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不世出のレジェンド・内村航平の素顔⑥

【ロンドン五輪・団体予選】

内村選手は、1種目目の鉄棒の手放し技で、まさかの落下。3種目目のあん馬でも落下してしまった。
ほかの選手にもミスが目立ち、日本は予選5位という最悪のスタートとなった。
「1種目目の鉄棒でミスしてしまって、流れに乗り切れませんでした。ずっと鉄棒の落下のことを考えていて答えが出なかったので、引っかかったまま6種目やってしまったことが、あん馬の落下にもつながったと思います」

試合前の練習では、調子がよかったのだという。
「車輪のタイミングも合っていたし、放した感じも『全然、持てる』と思ったのに離れていったので。やっぱりオリンピックは何が起きるかわからないというのをあらためて実感した試合でした」

さすがに“オリンピックの魔物”という使い古された表現は使わなかったが、「自分にずっとイライラしていました」と話している。
本人は一切器具のせいにはしなかったが、やはり、慣れない器具への違和感もあったのかもしれない。ミスが出たのは、25日の練習のときと同じ、鉄棒とあん馬だった。

ただ、幸いなことにオリンピックでは、予選の点数は団体決勝に持ち越されない。さらに、予選3位4位は、1種目目があん馬で始まるのに対し、5位と6位は、落下ミスがないつり輪から始まり、あん馬で終わる。日本が得意とするゆかからのスタートではないが、まだまだ、巻き返しは可能だ。


【団体決勝でのアクシデント】

団体決勝は予選から2日後の7月30日、夕方4時半から行われた。最大のライバル中国もふるわず予選6位だったため、日本と同じローテーションだ。

この日、勢いに乗れるかどうか、非常に重要な役割を持つトップバッターをつとめたのは、内村選手だった。なんとしてでも金メダルを獲るんだという思いが伝わってくるような力強い演技で、日本チームを引っ張る。
つり輪が武器の山室選手も高得点をあげ、宿敵中国の得点を上回った日本。

チームの志気もあがり、2種目目の跳馬に入った。この日、初めての演技となる初出場の加藤凌平選手が堂々とした演技で、なんと16.041点という高得点を叩き出した。次も高得点が出れば、流れは一気に日本に傾く。

この日一番のポイントとなる場面に登場したのが、跳馬が得意な山室選手。加藤選手よりも難易度の高い技を持っているため、もっと高い点数が期待できる。
しかしここで、最悪のことが起きる。
山室選手が着地に失敗し、膝をついて前のめりに倒れ、手まで着いてしまったのだ。

その後、片足でケンケンをしながらチームのところに戻り、床に座り込んだ山室選手。トレーナーやコーチも集まり、一旦、退場することとなった。
山室選手の怪我は左足甲の剥離骨折とわかり、これ以降は一切出られなくなってしまった。

続く、平行棒、鉄棒でも中国がリード。4種目を終えた時点で、中国は187.031点。日本は、184.854点。その差は、2.177点もある。

続くゆかは、内村選手の得意種目。着地で右にはねたり、後ろに軽く動いたりしたが、その他は綺麗にまとめ、15.700点を出した。
しかし、中国は3人とも演技を揃え、232.164点のトップ。日本は、229.587点で、その差は2.577点。縮めなければいけない点差は、逆に開いてしまった。

そして最終種目を先に終えた中国はさらに得点を伸ばし、日本が演技をする前に、中国の優勝が確定していた。こうなると、あとはいかにいい演技をして有終の美を飾るかだ。
幸いイギリスを抜いて3位に浮上したウクライナとの差は、3.760点もある。
悲願の金メダルには届かないが、3人の日本選手が普段通りに演技をすれば、銀メダルは確実だ。

【メダルなしのオリンピックで終わるのか!?】

あん馬は、ほかの種目と比べ高得点は出ないし油断はできないが、それでも世界選手権で団体銀メダルを獲っているチームだ。底力が違う。

最初の演技者は、山室選手の代わりに急遽、あん馬に出場することとなった田中三兄弟の長男、田中和仁選手。なんとか持ちこたえて欲しかったのだが、準備不足もあって落下。悪いムードが日本チームに流れた。

しかし、加藤凌平選手がその流れを止め、最後の内村選手へとバトンをつないだ。
ここで、13.966点以上を出せば、日本の銀メダルが確定する。我らがエースにとって13点台というのは、まず、あり得ない低い点数だ。きっとドヤ顔で決めてくれるだろう。体操ニッポンが誇る美しい体操を世界に知らしめてくれるに違いない。誰もがそう思ったに違いない。

最終演技者の内村選手は、あん馬のポメル(取っ手)に両手を乗せると、肩で大きく息を吐き、演技に入った。いつも通り腰の位置も高く、ひざもつま先も真っすぐ伸びた美しさのまま終盤を迎え、日本の銀メダルは確実だと思われた。

ほんの一瞬の出来事だった。最後の降り技で、倒立からひねりを加えて着地する直前にバランスを崩してしまったのだ。

苦々しい顔でチームメイトのところに戻ると椅子に腰掛け、会場のど真ん中の天井につり下げられた電光掲示板をこわばった表情で見あげる内村選手。
内村選手のこんな顔を見るのは、初めてだ。

点数が出るまで長い待ち時間があり、ようやく電光掲示板に得点が表示された。
13.466点。あまりの低さに会場がどよめいた。
続けざまに国別総合順位が出て、日本はイギリス、ウクライナにも負けて4位と発表された瞬間だった。

※このとき内村選手が何を考えていたのか、私はプライベートで本人から話を聞く機会を得ました。それは今までの内村選手からは考えられない言葉でした。その話は、次回につづく。


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