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今宵、5%くらいで酔っていたい。

「あー!美味い。結局ビールしか勝たん!」
そう言って明音はジョッキをドンッと、テーブルに叩きつける。
「誰が介抱すると思ってんだよ…。お前はリミットという物を知らないのか?」
「何〜? 酔い潰れたことなんかない…。」
「いや毎回だろ。」
不毛な会話をぐるぐると繰り返す。
「龍司はほーんと、真面目なんだから。疲れちゃうよ、そんな生き方。」

今年も間も無く終わる。コロナウィルスやら、新しい生活様式やら、リモートワークやら色んなことがあった。
それでも四季は巡って冬は来る。大学を卒業して、早三年。明音とは一年の時サークルで知り合った。毎年開催されていた忘年会もとうとう、ソーシャルディスタンスの影響とかで今年は中止になってしまった。それでも会おうと思えるくらい距離が近いのに、俺はあと一歩をこの七年踏み出せずにいる。
「くそ。やっぱり明音なんかと飲むんじゃなかった。お前のそういうだらしない所、嫌いなんだよ。」
「だらしないとは、失礼すぎない? こーんなに可愛いのに。」
「マジで、ウザイ。」
「さいてー!!」
きゃははっと高い声で笑いながら、明音はまたビールを飲み干した。

いつになったら龍司は言い出すんだろう。
私知ってるよ、龍司が私のことを好きな事くらい。だらしないとか、めんどくさい、とかいつもいう癖に。酔っ払うとさ。
「明音はすごいよな。いつも笑っていて、俺の心なんか全部持って行っちゃうんだ。でも俺は、臆病だから。あと一歩が踏み出せないんだ。」
そう言って寝落ちするの。
ねぇ。私達は、あと何回そう言って夜を明かすんだろう。いつも同じベッドで抱きしめ合うのに、何でその一歩が埋まらないんだろう。
だから今日も私は龍司からその言葉が聞きたくて、沢山お酒を飲んでもらう。
悪いけど、私ビールを飲んだくらいじゃ酔っぱらわないんだよね。
そうして酔えて、可愛く甘えられるくらい可愛い女の子だったら良かったのに。

今日こそ言おう。明音に、この気持ちを。
そう思って何度、夜を超えただろう。何杯の酒を飲んだのだろう。
七年前も今も、何も変われずにいる俺たちはこの先どうなるのだろう。
何も変わらないのだったらいっそ、終わらせてしまった方が良いのではないだろうか。
「なぁ、明音。」
「んー?もしかして、もう酔っ払った??」
「俺、来月から関西行くから。」
「出張で?」
「いや。転勤で。大体三年位は帰って来れないと思うわ。このコロナ禍でさ、うちの会社も厳しいんだって。」
ことり、と明音はビールジョッキを置いた。
「そんなの、聞いてない…。」
「言ってないからな。」
「何で、もっと早く言ってくれなかったの?! 年明けからってもう、日がないじゃん! 何で…。何で私にいつもそうやって大事なこと言わないの?!」
「大事なこと?」
「そうだよ…!! 龍司のバカ!!もう知らない。」
明音はそう言って手洗いに立った。俺は何も言えずにビールを飲み干し、会計を済ませた。

12月の暮れの夜は、とにかく風が冷たい。頬を撫でる風は、切り傷を刻むようにヒリヒリと通り過ぎていく。
「お前、一人で帰れないだろう。タクシー代出すから、それで帰れ。」
こっちを見ずにそう吐き捨てた龍司。 手には1万円札。無性に腹が立った。

バチン!!!

夜の新宿東口の駅前に、思ったよりその音は響いた。

「最っ低!! どうして龍司はいつもそうなの?? 何で私の事を好きな癖に、置いていくの?? いつもみたいに、介抱してよ。 優しく抱き締めてよ。いつもみたいに情けなく私に好きって言ってよ!!!」
そう言って明音は座り込んで泣き出した。俺は打たれた左側の頬を押さえながら、呆然とする。周りを通り過ぎる人間は冷やかしの目を向けた。好奇の目。哀れみの目。軽蔑する目。俺は堪えきれなくなって、明音の腕を掴む。
「そんなとこに座り込むんじゃねーよ。酔っ払い。」
そう言って明音をタクシーに押し込む。そこに自分も乗る。
「すいません。東高円寺駅まで。」
そうタクシーの運転手に告げた。明音の顔は見れなかった。

駅と俺のアパートの中間地点に、小さな公園がある。
ここに来る途中、コンビニで馬鹿みたく酒を買う。隣で明音は困惑した表情を浮かべていた。
「座れよ。」
そう言ってブランコの隣に座った明音に、キリンビールを差し出してやる。
いつか明音はキリンビールが一番好きだと、言っていた。キリンの一番搾り。こいつの話はいつもめちゃくちゃで、ほとんど覚えていないのだが、それだけは覚えていた。
「ありがと。」
そう言って、何となく二人で乾杯して飲んだ。無言の時間が続く。明音が何かを言おうとして、辞める。その繰り返しを3回ほど繰り返した時、俺は煙草に火をつけた。
「よくもまあ、人の告白を情けないなんて言ってくれたな。あんな大都会の真ん中で。」
苦いビールと苦い気持ちを飲み干す。そして2本目を開けた。

龍司の言葉に驚く。だって何回夜を共にしても、何も覚えていないって次の朝、必ず言う物だから。そういう物だと思っていた。
「あれが告白? 覚えてないんじゃなかったの?」
ハッと龍司が笑う。そして私の唇を奪った。
「俺はお前が酔ったふりしてるのも、自分の言った言葉も全部覚えてる。馬鹿はお前だよ、明音。」
「…馬鹿じゃない。」
「馬鹿だよ、お前は。この七年、俺がたかが5%のアルコールで酔うなんて勘違いしてたんだからな。」
なんだ、龍司の方がやっぱり馬鹿じゃん。
お酒強いって言っときながら、今、顔真っ赤だよ。
ブランコから降りて、龍司を抱きしめる。
「私、関西に会いにいくよ。七年も待ったんだから。今更遠距離恋愛も悪くない。だから…。」
「酔いが醒めても、ずっとそばに居てほしいだろ?」
驚いた私の顔をニヤリと満足げに見て、龍司がまた唇を塞いだ。


【参考楽曲】
5%-クリープハイプ


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