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③胸裂〜夢走〜

 部活が終わると僕は決まって行く場所があった。自転車置き場だ。僕の学校までの交通手段は徒歩だ。では、なぜ?ダイを自転車置き場まで送るため?…いや、そうじゃない。リエを待つためだ。
 1学年下で、バスケ部に所属しているリエは、先月の文化祭で、友人で同級生のバスケ部員の紹介からなんとなく話すようになった。いや、正直に言おう。僕の一目惚れである。僕の気持ちを知っていたお節介なバスケ部の友達が、文化祭を利用して僕とリエを引き合わせた。多感な思春期の年頃にはよくある出来事だったが僕はそのよくある出来事を、すっかりマンネリ化した中学生活の楽しみの1つにしていた。

 陸上部の練習が終わる時間は、季節にもよるが夕方6時前後。グラウンドにはナイター設備などないので、日が沈んで暗くなったら終わり。  しかし、体育館を利用する部の終了時間はそれの1時間ほど遅い午後7時過ぎだ。すっかり太陽は沈んでも照明は明々と点いている。しかも、リエの所属するバスケ部は地区内でも強豪チームで、うちの陸上部とは違い、熱血まるだしの若い女性の先生が、毎日女子バスケ部にゲキを飛ばしている。僕はそんな様子を横目にしながら毎日部活が終わると自転車置き場に向かった。

 リエに気付いてもらえるように体育館の前になると若干歩幅を緩めてほぼ止まっているくらいのスピードで歩いた。気付くとたまに止まっている時もあった。それは、「自転車置き場で待っている」という僕からのシグナルであったが、緊迫感あふれるバスケ部の練習中に運良く気付いてもらえるとは到底思っていない。

 自転車置き場に着くと、まずリエの自転車を探す。彼女の家は学校から自転車で15分ほど。僕は下級生の自転車置き場に不自然に居座る姿を露呈させながら、バスケ部の練習が終わるまでの1時間以上をここで過ごす。
 こういう時に頼りになるのがダイである。友達の恋煩いの時間を何てことない話をしながら付き合ってくれた。こういう時の結束力?は小学生からの付き合いの僕たちにとっては強固なもので、無償の愛とでも言うべきなのか、お互いに誇らしく感じていたのは事実である。話の途中でダイが首をクイっと捻ると、体育館の方向からリエが現れるというのがお決まりのパターンだ。

 すっかり日は沈み、帰宅に向かう生徒の足もまばらになった頃、ダイが首をクイっとやった。振り返るとリエが来た。少し俯き加減で、恥ずかしそうな表情のリエが自分の自転車の方に歩いてくる。部活終わりのリエはまだ体温が高く、顔を赤くしてこの肌寒い時期には体から湯気が出ていることもある。喜んでるのか、迷惑なのか、彼女の表情からは読み取れないが、この思春期真っ盛りの僕にとって相手の気持ちを考える余裕なんてほぼ無かった。
 
 リエが到着するや否や「ほな」とダイは言って、颯爽と帰路につく。そこからはお互いに微妙な距離感を保ちつつ、ろくに会話を交わすこともなく、リエの家まで僕が送っていくというのがルーティンだ。この日もぎこちなく2人は歩いて帰っていた。「疲れた?」「…ううん。」と、当たり前の会話しか思いつかずに、2人の歩く足音の方が音としては多く奏でられた。

 田んぼに囲まれた細い路地を抜け、近くの川を渡り、しばらく行くとリエの家だ。いつも家の手前に来ると「ここでいい」とリエが行って、別れる。「じゃあ、また明日…」と言い、踵を返した僕にリエが珍しく声をかけて来た。「あの…」「…?」「…」「…え?、なに?」反射的に振り向いた僕の視線の先のリエの表情は、僕に妙な胸騒ぎを起こさせるしかなかった…

 

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