大江山と気動車《36》外出自粛でも旅の気分
京都府の福知山駅を発車したバスは徐々に坂を登ってゆく。丹波と丹後の国境の峠をトンネルで抜けるとあとは坂を海まで駆け降りるだけだ。目指すは与謝野町加悦(かや)である。あっ、地図を見ると右にある山は大江山と記してある。小式部内侍による百人一首の歌の山だ。
大江山いくのの道の遠ければまだふみも見ず天橋立
高校生のころ古文で暗記したあの歌である。若いころの努力は記憶に残る。
ゴーッと軽い音で走るガラガラのローカルバスの座席で、自分に感動していた。確かに加悦の先には天橋立があり、それは午後に見物するつもりなのだ。車窓にはどれが大江山かはわからぬけれど、それは構わない。加悦に行くために選んだルートにこんな素敵な出会いが隠れていた。いいじゃないか小さな旅の発見。
大江山はどんどん右後方に去ってゆき、バスは直線の緩い下り坂を走り、降車予定のSL広場西バス停が近づく。バス停からはのどかな田園地帯を歩いて、野田川を渡るとSL広場だ。ここは1985年に廃線となった加悦鉄道の駅舎や車両を中心に国鉄の蒸気機関車なども保存展示されている。名前はSL広場なのだが、私のお目当ては蒸気機関車ではなく(それも見たいが)1両の気動車、ディーゼルカーである。キハ08というそれは、本来機関車が引っ張る客車だった車両にディーゼルエンジンを載せて自走できるようにしたものなのだ。当初はキハ40と呼ばれていたように思う。戦後の輸送需要逼迫の時期に無理やり造ったものの性能面で難があり、使用区間は限られ数も増えなかったという。
その客車改造気動車を子供のころ雑誌の白黒写真で見て以来ずうっと興味があった。客車なので屋根が高い。何しろ一般車には冷房のない時代の車両なので、車内で見上げると現在の通勤電車より多分30cmは天井が高かった。丸くて高い屋根の車両が、朱とベージュの気動車色に塗られて北海道の原野を走っていたのだ。その客車改造気動車の内1両が丹後の加悦鉄道に譲渡され、退役後はここにあることを知ったのは割と最近だった。SL広場ではほとんどの時間をこのキハ08の周りで過ごした。風雨にさらされているので、時々整備されてはいても車体は傷んでいる。それでも初対面の感動は大きく、眺め撮り描いてあっと言う間に時間が経つ。
加悦はもともと丹後縮緬(ちりめん)の産地。今でも、縮緬で豊かだった時代の木造家屋が残る。加悦鉄道は縮緬や大江山山麓で採掘されたニッケルの輸送を担い、海沿いを走る国鉄宮津線の丹後山田駅(現京都丹後鉄道宮豊線与謝野駅)で国鉄と連絡していた。今では廃線跡が田園のサイクリング道になっている。
実はこの原稿を書きながら調べていたら、なんとSL広場は2020年3月31日に閉園になってしまっていた。貴重な車両がたくさんあるのだが、地元では何とか保存をしてゆきたいと表明している。
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