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ポートスタンレー1982 『ミラージュ』

か カーク・パトリック女史は憤激の中でテレビを凝視していた。
 「やると言ったことは、本当に実行します」
 サッチャーはテレビの中で、相変わらず吼えていた。
 ヘイグの外交は足元からすくわれた形だ。
 『リオ条約』に基ずいて独裁者ガルチェリに柔和な笑顔で経済的発展をプレゼントすると約束していたのが彼女ならば……。
 鉄の女は、四十発の高性能爆弾をファシストにおみまいしたのである。
 サッチャーに対する憎しみのあまり、目つきは尋常ではなかった。
 本来、イギリスを『アテ馬』にする筈だった彼女が、逆にしてやられたのだ。
 「過激派よりタチの悪い女だわっ!」
 ニューヨークの国連本部では、まさかサッチャーが自分たちの採決した『安保理声明』を忠実に履行する……つまり、戦時を彼女が引き起こす……とは思ってもみなかった。
 アル・ヘイグが国務省で文字通り『凍りついていた』矢先、決定的な事態が起こった。
 アルゼンチン巡洋艦『ベルグラノ』が英国潜水艦『コンカラー』の放ったマーク8魚雷を受けて沈没したのである。
       *
 開戦当初、イギリス海軍はかねてより隠密行動をとらせていた原子力潜水艦二隻に、アルゼンチン空母『ベインティンシコ・デ・マヨ』の監視体制を強化させた。
 五月二日のことである。
 イギリス、ノースウッドの総司令部にとって、最も怖かったことは、アルゼンチン空軍のシュペル・エタンダール搭載していたエグゾゼミサイルのことだった。
 Super Etandard……
 英語の読み方だと、スーパー・エタンダードとなるが、一般にはドイツ語読みで『シュベル・エタンダール』と言われている。 


 エタンダール機の航続距離は七二四キロと、短かい。しかし、エグゾゼ空対艦ミサイルというアルゼンチンの切り札を搭載することが可能だったのはこの戦闘爆撃機だけだった。
 これを空中給油を使ってМEZに送り込む……。
 
 これにサッチャーたちは、もう一つの憶測を巡らしていた。
 
 フォークランド諸島とアルゼンチン東海岸の間に……機動空母『ベインティシンコ・デ・マヨ』が入ったとすればどうだろうか?
 すでに効力を発揮しているМEZ(海上排他水域)の外からエタンダール機はフォークランド諸島の制空権を一挙に獲得出来る。
 恐怖のシナリオはそれであった。
 このエタンダール機がイギリス空母『インヴィンシブル』もしくは『ハーミーズ』を沈めると……その瞬間、二〇機のハリアーは着艦する場所が無くなる。
 つまり、打撃群を繰り出すことが出来なくなり、空の戦力は半減する。
 必然的に、このタイミングでアルゼンチン空軍の『スカイホーク』『ミラージュ(ダガー)』を投入すれば、アルゼンチン空軍は戦術的な優位に立つ。
 この時、アルゼンチン空軍は一一○余機の空軍戦力を温存していた。
 この脅威にアレルギーの如く反応したのが、イギリスの原子力潜水艦『コンカラー』だった。
 『コンカラー』はハリアーの戦闘が行われていた空域から南の方面で、アルゼンチン海軍所属の巡洋艦『ヘネラル・ベルグラノ』そして駆逐艦『ブエナ』『ボウチャルド』のスクリュー音をソナーで補足していた。
 艦長のレッドフォード・ブラウンはイギリス海軍の主力空母『インヴィンシブル』と『ハーミーズ』の心配が常に頭の中にある。
 そこに……ソナーがおかしな音をキャッチした。『魚雷』の発射音が聞こえたという。
 『コンカラー』の艦長、レッドフォード・ブラウンはイギリスの作戦本部にすぐさま連絡をとったという。
 「ブエナ港から戦闘海域に進行中のアルゼンチン艦艇が魚雷を発射した模様です」
 帰ってきた命令はこうだった。
 「ただちに攻撃せよ」
 国防相のジョン・ノットである。
 ただしこの場合の『攻撃』とはつまり『敵の航行能力を失くす』という意味である。
 この艦は『マーク24型』通称タイガーフィッシュという破壊力の強い魚雷を装てんしていた。
 「タイガーフィッシュを外せ。マーク8型で敵の動きを封じる」
 ブラウン艦長は命じた。
 マーク8型魚雷……。
 「二発だ」
 この魚雷は四十年前の型でで破壊力はかなり弱い。
 「船首に一発、船尾に二発目を……」
 巡洋艦ベオグラノの航行を止めるために、マーク8型を発射したのである。
 ソナーマンが報告した。
 「艦長、二つとも命中です」
 この魚雷はベオグラノの船主左舷に一つ、そして船尾にもう一つ命中した。
 この瞬間、後続の駆逐艦二隻は、水面下の敵『コンカラー』にヘジホッグ機雷を投下しはじめた。
 「交戦海域を離脱!」
 その後『コンカラー』はフォークランド海域から去ったという。
 イギリス海軍の主力は……実は封鎖海域の南側に陣を構えていた。
 イギリス側は空母を失うことだけは出来ない。
 「こっちの空母を沈めさせるわけにはいかんからな」
 ブラウン艦長はフォークランド海域を迂回しつつ、アルゼンチン沖に向かった。
 「敵の空母『ベインティシンコ・デ・マヨ』の動きに注意しろ」
 ブラウン艦長は敵のヘジボッグ機雷をかわしつつ既に海中を移動していったという。
       *
一方……、マーク8型魚雷をくらった巡洋艦『ベルグラノ』はその日の夕刻あたり、海の中に呑み込まれていったという。
 つまり撃沈された。


 この一件が報道されることで、イギリス下院議会は大荒れになった。
 「これは国際法違反ではないかっ!」
 労働党のデニス・ヒーリーが国防相のジョン・ノットに食ってかかった。
 実はこれは正しかった。
 ジョン・ノットはこれを『無視』することでかわしたという。
 マーク8型魚雷は『航行能力』を停止させるために放った魚雷だったが、正確だったため『ベルグラノ』は沈んだのだ。
 「本格的な戦争がすでに始まった」
 BBCメディアはこの一件を世界中に配信した。
 この時、現地に派遣された欧米の記者は、ハリアー機の帰還する数を数えていたという。
 何機撃墜されたのか……を確かめるためにである。
だが英国機動空母でBBCの記者がチェックしていったところ、一機も撃墜されてはいなかったという。 
 このもう一方で、ブエノスアイレスからはおびただしいデマが流れていた。『敵のハリアーは三機撃墜された』あるいは『全滅(?)』などなど。

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