は12.9倍。日本は30%に止まる。(日経22.1.3)
 日本政府は、国家予算の規模はどんどん膨らませているのに、教育・研究分野には税金が流さなかったのだ。
 
それを補うために政府は、10兆円の大学ファンドの運用を開始した。
科学技術振興機構(JST)にファンドを設置し、そこに財政投融資資金などの出資で10兆円の運用元本をつくる。(このファンドは50年の時限が設定されている)
 JSTにおいてこの基金の資金を外部金融機関に運用委託し(4.38%の運用収益を目指す)、その収益で大学を支援する。
 支援を受ける大学は、国から「国際卓越研究大学」の認定を受ける必要があり、22年度内に大学の公募を始め、23年度には数校を選ぶ予定だ。5年以内に年間3000億円の運用益を生み出し、1校あたり年間数百億円を支援する計画だ。
 しかし、大学ファンドの規模は大きいが、ポイントは財投資金など借り入れが中心であるため、利子や元本を返済する必要があることだ。
 財投は投融資による収益で返済する建前なので、資金を受けた大学は3%の事業成長を求められる。それ故、商業ベースになる研究が中心となるだろう。しかし、大学の研究がすぐに利益を生むものばかりだろうか?またノーベル賞候補になるようなすぐには利益につながらない基礎研究部門への注力は必要がないのだろうか?
 
 国立大学については、十数年にわたって財政的な基盤となる運営費交付金が減らされており、外部資金などで若手研究者を雇うことができても、多くは任期付きとなっている。大学ファンドで、そうした若手研究者を常勤雇用できるのだろうか。そんな心もとない状態だから、先進国で唯一、博士課程に進む人数が減少している国なのだ。
 ハーバード大学やエール大学など米国の名門私立大学は4~4兆円を超す規模のファンドを運営している。企業などからの寄付金も豊富に集めている。政府は、そのまねをするつもりなのだろう。しかし、基本的な内容が異なる。米国の名門大学の場合は、寄付などで集めた資金でファンドを運営している。企業などの寄付も潤沢にある。だから、日本の場合と根本的に異なっているのだ。
 
また、ファンドの運用担当の理事に農林中央金庫の出身者が就いて専門スタッフを集めるということだが、実際の運用は資産運用会社に委託するということらしい。また、官僚の天下りポストが新しくできたということだ。前途多難な世界情勢の中での大学ファンドの運用は大丈夫なのだろうか?
これまでの財投の投融資先でも、基盤技術研究促進センターなど出資金が毀損(きそん)した例がある(同センターの場合2684億円)。
 また、安倍政権(第2次以降)で導入された官民ファンドのうち、農林漁業成長産業化支援機構、海外需要開拓支援機構(クールジャパン機構)など、数百億円単位で累積損が発生している。
 結局、日本の大学での研究開発などの将来ビジョンを描くことなく、対処療法でのファンドの出発だ。大学法人化の失敗を再び繰り返すことなく運営されることを切に望む。
 
 今日の新聞に阪大が300億円の起債をするという記事が掲載されていた。年限40年の大学債で利率は国債利回りに0.14%上乗せするということらしいが、やはり借りるからには返済をするために稼げる研究をすることになるのだろう。大学の研究方向を誤らなければいいが・・・。

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