花ざかりの校庭 第二部『邂逅(かいごう)』より
福山の着ていたシャツが濡れていたのは彼女の涙のせいだ。
気づいてやるべきだったものを……。
「あなたをもっとよく見たいから」
福山は小さな声で浅子に耳打ちした。
そして浅子にキスをする。
かくしてレンタル高志は誕生した。
この夜、レンタル高志と浅子を乗せたタクシーはぐるりぐるりと、福山の自宅周辺を周回していた。
恋のゴンドラにしては非効率極まりないものだったが、浅子にとってそれは忘れがたい思い出となる。
やがて、
深夜ラジオでJUDY AND MARYのレイディオが一発流れたときに、
タクシーの運転手が呻くように言った。
あ。あのメーター見てください。
「お客さん、勘弁してくださいよ、3万円っすよ。乗り逃げとかやめてくださいよ、乗車拒否もしてませんから、後ろからズドンとかやめて」
「しないわよ、バカ」
浅子はふてぶてしいくらいに蘇生していた。
「ご迷惑をかけまして」
浅子は真っ赤になっていた。
彼女はカードを渡した。
「あーっと、ごめんなさい高志くん、私酒代払ったっけ?」
浅子は『高志』という言葉に妙な違和感を覚えていた。
「立て替えておきました」
浅子はどれだけ飲んだのか記憶が定かでない。
「偽タカシくん……顔が胃液でくっさ」
福山は彼女がゲロを吐いたことを説明した。
浅子のスーツは酒臭かった。
それにまだ、酔いが冷めない。
福山は浅子のためにバスタオルとシャンプーを用意してくれた。
彼女は風呂に入って髪を洗った。
少し抵抗があったが、福山は気をきかせてくれた。
彼がどういった人物なのかもハッキリしないが、
酒場に誘ったのは私だ。
それまで、ずっと泣いていた記憶がある。
あまりに辛かったので、福山にすがった。
通りすがりに近い。
もし、福山が来てくれなければ、私は泣きながら死んでいたのではないか。
メガネのことで私は何かしら彼に言った。
それまで酔ったまんま泣いていた。
「……偽タカシだ……」
浅子は唇をかんだ。
福山は表の部屋で寝ているみたいだ。
時々、いびきが聞こえる。
着る服そのものが無かったので、下着の上に福山のジャージーを着た。
ジャージーは着心地がよかった。
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