終わりなき旅のはじまり16

福岡でのコンサートを終え、レコーディングスタジオでの勤務の日々が続いてた頃、僕はスタジオが空いてる時間見つけては友達のバンドを呼んでCDを製作していた。

中学からの親友黒ちゃんは、この頃東北にある美術大学に通っていて、CD制作をしては黒ちゃんにジャケットの絵を描いてもらったり、付き合いは続いていた。

黒ちゃんの絵は油絵だったのだが、描いた絵の上から更にまた貼り絵のような形で絵を重ねていく作品で、後に折り紙と抽象絵画の融合と評されるようにまでなっていく。

彼は大学卒業後、絵を描くためにニューヨークへ渡った。

そんな時、レコードディングスタジオの社長に呼び出された僕は今後の進路に関して話をされる。

このままレコーディングスタジオと提携する会社に入るか、また新たな道を進むか、決める時だった。

この頃の我が家は母親にはよく一緒に行動をする男の人がいた。

建築家の方で家が少しづつリフォームされてたのもこの方のおかげだった。

この頃の母親は楽しそうに暮らしてたのを覚えている。

一方、四女の姉は不安定でよく母親にお金を貸して欲しいと言ってた時期だった。

この時、六本木のホテルで四女の姉と1度会った。母親から金を借りるなと激しく姉に怒ったのだが、四女の姉と会うのがこの日が最後になるとは思ってなく、僕は今でもその日の事を後悔している。

そして1998年、僕はあるプロダクションに就職をする事を決めた。

まだ知らぬ新しい音楽の世界との出会い、日本全国を巡る旅、レーベル創設の始まりである。

終わりなき旅のはじまり16。終わり。


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