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漫画の源流?紀長谷雄に会いに行ったら庭園に癒されたお話

美術館に通うようになって、駅に飾ってあるポスターが
気になるようになりました。
美術館に行った時、様々な展示会のチラシがおいてあるので
そこから次に行きたい展示会を選ぶこともあります。
今回は駅に飾ってあったポスターが気になって、
永青文庫『長谷雄草紙』2023年10/7(土)~12/3(日)に行ってきました。

永青文庫に辿りつくまでも、なかなか良い運動になったので
そこからお話を始めます。

最近、自分の方向音痴具合に発車がかかっていると
思っていましたが、早稲田駅付近で迷子状態。
ここは自分の能力を過信せず、お巡りさんに確認。
新目白通りまではひたすらまっすぐというアドバイス通りに
まっすぐずんずん進みました。
秋晴れの中、散歩にとっても良い気候。
スニーカーを履いてきて本当によかった。
もし永青文庫に行かれる予定の方は、スニーカーや
歩きやすい靴でどうぞ。

楽しそうに集まっている中高年男性が多いなと思っていたら
早稲田大学周辺が賑やかです。
後で調べたらホームカミングデーという同窓会のような
校友、旧友が集う稲門祭というお祭りだそうです。
何年たっても同窓生で集まるのは楽しいですが、卒業年次の
違う方々が集うとは、歴史のある大学ならではと感心しました。
早稲田大学を目指して歩いたことはなかったので
OG気分で早稲田大学を突っ切て進んで行きます。

快晴の大隈講堂をパシャリ。周辺は大いに賑わっていました 


やっと駒塚橋に辿りつきました。
と思ったら、細い急な坂道ではありませんか!
本当にこの道しかありませんか?
聞いてませんよ…などと思いながら急な坂を上りました。
上っていく途中で、坂の上から下る男性と遭遇。
急な坂の真ん中には、手すりが立っています。
お互い相手を避けようとして、同じ方向へ移動してしましました。
心の中で「ありがとう」を言いながら、軽く会釈して登っていきました。
後で地図を確認すると、胸突坂とのこと。
さすがに名前の通りです。
息が切れたところで、ふと左手を見ると
永青文庫の看板がありました。

「本当にこの坂を上がらないと辿りつきませんか!?」の坂
写真でみるよりキツイです

敷地に足を踏み入れると、お屋敷の雰囲気を残す佇まい。
このような都心の中にこそ、昔の武家屋敷があって
自然も残っているのですね。

展示スペースは4Fから始まります。
入口の右にエレベーターはありましたが、
趣のあるに階段に惹かれて、
急な段差に気をつけながら2Fに上がっていくことにしました。
2Fの展示室が見えたところで、奥に和服の女性が
座っているのが見えました。
モダンを感じさせる建物に
和服の女性がまるで絵のようにぴったりと合い、
見惚れて思わず階段を踏み外しそうになりました。
美しい和服姿の女性と急な階段でドキドキしたので、
その後はエレベーターで4Fへ上がりました。

独特な雰囲気が残る上流階級の方の私邸として使われていた建物であり
一般的な美術館とは一味違う感覚を味わえます。

4Fフロアはこの展示会のヒーローである
紀長谷雄の『長谷雄草紙』が登場。
伸ばすと十数メートルほどの絵巻の中に、当時の文化や
少々風変わりな物語が詰まっていました。

物語は貴族の紀長谷雄の屋敷に怪しげな男が
訪れるところから始まります。
不思議な男に導かれて、やんごとなき貴族が
徒歩で出歩ていいのだろうか。
当時の町の中で魚売りや庶民の日常が垣間見れますが、
貧しさよりものんびり、のびのびしている気がします。
そして朱雀門まで連れてこられて、引くに引けずに
鬼は美女を賭け、長谷雄さんは全財産を賭けて双六をする羽目に。
なんてゆるい、憎めない設定なんだ。
見ているこちらの頬が緩みます。

そして、人間の姿をしていた鬼を本気にさせたために
本来の恐ろしい姿に戻った鬼との双六真剣勝負の場面。
のはずが、なんだか長谷雄さんはポーカーフェイスで
パチンと駒を打っています。
鬼に焦りを見られたくないのか、余裕の表情です。
そして、この長谷雄さんが賽を振る場面に
効果線が入っており音を現わしているところが漫画表現の
源流と言われるようになったようです。

鬼気迫る表情の鬼は、爪の伸びた指を伸ばして
眼をギョロつかせ、自分の順番を今か今かと待っている。
恐ろしい姿だけれど、鬼のほうがイライラした感情が伝わってきて
人間味があるような不思議な臨場感を味わえます。

その後めでたく長谷雄さんが勝負に勝ち、美女を手に入れます。
ただし100日間美女に触れてはいけません。
しかし、双六をするために徒歩で町中を歩くような
肝の据わった長谷雄さんは自分に正直な人なのでしょう。
100日を待たずして美女に触れてしまう。
共寝をした美女が水になり解けてしまうとは知らずに…


この物語で私が一番恐ろしいと感じるのは
表情がまったく見えない美女です。
この美女には秘密があり、実は女性の美しい一部分を
鬼が集めて作った究極の美女なのです。
でも、鬼が作ったというより
女性たちが望んで、もっと美しくなりたいという欲望で
固められてつくられた存在のような気がしてぞっとします。
果てしない欲望の存在が水になり解けていくのを、
呆然と見ている長谷雄さんの表情が面白い。
口を開いた顔は、この草紙の中で
長谷雄さんが人間らしい表情を現わした一瞬でした。

この後、鬼は自分の最高傑作を水と消えさせてしまった長谷雄さんに
怒って襲いに行きます。
しかし長谷雄さんが北野天神の経を唱えると
逆に恐れをなして退散してしまうという
わかりやすいストーリーでこの物語は終わります。


なぜ北野天神の経で鬼は退散したのか気になり、
調べたのですがはっきりした理由はわかりませんでした。
実在した漢学者の紀長谷雄は菅原道真公を師としていて、
道真公と言えば怨霊と恐れられて北野天満宮を立てられた程のお方。
憶測ですが、道真公にゆかりのある北野天神に
助けを求めたのかな、二人のつながりを考えたら、
そうだったらいいなと妄想をして楽しみました。


現代の感覚で、長谷雄草紙の物語は
一見斬新とは言い難いと思います。
しかし物語の存在がそもそも少なかった時代に、たくさんの女性の
美しい部分を集めて作られた美女を登場させるとは
すごい想像力だと感心しました。
女性の、人間の欲望を良く表している設定ではないでしょうか。

古典文学『とりかへばや物語』がありますが、男女が入れ替わってしまう
あの物語も(映画「君の名は。」のストーリーの根幹の設定ですが)
到底思いつかない想像力だと思うのです。
下地があったから、老人が若者になったり転生しましたという
ストーリーが誕生したのです。
先人の創造無くして現代の想像は生まれなかったと思えば
作者の想像力の素晴らしさに感動を覚えながら、絵巻を鑑賞しました。

私が今こうして、美術館に通うのも、
自分自身の想像力を少しでも取り戻したいと
考えているところがあるからです。
強制的にデジタルデトックスしなければ
延々とSNSに時間を吸い取られて、自分の考えていることや
想像と向かい合う時間が無くなってしまうからです。

いつか私も自分の想像力を表現できるように、
地道に取り組まなければと気持ちを新たにしました。


永青文庫を出るまでは、
急な坂を今度は降りていこうと考えていました。
敷地は高台にあり下を眺めたら庭園があり、
人が思いのほか多く見えました。

せっかくここまで来たので、
庭園も散策しようと
急な石階段を気をつけながら降りていきました。
傾斜はきつく、吸い込まれるように庭園へたどり着きました。

池があると浄化率が上がる気がします

永青文庫からだいぶ下がったので、空が一層高く見えます。
優しい日差しの中、皆さん思い思いに散策したり、
ベンチでおしゃべりしたり秋のひとときを楽しんでいました。

お年寄りから子供たち、観光客と思われる外国人の方まで
都心にいることを忘れてのんびりと過ごしていました。
私もベンチでひと休み。
正式名称は肥後細川庭園という回遊式庭園です。
緑と池で空気が浄化されたような
都心にあると思えない空間でした。

藩のお屋敷があったこの景観は
江戸時代のそれとどれくらい近いものなのだろうか。
江戸時代の人々と同じ景色を共有出来ていたら
なんとなく嬉しいかも。

百何十年も庭園を遺してくれたことに感謝し、
『長谷雄草紙』を大切に残して、鑑賞する機会を
与えてもらったことに感謝した一日でした。

水音にも癒される時間


この他にも素晴らしい絵巻コレクションが見られる
貴重な機会なので、ぜひ永青文庫に足を運んでみてください。
秋の気持ちよい日差しのなかでの散策、おすすめです。

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。


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