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不世出のレジェンド・内村航平の素顔⑤

いよいよロンドンへ入った選手たち。金メダルへの期待も高まり……。

【フランス製器具への不安】

ロンドン五輪の選手村と体操の練習会場へは、専用バスで移動する。
選手たちは、左胸に日の丸、背中にJapanと書かれたTシャツ、脇にJapanと入った赤いトレーニングパンツで、肩には大きな黒いバッグと、当然ながら全員お揃いだ。
そして首から下げているIDカードの紐には、ほかの国の選手たちと交換したピンバッヂがびっしり付けられている。日本の体操選手は、人気者なのだ。
真夏のロンドンは日差しが強いので、内村選手は白いフレームのサングラスをかけ、イヤホンで音楽を聴きながらバスに乗り込んだ。

練習会場は本番と同じ器具が置かれ、フロアも本番会場と同じ紫がかったピンクのマットが敷いてある。
ここで数日、国ごとに割り当てられた時間に練習をし、7月25日に本番会場であるノース・グリニッジ・アリーナで、ポディウム練習が行われることとなった。

ポディウム練習というのは、本番と同じ会場、同じ器具で、1回だけ許されている公式練習だ。 同じフランス製でも器具ごとに微妙に違うので、ポディウム練習は本番へ向けた大事な練習なのだ。

加藤監督(日本チームではコーチ)から、こんな話を聞いたことがある。
「昔はポディウム練習では、器具に慣れる程度の軽い練習しかしなかったんですよ。でも今は、しっかりと演技をするようにしているんです。特に無名の選手にとってはアピールの場でもあり、ここでいい演技をすれば、審判の印象もグッと上がるので」

ポディウム練習は選手だけでなく、審判にとっても予行練習を兼ねているので、本番と同じ審判が練習を見ている。
アテネ五輪以降、日本の男子体操が強いのは、こういったことも影響しているのだ。

金メダル最有力候補である内村選手といえども、ここでしっかりとアピールをしておきたいところだ。
しかし、鉄棒の手放し技で2度の落下、あん馬の降り技でもバランスを崩した。
その原因を内村選手は、
「テンションが上がって力が入り過ぎた。審判にアピールしたい見せたがり精神が出た」と明るく答えている。

絶対王者の内村選手なら、本番は大丈夫だろう。本番までまだ日にちもあるので、きちんと調整して来るだろう。誰もが、そう思っていた。

実際、この練習期間中、内村選手も特に緊張する様子もなく、帰りのバスの中では、持参したおにぎりをほおばり、リラックスしていた。


【マルチ・サポートハウスで決起集会】

予選の2日前には、選手村から歩いて10分ほどのところに作られたマルチ・サポートハウスで、決起集会が行われた。マルチ・サポートハウスというのは、日本選手団を様々な面からバックアップするために作られた日本の施設で、日本人ドクターや医療チームが、いつでもサポートできるように待機している。
また、選手の疲労回復に役立つ高気圧カプセルが置かれていたり、温水と冷水に交互に入ることで疲れを取るリカバリープールや、日本食も用意されている。

この決起集会で日本人シェフが作ったのは、五目炊き込みご飯や、さつまいもの黄金蒸しなど縁起をかついだ料理で、選手たちは大喜びだったという。

選手村にも、かなり大きなフードコートのような明るいレストランがあり、各国の料理が食べられる。もちろん、日本食も食べられるのだが、お米はパサパサで口に合わなかったらしいのだ。
 
美味しい日本食で活力を得た彼らは、その翌日、最終調整の練習を行った。
「大会前日に、こんなに動いたことはないですね」
内村選手は、体調もよく、気合も十分だった。そして、すべてのことをやり尽した充実感が溢れていた。


【いよいよ団体予選始まる】

7月28日、団体予選当日、日本チームは練習会場で練習を済ませると、選手、監督、コーチ、トレーナー、チームドクター全員が集まって円陣を組んだ。
「いくぞぉ!!」「オーッ!!」

全員が、笑顔でハイタッチする姿は緊張とはほど遠く、早く試合に出たくてウズウズしている。そんな感じだった。
ところがこの後、誰もが想像しなかったことが起きてしまった。
内村選手は、1種目目の鉄棒の手放し技で、まさかの落下。3種目目のあん馬でも落下してしまったのだ。


※個人的な取材の他に、「日刊スポーツ」の記事も参考にさせて頂きました。

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